ETV6タンパク質がユーイング肉腫治療の重要なターゲットとなる可能性

米国国立がん研究所(NCI)
ユーイング肉腫は、小児がんの中でも特に治療が難しいがんであり、治療後に転移・再発した患者に対する有効な治療法の開発はほとんど進んでいない。この進展のなさは、ユーイング肉腫の大部分を占めるEWS-FLI1と呼ばれる融合タンパク質の活性を阻害する薬剤の開発が困難であることが一因であると考えられている。

今回、ダナファーバーがん研究所のKimberly Stegmaier医師とコールドスプリングハーバー研究所のChristopher Vakoc医学博士がそれぞれ率いる2つの研究グループにより、遺伝子スクリーニングの結果、ETV6というタンパク質がユーイング肉腫に重要な役割を果たしていることが独自に発見された。

両グループは、ETV6がEWS-FLI1の挙動を制御することで、間接的に腫瘍の成長を促進することを発見した。がん細胞やマウスを使った実験で、両グループは、ETV6が存在しない場合、EWS-FLI1が過剰に活性化することを示した。しかし、EWS-FLI1は腫瘍の成長をさらに加速させるのではなく、極端な亢進によって腫瘍の成長を停止させるのである。

研究グループは、これらの新たな知見をもとに、ETV6とEWS-FLI1の相互作用を阻害する標的薬を開発し、ユーイング肉腫の有効な治療法につながる可能性があるとしている。

両研究は、1月19日のNature Cell Biology誌に掲載された。

どちらの研究にも参加していない、NCI腫瘍生物学部門のKeren Witkin博士は、「この発見が2つの研究室から独立してなされたという事実は、この研究が追求する価値のあるものであるという確固たる証拠だ」と述べた。「治療戦略の可能性を探る新たな場が発見されたのだから、素晴らしい前進だ」

さらにWitkin博士は、これらの研究によってユーイング肉腫において分子レベルで何が起こっているのかがより明確になり、融合タンパク質を燃料とする他の小児がんでは何がうまくいっていないのかを知る手がかりになるかもしれないと続けた。

創薬ターゲットの探索を拡大する

ユーイング肉腫は、骨または骨の周囲の軟部組織にできる希少ながんである。思春期や若年成人に多く発症し、小児がんの約2%を占める。

この疾患は通常、化学療法、手術、放射線療法で治療される。がんが広がる前に診断された場合、5年生存率は約70%である。治療後にがんが広がったり再発した場合の生存率はかなり低い。

また、寛解に至ったとしても、重大な身体障害や二次がんのリスク増加など、化学療法や放射線療法による永続的な影響が残ることも少なくない。そこで研究者らは、遺伝子発現のプロセスに直接関与し、ユーイング肉腫を駆動する複数の遺伝子を制御している転写因子であるEWS-FLI1を最小限に抑えながら、がん細胞を直接攻撃する方法を見つけることに注力してきた。転写因子にありがちなことだが、研究者らはEWS-FLI1を標的として遺伝子発現への影響を逆転させる薬剤の開発に苦慮してきた。

そこで研究者らは、EWS-FLI1がその機能を発揮するために依存している他のタンパク質を破壊することで、融合タンパク質の活性を間接的に阻害する方法を模索してきた。このようなタンパク質を見つける方法のひとつが、CRISPR-Cas9と呼ばれる遺伝子スクリーニング技術である。

2021年、ダナファーバーのStegmaier医師のチームは、CRISPR-Cas9を用いて、TRIM8という酵素がユーイング肉腫の増殖に重要な役割を果たしていることを発見した。TRIM8はEWS-FLI1の分解に関与しており、腫瘍が増殖するのに必要な融合タンパク質の量を正確に維持するのに役立つプロセスであることが明らかになった。TRIM8がないと、融合タンパク質の量が増え、ユーイング肉腫の細胞にとって毒となるのである。

「興味深い生物学だ」と、Stegmaier医師は述べている。「ユーイング肉腫とEWS-FLI1について最近わかってきたことの多くは、"ゴルディロックス現象"に関連するものだ。病気の発症と維持には、正確な量の融合タンパク質が必要で、EWS-FLI1タンパク質の量が多すぎても少なすぎても、ユーイング肉腫の細胞にとっては毒となるのだ」 

今回の研究では、両チームはCRISPR-Cas9を用いて、正常細胞ではなくユーイング肉腫細胞が生存のために依存している遺伝子を系統的に特定した。そして、両チームはETV6遺伝子にたどり着き、さらに実験を重ねて、このタンパク質がユーイング肉腫において重要である理由を突き止めた。ETV6タンパク質は、EWS-FLI1融合タンパク質と常に競合しており、それぞれが細胞の成長と生存に関わる重要な遺伝子が存在するDNAの特定のセグメントに結合しようと競い合っているのである。

「ETV6はEWS-FLI1をDNA上で抑制しており、これは腫瘍の増殖に重要なメカニズムである」と、Stegmaier医師の研究室の大学院生時代にETV6の研究を行ったハーバード大学医学部のDiana Lu博士は述べている。

「1つのタンパク質がDNAをオフにし、もう1つのタンパク質がオンにする。そしてそれが、今回の研究で解明されたこの分子メカニズムの鍵であることが判明したのだ」と、Vakoc医学博士は語った。

転写因子であるETV6は、EWS-FLI1と同様に、効果的に結合できる薬剤を開発することが研究者にとっての課題であると考えられる。

しかしながら、Vakoc医学博士のチームは、ETV6タンパク質の特定の領域に干渉するペプチド(小さなアミノ酸の鎖)を作り、その機能を実現した。彼らの研究では、このペプチドをユーイング肉腫の細胞に導入したところ、細胞の増殖が止まり、正常な細胞の性質を帯びるようになったのだ。

他の小児がんへの示唆

Witkin博士は、これらの研究は、CRISPR-Cas9のようなツールを用いた遺伝子スクリーニングが、新薬の標的を特定する上で重要な役割を果たすことを示していると指摘した。

「ユーイング肉腫では、ドライバーはわかっているが、それを標的とした治療にはあまり成功したことがない。このような場合、CRISPR-Cas9スクリーニングのアプローチによって、がんの発生と進行に不可欠な別の何かを見つけることができ、創薬ターゲットとなり得るものを得ることができる」と、彼女は述べている。

この研究は、Fusion Oncoproteins in Childhood Cancers (FusOnC2) Consortiumの支援を受けていると彼女は続けた。FusOnC2は、Cancer MoonshotSMの支援を受けてNCIが始めた取り組みで、小児がんの発生に重要な役割を果たす融合タンパク質の生態をよりよく理解するため、研究者を集めています。

Stegmaier博士は、スクリーニング技術の進歩によって明らかになるユーイング肉腫の標的が他にもあるかもしれないと考えている。彼女は、CRISPR-Cas9ライブラリーのスクリーニングのほとんどを、実験室で培養した細胞で行ったことを指摘した。このような細胞は、生体の複雑な代謝環境にある細胞とは異なる挙動を示すことがある。動物モデルの遺伝学的スクリーニングは、研究者が実験室で培養した細胞では見落とされたかもしれない標的を特定するのに役立つと彼女は述べた。

より大きな視点から見ると、腫瘍の増殖を促すEWS-FLI1とETV6の微妙な相互作用は、ユーイング肉腫に限ったことではないのかもしれないとWitkin博士は言う。

「転写因子間の競合というこの興味深いメカニズムは、他の(小児)がんにも関連する可能性がある」と、彼女は述べた。例えば、アナーバーのミシガン大学の研究者らは最近、ETV6が小児に最も多い白血病の重要な転写因子の挙動に影響を与える可能性があることを発見した。

一方で、Stegmaier医師とVakoc医学博士は、ユーイング肉腫の新しい治療法に今回の研究成果を反映させるための共同プロジェクトについて議論しているところであり、これはEWS-FLI1のような融合タンパク質によって引き起こされる他の小児がんの治療法にもつながる可能性がある。

「EWS-FLI1を(直接)標的とする薬剤を作ることを諦める必要はないが、今は他の候補があるのだ」と、Vakoc医学博士は述べている。

  • 監訳 遠藤 誠(肉腫、骨軟部腫瘍/九州大学病院)
  • 翻訳担当者 河合加奈
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  • 原文掲載日 2023年3月7日

【この翻訳は、米国国立がん研究所 (NCI) が正式に認めたものではなく、またNCI は翻訳に対していかなる承認も行いません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】"

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