2010/03/23号◆クローズアップ「シティ・オブ・ホープ肺癌研究で患者個人の全体を看る」

同号原文
NCI Cancer Bulletin2010年3月23日号(Volume 7 / Number 6)


日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中〜

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◇◆◇ クローズアップ ◇◆◇
患者の全体像を診るシティ・オブ・ホープ肺癌研究

Dr. Betty Ferrell氏が1984年に博士号を取得したとき、すでに腫瘍専門看護師として7年の経歴があり、診療で試された洞察力はある程度鍛錬されていた。ある患者がかつて「倦怠感(疲労)は時間の無駄。時間は貴重なのに」とFerrell氏に言ったことがあり、そのため「倦怠感は、まさに癌における緊迫した問題である」と悟ったのである。倦怠感や疼痛その他の癌治療の避けられない副作用の症状が、自らの患者たちの生活を支配していたが、臨床医や研究者がこの事実に取り組もうとせず、認めようとすらしないことにFerrell氏はしばしば気づいた。

「そこで私が研究者としてこれらの症状を研究しようとしたとき、想像しうる限りの障壁に突き当たったのです」賛助者や資金提供者、臨床研究を監督する施設内審査委員会(IRB)、一般の癌研究団体からの反対について触れながら、Ferrell氏は振り返った。病気で苦しんでいる当の人間のことはほとんど無視して腫瘍の治療に専念する—それがアメリカの腫瘍学界の体質なのだとFerrell氏は言う。

26年が経ち、300編を上回る著作物を発表した後で、Ferrell氏は「自分たちは事実上この巨大な山に向かって岩を押し上げた」と確信している。2003年、米国医学研究会が「癌の緩和ケアの改善(原題:Improving Palliative Care for Cancer)」を発表し、その中で「疾患の全期間を通じて緩和ケアに関する情報を提供すること」が推奨された。組織風土という岩を取り除くために必要なものは、腫瘍学における思考の転換にほかならなかったのである。

その転換の一部が、ロサンゼルス郊外カリフォルニア州デュアルテにある「シティ・オブ・ホープ総合がん研究センター」でFerrell氏が率いる、NCI出資の新たな緩和ケアプログラム計画である。この新計画は、非小細胞肺癌患者とその家族の身体的、心理的、社会的および精神的な必要性に取り組んでいる。

緩和ケアの将来のための背景としての肺癌

現在、米国では毎年およそ219,000人が肺癌と診断され、年間で150,000人以上が死亡するが、Ferrell氏は次のように考えている。「肺癌は(緩和ケアを研究するために)重要な背景なのです。肺癌のように一般的で罹患率や死亡率の高い疾患に巨額の社会的費用がかかるのですから」

「何十万人もの死に瀕した人々が本当の必要性を満たされないまま死ななくてはならないなど、許容できないことです。資金を患者の癌治療に充てるか、それとも心理社会的な必要性に充てるかという問題ではありません。私はどちらも求めているのです。国民や愛する人々が両方得られるようになることを期待しています」と、母親を肺癌で失ったFerrell氏は語った。

腫瘍学におけるこれらの側面の統合が、Ferrell氏や緩和ケア団体の他の人々が提唱してきたことである。Ferrell氏はある意味で、シティ・オブ・ホープの肺癌緩和ケア研究を25年間の研究の集大成とみなしている。

「従来の腫瘍学においては疾患に焦点があてられてきたが、成果の実証された有意義な緩和ケア介入とともに初めて織り込まれつつあるのです」Ferrell氏はこう述べる。「シティ・オブ・ホープのモデルがこれらを統合するための主要原則を示してくれることを願っています」。

「この研究は、目的に応じた理想的な設定です」とNCI緩和ケア研究計画を率いるDr. Ann O’Mara氏は述べる。このプログラム計画ではそれぞれの単独研究より大きな背景のもとで行われることが多いとO’Mara氏は説明した。「緩和ケアに関して言えば、非小細胞肺癌患者は研究が十分行われていない集団です。これらの患者はおそらく、効果的な集学的ケアの一部だと私たちが考えている多くの要素(ケア)を必要としています」。

シティ・オブ・ホープの研究には、肺癌患者の異なる集団を対象とした並行した試験が行われる。この並行試験は、一方の計画を早期患者207人、もう一方を末期患者326人とし、ほぼ同一の目標と構成で実施する。この手法で疾患の全体にわたって有意義な比較が行えるとO’Mara氏は考えている。

全研究における3つ目の計画では、最初の2つの計画に参加した各患者に対して一人以上の一般(プロ でない)介護者を募集し、家族介護者に向けて緩和ケアの介入を試みることである。登録された介護者は患者のニーズによりよく対応するためのスキルや知識を身につけるだけでなく、自身の生活の質も測られる。介護者をサポートすることの有効性に関するデータを病期および社会人口学的特性に従って評価し、サポート介入を受けなかった家族介護者から得たデータと比較する。

「癌を患うのは患者だけではなく、家族でもあるのです」とFerrell氏は説明した。癌の診断を受けることで、家族のメンバーに影響する感情的・経済的な負担が生じることは多い。そのことは、緩和ケアにおいて重要かつ戦略的な側面をも示している。

「私たちは外来医療の時代に生きています」Ferrell氏はこう説明する。「私が着手した頃は、症状や体調変化があった場合、病院に電話すれば通常診察を促され数週間入院となることもよくあるような手厚いケアが提供できるシステムでした。しかし、現在の経済モデルでは、家族介護者が患者の世話をする「プロ」となっています。これは国民の健康における喫緊の社会問題です」。

腫瘍学:実存的関係

「私たちは重要な機会を手にしています」Ferrell氏はこう述べる。「米国の肺癌ケアを変革したいのです。毎年何十万人もの人々が肺癌の直接的影響を受けます。そうした人々を統計としてではなく、個人として見る必要があるのです」。

しかし、Ferrell氏は、腫瘍学界には科学的根拠に基づく診療を裏づけるデータが必要であるということに深く共感する。「私が同僚にシティ・オブ・ホープの計画で試みている統合的なケアモデルで癌患者の治療を行ってほしいと思うなら、厳密な科学的根拠を彼らに示さなくてはなりませんから」。2014年までに、5年に及ぶ予算1千万ドルのこの計画がまさにその科学的根拠を生み出すことをFerrell氏は期待している。

「癌を生物学的事象として見ることを超えて、一人の人間の経験する事象として認識することができるようになれば、人は変わるでしょう」Ferrell氏はこう続ける。「この手法を受け入れることでのみ、患者は必要で当然受けるべき集学的なケアやサポートおよび理解を得られるのです」。

–—Addison Greenwood

関連記事2006年、NCIキャンサーブレティンはFerrell氏が「安らぎへのパスポート(Passport to Comfort)という病院全体のシステムを実施したという記事を特集した。このシステムはシティ・オブ・ホープで適切な症状管理に対する障壁を取り除くための指導プログラムに患者教育を組み込んだものである。4年後、Ferrell氏らは自分たちのプログラムによって患者たちの間で疼痛と倦怠感が著しく減少したことを発見した。この研究結果はJournal of Pain and Symptom Management誌3月号に掲載されている。「これは、全米総合癌情報ネットワーク(NCCN)の疼痛と倦怠感に関するガイドラインを、実証された教育的介入へと変換した初めての試験報告の1つです」と看護師であり、シティ・オブ・ホープのシニア研究専門員である筆頭著者のBorneman氏は言う。「教育的介入(臨床試験)によって情報を通常ケアに統合できるため、私たちは意欲的にモデルを実際の臨床現場に置き換えようとしているのです」。

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川瀬 真紀 訳
小宮 武文 (胸部内科医/NCI研究員・ハワード大学病院)監修 

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