2011/03/22号◆癌研究ハイライト

同号原文

NCI Cancer Bulletin2011年3月22日号(Volume 8 / Number 6)

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癌研究ハイライト

・全米の癌サバイバーは1200万人近くに
・小児期に放射性ヨウ素131に被曝した人は甲状腺癌のリスクが続く
・米国では対側乳房における二次癌の発症率は低下傾向
・エリブリンは転移乳癌女性の生存期間を改善する
・乳癌の薬剤耐性を克服する新戦略

全米の癌サバイバーは1200万人近くに

新たな癌発症者の分析とNCIのSEERプログラムの追跡調査データによると、2001年は980万人であった全米の癌サバイバー数は、2007年には1170万人にまで増加した。この知見はMorbidity and Mortality Weekly Report誌3月11日号に掲載された。

この報告によると、癌サバイバーに多い癌は、乳癌、前立腺癌、大腸癌であり、全体の51%を占めていた。癌サバイバーのうち女性は54.3%、男性は45.7%であった。また65歳以上は約700万人おり、470万人は癌診断後10年以上経過していた。

癌経験者がおよそ300万人であった1971年以降、癌サバイバー数は著しく増加している。過去40年間に見られるこの増加は、米国民の高齢化、癌の早期発見、診断後のより高度な治療による延命など、さまざまな要因に起因している。

癌サバイバー数の著しい増加のため、健康管理や公衆衛生の専門家は癌サバイバーに特化した医療や心理社会的問題についてよく理解する必要があると、米国疾病対策センター(CDC)の癌予防とコントロール部門のDr. Arica White氏がこの知見の記者会見で強調した。

「多くの癌サバイバーと周囲の人たちにとって、癌の影響は最後の治療で終わるものではない」とNCI癌生存者オフィスのディレクターであるDr. Julia H. Rowland氏は述べた。「調査をすることで、癌サバイバーの長期におよぶ健康上のリスクや生活の質に関する懸念のいくらかをさらに理解することができた」。

NCIとCDCの研究者らによるこの分析は、全ての癌サバイバーに最適な術後ケアとサポートを確実に行うための最善策を立案および実施するために、継続した調査と組織的な取り組みの必要性を強調しているとRowland氏は説明した。

小児期に放射性ヨウ素131に被曝した人は甲状腺癌のリスクが続く

1986年のチェルノブイリ原発事故後、放射性ヨウ素131(I-131)に被曝した小児あるいは若年者は放射線誘発甲状腺癌の発症リスク増加が長期間続いている。チェルノブイリ原子力発電所近郊のウクライナ州の3地域の住人12,000人以上を調査した結果、放射線誘発甲状腺癌のリスクが甲状腺被曝1グレイ毎に2倍となることが明らかとなった。(グレイとは放射線量の国際的単位である。)このリスクは9年以上におよぶ調査の間に減少することはなかった。

この知見はEnvironmental Health Perspectives誌3月14日号に掲載された。

NCIの癌疫学・遺伝学部門のDr. Alina Brenner氏率いる研究者とウクライナの研究者が共同で、事故当時18歳未満でさまざまな量の放射性ヨウ素-131を被曝した12,514人を対象とした前向き研究を行った。被曝後2カ月以内に全被験者の甲状腺の放射線値を直接測定した。放射性ヨウ素131被曝情報には、食品(最大の被曝源は汚染された生乳であった)や事故当時の生活習慣も含まれた。

調査が開始された1998年から2007年の間に、受けた被曝量に関わらず全被験者に対して2年毎のスクリーニング検査を行った。最初の検査時に甲状腺癌が見つかった被験者はこの分析から除外した。

追跡調査期間中、65人に甲状腺癌を認めた。放射性ヨウ素131の被曝量が増えるにつれ放射線誘発甲状腺癌のリスクは増加し、被曝時に若年だった者でリスクは最大であった。このリスクには男女差はなかった。

「この結果は、放射性ヨウ素131に起因する甲状腺癌は被曝後20年間も続いていることを示唆している」と筆者は推論した。さらに、被曝グレイあたりのリスクは時間と共に減ることないと思われる。少なくともこのコホート調査の間には減少しなかった。放射線誘発癌リスクは何十年も続くことが知られているため、最終的にリスクの減少が起きるのかどうかを究明するために被験者の調査は長時間にわたって行われる必要がある。

米国では対側乳房における二次癌の発症率は低下傾向

乳癌サバイバーの女性において、新たに癌が発症する頻度が最も高い部位はもう一方、すなわち対側乳房である。新たな試験では、対側乳癌の発症率が1985年以来、年に3%以上の割合で着実に減少していると報告している。この減少傾向の原因は判明していないが、タモキシフェンといった薬剤が癌の再発予防を助けるために広く使用され始めた時期から低下が起きていると、研究者らは3月14日付Journal of Clinical Oncology誌電子版で発表した。

長期にわたる対側乳房での新たな癌の発症率を評価するため、NCIの癌疫学・遺伝学部門(DCEG)のDr. Amy Berrington de González氏らは、1975年から2006年までのSEER(Surveillance Epidemiology and End Results)プログラムのデータベースを使用して統計分析を行なった。

この低下傾向は、初発乳癌でエストロゲン受容体(ER)が陽性と評価された女性における対側乳癌の発症率低下によってもたらされたと考えられる。ER陰性乳癌の女性においては、はっきりとした低下はみられなかった。SEERプログラムからはホルモン療法の詳しいデータは得られないが、ER陽性初発癌後の女性で年3%以上の二次癌の発症率低下がみられるということは「アジュバント(補助)療法、特にホルモン療法の広範な適用が、重要な役割を果たしていることを示唆している」と試験の著者は述べた。

「ランダム化試験により、タモキシフェンなどの薬剤が対側乳癌のリスクを約40%と有意に低下させることがわかっている」とBerrington de González氏は述べた。試験の結果や低下のタイミング、ER陽性初発乳癌に続く新たな癌の抑制ということ全てが、補助ホルモン療法がリスク低下の鍵であることを示していると、同氏は付記している。

米国においては、1983年に発表されたノルバデックス補助療法[Nolvadex Adjuvant]試験の結果を受けて、タモキシフェンは広く使用されている。試験が指摘するところでは、ホルモン補助療法に加えて、化学療法の増加といった要因もこの低下に貢献している可能性がある。「対側乳癌の発症率を減少させる点については、アロマターゼ阻害薬といった新たなホルモン療法が、タモキシフェンよりもさらに有効かもしれない。今後もさらに二次癌の発症低下が進むと期待している」と、Berrington de González氏は語った。

この低下は「注目すべき成果」を示しているが、対側乳癌の全体的な発症率は依然として高く、特に初発乳癌がER陰性であった女性において高率であると試験の著者は警告している。「ER陰性乳癌後のリスクを減少させるための新しい戦略が必要である。なぜならば、該当する女性においては、二次癌の発症が年間1%という高い割合になる可能性があるからである」とBerrington de González氏は語った。

エリブリンは転移乳癌女性の生存期間を改善する

EMBRACEと呼ばれる第3相臨床試験の結果によれば、エリブリン(商品名:ハラヴェン)による治療で、それまで複数の化学療法を受けたにも関わらず増悪した乳癌女性において、全生存期間が延長した。これらの知見に基づき、米国食品医薬品局(FDA)は、少なくとも2種類の化学療法歴のある転移乳癌女性患者に対するエリブリンの適用を承認した

この試験の結果は3月2日付Lancet誌電子版に掲載された。

全生存期間の延長は、今回の知見を「臨床的意義のあるものにした」と、本試験の筆頭著者で、スペインのバルセロナにあるVall d’Hebron Institute of OncologyのDr. Javier Cortes氏と同僚らは記した。「われわれが知る限り、EMBRACE試験は、重度の治療を受けてきた転移乳癌患者の生存期間を有意に改善した、単剤での初めての殺細胞薬あるいは生物学的製剤の大規模試験である」。

エリブリンは、カイメン由来の物質であるハリコンドリンBの合成化合物である。他の化学療法薬と同様に、エリブリンは細胞のチューブリンタンパク質を標的とするが、他とは異なる方法でチューブリンに結合し、癌細胞の分裂と増殖を阻害する。

エリブリンを製造するエーザイ㈱により資金提供された本試験で、患者762人がエリブリン治療、あるいは治療する医師により選択された治療に無作為に割り付けられた。試験への登録以前に、参加者は平均で4種類の化学療法を受けていた。進行・転移した乳癌患者には標準的治療がないため、エリブリン治療群は「腫瘍医と患者による実際の選択を反映させた治療群」との比較となったと研究者らは述べている。

エリブリンを投与された患者は、主治医の選択した治療法を受けた患者よりも平均で2.5カ月長く生存した(全生存期間中央値:13.1カ月vs10.6カ月)。両群間の無増悪生存期間は同等であった。全体的に見て、重篤な有害事象は両群患者でほぼ同等であったが、エリブリン治療を受けた患者では好中球減少症、白血球減少症、また末梢神経障害の重篤例が多かった。

「EMBRACE試験は、重度の前治療歴のある乳癌患者への化学療法の使用に、必要かつハイレベルのエビデンスを提供した」と、ダナファーバー癌研究所のDr. Nancy Lin氏とDr. Harold Burstein氏は付随論説の中で述べた。しかしながらこの患者群におけるエリブリンの使用については、本薬剤に対しより反応するサブグループがあるかといったような多くの重要な課題が残されていると述べている。

筆頭著者は続けた。「EMBRACE試験から得られた臨床的な成果はかなり限定されており、試験参加者における治療、症状管理、そしてQOLの関連性について理解を深めることが極めて重要である」。

乳癌の薬剤耐性を克服する新戦略

研究者らにより、一部の腫瘍において乳癌治療薬のトラスツズマブ(ハーセプチン®)への反応を妨げる重要な要因とみられるタンパク質が同定された。また前臨床試験において、トラスツズマブとc-SRCタンパク質の阻害剤を併用することにより、この薬剤耐性を克服することができる可能性が示された。これらの所見は3月13日付Nature Medicine誌電子版に掲載された。

複数のトラスツズマブ耐性の機序が特定されてはいるが、この耐性を克服する効果的な方法は存在しない。この問題について取り組むために、NCI支援研究者であるテキサス大学MDアンダーソンがんセンター所属Dr. Dihua Yu氏の研究班は、抵抗性を示す癌細胞内で活性化するシグナル経路の研究を行った。その結果、複数の抵抗性経路からの細胞内シグナルがある種の癌に関与することで知られているc-SRCで収束していることが明らかになった。

活性化されたc-SRCは、複数の抵抗性経路の重要な要素となる可能性がある。したがって抵抗性細胞内の数々の異なるシグナル経路を個々に標的とするのではなく、耐性を克服するためにはこれらの全経路に共通の中心的要素を阻害できる可能性を研究者らは示唆している。

この見解を検証するために、トラスツズマブとsaracatinibと呼ばれるc-SRC阻害剤を併用して抵抗性細胞に投与した。細胞および動物モデルにおいて、これらの薬剤を併用することにより抵抗性細胞のトラスツズマブへの感受性が高まり、腫瘍は縮小した。さらに研究者らはトラスツズマブ治療歴のある女性のデータを用いて、患者におけるc-SRCの活性化とトラスツズマブ耐性との関連性を確認した。

「c-SRCを標的とすることで、数々のモデルシステムにおいてその活性化を逆転させた。これは耐性を克服するための強力な戦略であると考える」とYu氏は述べた。同氏は、次の段階はダサチニブを含む臨床的に適用されるc-SRC阻害剤を評価し、そして臨床試験を展開して患者を対象に検証を行うことであると述べた。

その他の関連記事: トリプルネガティブ乳癌に対する新たな手掛かり通常、細胞増殖および腫瘍形成の阻害に関与するタンパク質が、一部のトリプルネガティブ乳癌の場合において変異あるいは欠損しており、これらの変化がこの疾患の発症に影響を与えている可能性がある。3月4日付Cell誌に報告されたこの発見により、この十分に解明されていない治療困難な高悪性度乳癌に対して新たな知見が提供された。正常細胞において、タンパク質のPTPN12はチロシンキナーゼと呼ばれるタンパク質からの増殖促進シグナルを阻害する。一方、トリプルネガティブ乳癌の場合はPTPN12が失活している可能性がある。研究者らは、このタンパク質が腫瘍抑制として作用しないことで、細胞がさまざまな異常な増殖シグナルを生成する可能性があることを示した。

これらの結果から、一部のトリプルネガティブ乳癌はチロシンキナーゼ阻害剤と呼ばれる利用可能な薬剤を併用して治療できる可能性が示唆された。

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野川 恵子、岡田 章代、栃木 和美 訳

林 正樹(血液・腫瘍内科/敬愛会中頭病院)、原野 謙一(乳腺科・腫瘍内科/国立がん研究センター中央病院)監修 

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