米国女性に甲状腺がん診断数がなぜ急増しているか
甲状腺がんの診断は、男性と比較して女性に多く、過去数十年の間にこの性差は大幅に拡大している。
しかし新たな研究により、この性差は表面的にみえているものとは異なることが判明した。8月30日、JAMA Internal Medicine誌に掲載された研究報告で、女性は、生涯にわたって問題となる可能性が低い小さな甲状腺がんと診断される可能性が高いことが男女の性差の拡大の大きな要因であると報告された。
女性が生涯のうちに小さな甲状腺乳頭がんと診断される確率は、男性の4倍以上であることがわかった。このようながんで命を落とすことはほとんどない。対照的に、悪性度が高く致死率が高い甲状腺がんの診断数は男女でほぼ同等であった。また、生前に発見されなかった小さな甲状腺乳頭がんが剖検でみつかる確率にも、男女差はほとんどなかった。
本研究の目的は性差の原因特定ではないが、女性は他の医療上の理由で検査を受ける機会が男性と比較して多く、その結果、検査を受けなければ発見されなかったであろう小さながんが発見されることがある。「そのため臨床医としては、女性の甲状腺疾患の問題をしばしば考えるようになっています」と、本研究を主導した退役軍人省の医学博士で理学修士であるLouise Davies氏は述べる。
現在、小さな甲状腺がんの発見時に、それが増大していてがん発症につながるかはわかりません、とDavies博士は付け加えた。しかし、発見される小さながんの数における性差は生前と死後で大きく異なることから、女性で発見された多くの甲状腺がんは発症に至らない可能性が非常に高い。
Davies博士は「生涯にわたって進行しない可能性があるがんがたくさんみつかっています」と述べる。つまり、多くの女性にとって、無症候の甲状腺がんの治療は、益よりも害の方が大きいといえる。
甲状腺がんは若い女性で診断されることが多いため、治療による副作用は何十年にもわたって女性の生活に影響を与える可能性がある、と本研究には参加していないミシガン大学の内分泌学者で甲状腺がん専門医Megan Haymart医学博士は説明する。
「甲状腺がんは、16~33歳の若年層に最も多くみられるがんです。診断することにより、これらの女性に害を与えるリスクとなるのは間違いありません」。
甲状腺がんの発見増加によるマイナス面の可能性
他のがんと同様、甲状腺がんも単一の疾患ではない。甲状腺がんにはいくつかの種類があり(がんが発生した甲状腺の細胞種にもよる)、それぞれ予後が大きく異なる。例えば、非常にまれだが悪性度が高い甲状腺未分化がんでは、1年後の生存率は低い。しかし、小さな甲状腺乳頭がんと診断された場合、ほとんど全員が診断5年後に生存している。
実際、過去の剖検調査によると、多くの人が小さな甲状腺乳頭がんを抱えて(死因となることはなく)死亡していることがわかっている。
「がんがあることを知らずに死ぬこともあります。」Davies博士は述べる。このようながんが偶然にみつかった場合、どのような治療であっても過剰治療になる可能性がある。つまり、変化しないか、時には縮小する、何の症状もないがんに対して治療することになるのだ。
過剰治療は患者に有益ではなく、副作用のリスクを伴うのみならず、経済的にも大きな負担となる。
甲状腺の一部または全部を切除する手術(甲状腺摘出術)による最も一般的な副作用は、生涯にわたって甲状腺ホルモン補充療法が必要になることであるが、この療法にも独自の副作用がある。「ほとんどの人は元気になりますが、中には手術前のようにさえ回復しない人もいます」とHaymart博士は言う。
甲状腺がんの切除術により、声帯機能や、甲状腺に隣接する体内カルシウム濃度を調節する腺が損傷を受ける可能性もあるという。
1990年代以降、それまでの数十年間に開発された甲状腺超音波検査と針生検の使用が増加し、甲状腺がんの診断数は3倍以上に増えた。ただし、同じ期間に甲状腺がんで死亡した人数はほぼ横ばいである。
Davies博士らは、甲状腺がん診断における性差の全体像を把握するため、1975~2017年の間にNCIのSEER(Surveillance, Epidemiology, and End Results )プログラムデータベースに記録された全種類の甲状腺がんの発症と死亡を調べた。
また、女性と男性の両方について、剖検でみつかった未診断の甲状腺がんの頻度を報告した公表文献をすべて検索した。甲状腺がんが死因ではなく、死亡時に甲状腺がんがあった人の割合を推定するものである。
性別、がん種別による甲状腺がん診断の傾向
これまでの研究と同様に、甲状腺がんの診断は1990年代から急増していることがわかった。ピーク時の2013年には、男性10万人あたり約8人に対し、女性は10万人あたり約22人が甲状腺がんと診断された。1975~1989年に診断された甲状腺がんのうち、甲状腺乳頭がんは75~80%を占め、2010~2017年には90%に増加した。
これと一致して、1983~2017年の間に小さな局所甲状腺乳頭がんの診断を受ける女性は男性の4倍以上であったが、大きく、進行した甲状腺乳頭がんを含めると、女性の診断率は男性の約2.5倍に過ぎなかった。
甲状腺髄様がんや甲状腺未分化がんなど、より致死率が高いがん種では、性差はほぼなく、診断される確率は男女でほぼ同等であった。また、1992~2017年までの間に、生涯で診断された甲状腺がんが原因の年間死亡率は、女性と男性でほぼ同等であった。
さらに、計2万3000人以上を対象とした8件の研究で、剖検時に未診断の甲状腺がんの発見率が報告されていた。生前の診断とは異なり、未診断の小さな甲状腺乳頭がんの頻度には、女性と男性で大きな違いはなかった。
NCIがん対策・人口統計学部門のRao Divi医学博士は、この研究で報告された性差を「特筆すべき」とみなし、これは過剰診断に関する重大な懸念を提起すると続けた。
Davies博士は、過剰診断や過剰治療の可能性を強調した上で、この結果は別の問題の2つの側面を示していると述べた。
一方では、男性が症状を訴えたときに医師が原因として甲状腺がんを疑うことが少なく、その結果男性の診断が遅れる可能性がある。もう一方で、女性は低リスクのがんにしかかからないと言えば、女性にとって弊害となる。いずれも事実ではない。
甲状腺がん診断後の経過
生前と死後に発見される小さな甲状腺乳頭がんの頻度に性差があることから、多くの女性は発症に至らない小さながんの治療を受けていることが示唆される、とDavies博士はいう。
女性の方が小さな甲状腺乳頭がんの診断が多い要因は数多く、複雑であるという。女性は、男性と比較して医療機関の受診が多い傾向がある。また、妊娠中のトラブルなど、ホルモンに起因すると思われる健康上の問題を経験する可能性も高い。
甲状腺超音波検査は、甲状腺に関連する疾患を評価するために広く使用されるが、無症状の人を対象とした甲状腺がんの検診に使用するものではないとDavies博士はいう。しかし、潜在的な甲状腺疾患の診断を早めるために、他の検査と一緒に検査されることが多い。
「その結果、症状とは無関係の所見がみつかることがあり、そのために医療機関受診の本当の原因が発見できないこともある」とDavies博士はいう。
Haymart博士によると、最大の課題は、偶然見つかったがんが、健康を脅かすかどうか予測することは現状では不可能である。
「緩慢性で生涯にわたって無害ながんと、悪性度が高く有害ながんをどのように見分けるか」とHaymart博士はいう。「それを見極めるのは非常に難しいことです」。
どんなに小さな無症状の甲状腺がんがみつかっても、それを完全に無視することはできないとHaymart医師はいう。ただし、他の多くのがんと異なり、小さな甲状腺乳頭がんと診断された場合には治療の選択肢を理解し、セカンドオピニオンを得る時間があると付け加えた。
「甲状腺がんの場合、一般的に治療法の決定は緊急ではありません」とHaymart医師はいう。「時間をかけて情報を整理し、自分の希望を考え、家族や恋人と話して自分に合った決断をしてよいのです 」
「考える時間はあります」とDavies博士も同意する。「急ぐ必要はありません」。
小さな甲状腺結節を定期的に画像撮影し、増大しない限り行動を起こさないという監視アプローチを選択することもできるとHaymart博士はいう。針生検を行い、その結果に基づいて判断してもよい。
また、小さな甲状腺塊ががんである可能性を判定する分子診断が実施できるようになってきた。検査結果を、手術が必要かどうかの判断に役立てられる。
「分子診断は改良されていますが、個々の患者に合った治療を行う余地はまだあると思います」とHaymart博士は述べる。「患者の特徴、腫瘍の特徴、分子診断結果をどのように(治療の意思決定に)組み込むか、さらなるデータが必要です」。
甲状腺がんが女性と男性で本当に異なる疾患なのか理解を深めるために、さらに研究が必要である、とHaymart博士は付け加えた。
「過剰診断が重要な要因となっていると思われますが、甲状腺結節や甲状腺疾患は一般的に女性に多くみられます。そのため、生物学的な違いもあると考える人もいます」。
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