OncoLog 2014年6月号◆進行性甲状腺癌患者の治療に有望な新薬

MDアンダーソン OncoLog 2014年6月号(Volume 59 / Number 6)

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進行性甲状腺癌患者の治療に有望な新薬

新薬の登場で、乳頭癌のみならず発生率の低い髄様癌や分化型甲状腺癌を含めた、進行性甲状腺癌患者に対して治療選択肢の幅が広がっている。

「新薬は転移性甲状腺癌の患者さんに希望をもたらします」と、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター、内分泌腫瘍・ホルモン性疾患部門助教であるMouhammed Amir Habra医師は述べる。「最近まで、外科的治療や放射性ヨード療法以外の治療選択肢はほとんどなく、その効果には限界がありました。今日では、進行性甲状腺癌の患者における忍容性が比較的高く、従来より効果の優れた有望な治療法があります」。

甲状腺癌の転移が認められる患者は稀であるが、MDアンダーソンでは専門的治療を受けるために転院してきた患者が多いため、転移性甲状腺癌患者の割合は高い。

標準療法

転移性甲状腺癌の第1治療選択肢は、従来どおり甲状腺部分切除術又は甲状腺全摘術である。術後に放射性ヨード療法を実施する場合もある。放射性ヨード療法は、あらゆる型の転移性甲状腺癌に有効な初の治療法として、1940年代から使用されるようになった。しかし、甲状腺癌細胞はヨウ素を取り込む能力を喪失することが多いため、多くの型の転移性甲状腺癌では放射性ヨード療法の効果に限界がある。

最近まで、これ以外に転移性甲状腺癌の治療選択肢はほとんどなかった。内分泌腫瘍・ホルモン性疾患部門准教授であるMaria Cabanillas医師はこう語る。「細胞傷害性化学療法は、甲状腺癌にはほとんど効きません。このため、10年前には転移性甲状腺癌の患者さんの治療法はほとんどありませんでした。また、進行性甲状腺髄様癌の患者さんや放射性ヨウ素療法が無効な分化型甲状腺癌の患者さんに対する有効な標的療法もありませんでした」。

Habra医師は、2002年に肺転移を有する甲状腺癌患者を治療した際、MDアンダーソンの内分泌学研究室の一員として非常に無力感を感じた、と回想する。「治療の効果は認められず、その患者さんは亡くなりました」。

よりよい治療をめざして

転移性甲状腺癌が稀な疾患であることが、より効果的な治療法の開発を妨げてきた。内分泌腫瘍・ホルモン性疾患部門の教授であり部門長のSteven Sherman医師は、10年前には製薬会社が甲状腺癌の治療薬開発に抵抗を示していたと説明した。

「この課題を克服するため、私達は製薬企業を甲状腺癌の研究に参加させる方法について戦略的な決定をしました。腫瘍の分子異常に基づいて薬剤を合理的に選択し、薬剤による治療効果のエビデンスを早期に得ることができれば、製薬会社にその先の開発を進めるよう促すことができると考えたのです」とSherman医師は言う。

この戦略は、転移性甲状腺癌を対象とした最初の国際的な第2相試験の成功をもたらした。この試験によって、血管内皮増殖因子(VEGF)阻害剤のmotesanib[モテサニブ]が、進行性分化型甲状腺癌に有効であることが判明した。この成功が、進行性甲状腺癌の他の治療薬の臨床試験につながった。「現時点で、甲状腺髄様癌の治療薬としてcabozantinib[カボザンチニブ]とvandetanib[バンデタニブ]の二つの薬剤が、分化型甲状腺癌の治療薬としてソラフェニブが承認されています」とCabanillas医師は言う。

Habra医師によると、これらの新薬によって、「一部の甲状腺癌を長期管理が可能な慢性疾患として治療することができます。これまでこうした患者は、他に治療選択肢がないためにホスピスに行くのが普通でした。そのようなことはもうありません」。

甲状腺癌の分子病態に関する最近の研究で、標的治療の新しい経路がいくつか明らかになっている。Sherman医師は、「他の多くの種類の癌と同じく、現在私達は甲状腺癌の発現に重要な役割を果たす決定的なドライバー癌遺伝子を同定しているところです。MAPキナーゼ経路が分化型甲状腺癌と甲状腺髄様癌のどちらにとっても特に重要であることが判明しています。最も多い組織型である甲状腺乳頭癌の患者の80~90%に、BRAF、RASまたはRET遺伝子の癌原性変異があると考えられます。また、癌ゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas)などの研究から得られた最新の知見により、ALK変異のように、標的治療の可能性があると考えられる頻度の低い変異を発見することもできるのです」。

進行性甲状腺癌治療に最も有望な新薬の一つは、lenvatinib[レンバチニブ](別名はE7080)である。レンバチニブは、VEGF 1~3、線維芽細胞増殖因子受容体1~4、血小板由来増殖因子、KITおよびRETなど、血管新生や癌の増殖の一因となるいくつかのチロシンキナーゼを選択的に阻害する。

Cabanillas医師とHabra医師は、レンバチニブの第3相試験で施設の共同治験責任医師を務めた。この試験に登録されたのは、放射性ヨウ素抵抗性分化型甲状腺癌であり、X線検査で疾患進行が確認された400人近くの患者である。欧州、アジアおよび南北アメリカの100を超える施設が試験に参加した。

この第3相試験の結果は、6月初旬に米国臨床腫瘍学会(ASCO)の年次総会で発表された。レンバチニブを投与した患者では、過去に抗VEGF療法が奏効しなかった患者も含め、無増悪生存期間の中央値がプラセボ投与被験者(3.6カ月)に比べて有意に長かった(18.3カ月)。レンバチニブ投与患者のうち数人は、治療に対し完全奏効を示した。レンバチニブ投与によって最も多く発現した副作用は、高血圧、下痢、食欲減退、体重減少および悪心であった。Habra医師によれば、米国食品医薬品局は分化型甲状腺癌を適応としてこの薬剤を今年中に承認する見込みだという。

その他の臨床試験では、甲状腺乳頭癌を対象にBRAFプロテインキナーゼを標的とした薬剤の試験を実施中である。米国甲状腺学会(American Thyroid Association)によると、BRAF V600E遺伝子の点変異は甲状腺乳頭癌の約50%に生じ、リンパ節転移、遠隔転移、再発および放射性ヨウ素の結合力喪失と関連していることから、治療標的として有望であるという。

こうした臨床試験の一つであり、Cabanillas医師が主導している試験では、転移性甲状腺乳頭癌患者を対象にBRAF阻害剤vemurafenib[ベムラフェニブ]の効果について検討している。この試験の予備的報告によると、試験に参加した未治療の患者26人中9人で治療による部分奏効(腫瘍サイズの30%超の縮小)が確認された。この結果は2013年の欧州癌学会(European Cancer Congress)で発表された。

残念なことに、甲状腺乳頭癌はBRAF阻害剤に対して耐性を生じうるため、結果として治療効果は部分奏効にとどまる。MDアンダーソンがんセンターの別の研究グループは、この薬剤耐性の機序を研究している。グループを主導するのは、内分泌腫瘍・ホルモン性疾患部門教授のMarie-Claude Hofmann博士である。このグループによる前臨床研究は、エストロゲン受容体がBRAF阻害剤に対する薬剤耐性に果たす役割に注目したものであり、その知見によって甲状腺乳頭癌が女性に圧倒的に多く発現する理由も説明できると考えられる。

期待

これまでに進歩はあったものの、さらなる前進が必要である。「救援療法、耐性機序、治療法の発見に重点的に取り組む必要があります」とCabanillas医師は言う。

幸いなことに、「私達は甲状腺癌の分子経路や遺伝学的側面について理解しつつあります。個々の患者にとって最良の治療法を選択するにあたり、病理検査の結果だけでなく分子マーカーに基づいて治療を特定することができるのです」とHabra医師は言う。

For more information, contact Dr. Maria Cabanillas at 713-792-2841, Dr. Mouhammed Amir Habra at 713-792-2841, or Dr. Steven Sherman at 713-792-2841.

【画像キャプション訳】
チロシンキナーゼ阻害剤による治療開始前(上)および4カ月後(下)のコンピューター断層(CT)撮影画像。甲状腺癌の肺転移巣(矢印)の縮小が認められる。

甲状腺癌に関する情報

近年、甲状腺癌と診断される患者数が増加しているが、おそらく画像診断技術(特に超音波診断検査)の進歩により甲状腺癌の早期発見が容易になっためであると考えられる。

米国癌協会の推定では、2014年には約63,000人の患者が新たに甲状腺癌と診断される見込みである。これらの患者のうち、47,000人を超える大部分が女性であると推定される。甲状腺癌による死亡者数は約1,900人であると予想されている。

甲状腺癌で最も一般的な型は乳頭癌で、全体の80%を占め、濾胞癌の割合は10%である。幸い、これらの型は進行速度が非常に緩やかである。甲状腺髄様癌の発生率は約4%である。髄様癌は、甲状腺結節が検出されるよりも前に別の組織に転移している場合がある。しかし、甲状腺髄様癌はカルシトニンおよび癌胎児性抗原の血液検査によって早期に発見されることが多い。甲状腺癌のなかで最も悪性度が高いのは未分化癌であるが、その発生率は全体のわずか2%である。

— Jill Delsigne
 

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翻訳担当者 佐々木真理、原 恵美子

監修 林 正樹(血液・腫瘍内科/社会医療法人敬愛会中頭病院)

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