2011/05/03号◆研究者に聴く「チェルノブイリ原子力災害25周年に際して、モーリーン・ハッチ医師と馬淵清彦医師に聴く」

同号原文

NCI Cancer Bulletin 2011年5月03日号(Volume 8 / Number 9)

日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~

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◇◆◇ 研究者に聴く ◇◆◇

 チェルノブイリ原子力災害25周年に際して、モーリーン・ハッチ医師と馬淵清彦医師は語る

去る4月26日、北部ウクライナで起こったチェルノブイリ原発事故からちょうど25周年を迎えた。放射線急性障害による事故直後の死者28人に加え、この事故によりベラルーシ、ロシア、ウクライナの住人500万人が放射性降下物、主にヨウ素131とセシウム137に被曝した。この被曝後にウクライナ、ベラルーシと米国の政府機関および研究協力パートナーにより、この被曝の疫学調査が開始されてから25年を迎えるに至った。NCIでは、癌疫学・遺伝学部門(DCEG)の放射線疫学支部(REB)の研究者らがこの調査にあたっている。ここでは、DCEG内チェルノブイリ研究班(CRU)元責任者で現在も同施設に所属するMaureen Hatch(モーリーン・ハッチ)医師と、REB副代表およびCRU責任者でこの疫学研究を主導する馬淵清彦医師の両氏が、チェルノブイリ事故から学ぶ教訓について語り、現在も進められている事故後の健康への影響調査の一部を報告する。

健康への影響という点で、チェルノブイリ原発事故から学んだ教訓とはなんでしょうか?

ハッチ氏:チェルノブイリ原発からの主な放射性降下物であり、甲状腺に濃縮される放射性同位体であるは放射性ヨウ素131(I-131)です。事故前には、放射性同位元素が甲状腺に集積する可能性は低く、また癌を生じる可能性はないと考えられていました。 ウクライナ、ベラルーシで被曝した若者を対象に[2年ごとに甲状腺癌検診を行った]NCI支援のコホート研究で、小児期または思春期にI-131に被曝すると甲状腺癌が増加するという確固たる根拠が示されました。このことは他所で発表された原発事故後の症例対象研究や生態学研究に基づいた観察所見を確証するものです。

両国で認められた癌のリスク増加は、ウクライナにおける大幅な甲状腺癌発症リスクの増加が曝露後数十年たっても高いままであるという事実と同様、小児期に受けた事故後の外部被曝の程度に一致するものでした。 また別の調査では、チェルノブイリ原発事故によるI-131降下物を胎内で被曝した2600人近くを調べたところ、放射線に関連する甲状腺癌リスクが高いことがわかりました。

馬淵氏: 放射能の研究において重要な問題の1つは、慢性的に被曝し続けることによる癌リスクが急激な被曝によるリスクより低いかどうかです。ウクライナでの原発での除染作業に携わった男性11万人以上を対象としたNCIの研究では、放射線関連の白血病リスクは日本の原爆被爆者が受けた急性被曝によるリスクに匹敵することが明らかになりました。

NCIの調査結果からは、ベラルーシ、ロシア、バルト諸国のチェルノブイリ原発除染作業者の調査でも示されたように、白血病全体のリスク増加に加え、放射能被曝は白血病の一種である慢性リンパ性白血病 に影響を与えることがわかりました。チェルノブイリ事故前には、この疾患と放射能被曝との関連性は知られていませんでした。

予防と考えられる措置や、健康への懸念を国民に伝える最善の方法など、多数の人々に関わる公衆衛生上の問題についてどのような教訓が得られましたか?

ハッチ氏:不安がむやみに広がるのを回避しつつ、しかも広く効果的に予防措置を伝えなければならいという、その舵取りはきわめて難しい課題ではあります。チェルノブイリ原発周辺の最汚染地域からきわめて速やかに住民は避難しました。 しかし、I-131の甲状腺への取り込みを減らすためのヨウ化カリウム剤(KI)の配布は、緊急時には間に合わず、適切な手段で行われませんでした。一つの理由として、人々に危機感を与えるとの懸念があったからです。

チェルノブイリ周辺地域住民の甲状腺へのI- 131曝露のほとんどが汚染された牛乳を飲んだことに起因しました。NCIの研究や他の疫学研究では、原発事故後の「牧草~牛~牛乳」という経路に対してしっかりした対策を念頭に入れることが重要であると指摘しています。理論的には、政府が広い公衆衛生の警告を発すれば、または特定の汚染された食品を禁止すれば、甲状腺癌症例の一部は防止できたでしょう。 どのような災害時であっても、危機を煽ったり混乱させたりすることなく、汚染の拡散実態や健康上のリスクについての信頼性の高い、明確で現実に即した情報を伝える方策を政府が見いだすことが重要であるのは明らかです。

出生前および幼少期でのチェルノブイリ放射性降下物被曝者における被害状況の知見は、臨床的意義がありました。たとえば、妊娠中の女性や子供の甲状腺疾患治療にI – 131を使用してはならないことなどが判明しました。医療界および国民はそれに則して学ばなければなりません。

REBスタッフは、チェルノブイリ事故の影響についてどのような研究を行っていますか?

馬淵氏:NCIでは、われわれは、チェルノブイリ組織バンクに貯蔵されているウクライナとロシア検体を対象に2つの遺伝子研究を行っています。検体はチェルノブイリの放射性降下物の曝露を受けた被験者のものです。 (今週号キャンサーブレティン「チェルノブイリ組織バンク」記事参照)。さらにわれわれは、両国の国家癌登録を介してウクライナとベラルーシ甲状腺患者群および原発除染作業者を監視し続けています。 また、以前の2年ごと甲状腺スクリーニングのうち1回でも甲状腺中に結節が認められたウクライナ人被験者には追加の検診を実施しています。

チェルノブイリ事故による健康への影響について、今なお疑問は残りますか?

馬淵氏:疑問が残るのは、チェルノブイリ事故当時、若い年齢で被曝した人の甲状腺癌発症リスクがどのくらいの期間続くのか、そしてどのくらいの割合で発症するのかということです。 被曝による上乗せリスクがいつまで続くのか知るためには1つ以上の手段を用いて引き続き観察が続けられなければなりません。 また、胎児期や若年成人期に被曝した場合の甲状腺癌リスクはいまだ不明です。

ウクライナとロシアの原発除染作業者についての他所の研究では、固形腫瘍のリスクの増加が報告されています。 しかし、報告された増加は必ずしも事故による放射線被曝との関連性が十分ではありません。

また、白内障、心血管疾患、および精神疾患など、癌以外の疾患の増加の報告もありました。

チェルノブイリ原発の除染作業者におけるこうした疾患リスクは、今後の疫学研究では、行動やその他の要因の影響を考慮する必要があるため困難でしょう。 チェルノブイリの被曝に起因するあらゆる追加症例の割合は、非放射線関連の原因から生じる例と比較して小さいとされる可能性が高いです。

研究者および政府当局がチェルノブイリの経験から学んだことで、現在の日本の福島第一原子炉の状況に適用できることは?

ハッチ氏: チェルノブイリや福島のように多くの人々に影響を及ぼした大事故から学ぶ重要な教訓のひとつは、健康被害の性質や発症率を評価するためには慎重に計画された疫学調査が必要だということです。そのような研究を行うには、可及的速やかに被曝者を明確に定義し、あらゆるデータソースの利用や実地調査の実施により被曝量や疾患の程度を正確に評価することに尽力しなければなりません。

症例確認と同様に線量測定と被害実態の再現は厳格かつ標準化して行われるべきです。このような研究には、時宜に応じた計画と、しばしば国境を越えた集学的な共同作業が必要です。

甲状腺癌を防ぐために甲状腺による放射性ヨウ素の吸収を最小限に抑える対策を即ちに実施する必要があることは、緊急事態への準備をしておくこと、そして被曝量および健康被害の可能性について明確で遺漏がなく信頼性の高い情報を国民に伝えることの重要性とともに、われわれが得たもう一つの教訓です。

— Elia Ben-Ari

関連記事Clinical Oncology special issue overview on the Chernobyl Anniversary(Clinical Oncology特別号― チェルノブイリ25周年を迎えて)・The Chernobyl Accident: 25 Years of Leukemia and Thyroid Cancer Research (チェルノブイリ事故:白血病と甲状腺癌の25年間の研究)

The NCI-supported Chernobyl Tissue Bank (NCI支援チェルノブイリ組織バンク)

原子力発電所事故と癌の発症リスク:ファクトシート(日本語訳) (Accidents at Nuclear Power Plants and Cancer Risk: Fact Sheet)

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野中 希  訳

辻村 信一(獣医学/農学博士・メディカルライター) 監修 

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翻訳担当者 野中 希

監修 辻村 信一(獣医学/農学博士・メディカルライター)

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