2009/07/28号◆特別リポート「肺癌治療の新アプローチに対する期待と論議」

同号原文

NCI Cancer Bulletin2009年07月28日号(Volume 6 / Number 15)

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特別リポート

肺癌治療の新アプローチに対する期待と論議

進行した非小細胞肺癌(NSCLC)患者に対し、初回治療の期間を延長して生存期間を改善させようとする臨床試験が数多く実施され、失敗に終わっている。このアプローチの基礎となっているのはいわゆる維持療法と呼ばれるもので、シンプルな考え方である。つまり、初回治療後に腫瘍が退縮した患者に対して、次の治療を実施するまでの間に癌が復活してくるのを待たず、むしろ今のうちに癌にもう一撃を加えようというものである。

過去の臨床試験は失敗に終わったが、最近の薬剤を用いたいくつかの第3相臨床試験において維持療法により一定の成果が報告された。現在のところ、1件の臨床試験で全生存期間の改善が報告されており、これとは別のSATURN臨床試験で全生存期間が改善されたことが来週開催される肺癌に関する国際会議で報告される予定である。他にいくつかの臨床試験で無増悪生存期間の改善が示されている。生存期間が数カ月から1~2年という進行した患者にとっては、どのような小さな改善でも朗報である。

NSCLC患者に維持療法を支持する臨床試験

第3相臨床試験結果
ペメトレキセドによる維持療法対最善の支持療法(BSC)(患者663人)全生存期間(OS)の改善(15.5カ月対10.3カ月、非扁平上皮癌に限る)および無増悪生存期間(PFS)の改善
一次治療終了直後のドセタキセル投与対再進行後のドセタキセル投与(患者309人)PFSの改善(5.7カ月対2.7カ月)、統計学的に有意ではないもののOSも改善傾向
SATURN試験 – エルロチニブによる維持療法対BSC(患者889人)PFSがわずかに改善(12.3週対11.1週)。OSのデータは8月1日発表予定
ATLAS試験 – エルロチニブ+ベバシズマブによる維持療法対ベバシズマブ単独の維持療法(患者768人)PFSが約1カ月改善

肯定的なデータが出ているものの、著名な肺癌の専門家らは、維持療法を進行したNSCLCに対する現在の治療法の中にいかに組み込んでいくか、いくつかの重要な点で疑問を呈している。現在のところ一次治療、二次治療、三次治療には数多くの選択肢があり、その一部は標的治療である。

維持化学療法に関するこの議論は、FDAがペメトレキセド(アリムタ)を維持療法の一次治療薬として承認したことから、ここ数週間重要性を帯びている。ただ、この新しい治療アプローチが医療現場にどこまで浸透するかは不明である。バージニア州立大学マッセーがんセンターのDr. Sherman Baker, Jr.氏によると、今回の承認は限定的であるので、今後使用領域は拡大しそうだという。

「疑問に思うのは、われわれ医師がちゃんとやるのかということです」とBaker氏は述べた。つまり、医師が臨床試験で効用が示されたアプローチに従うか、ということである。Baker氏はまた、これらの臨床試験で癌専門医の考え方が変わるのかどうか疑問を抱いている。「これらの臨床試験の結果から、進行したNSCLCが常に致死的な病気というのではなく、2年以上生存もより多く見られるような、どちらかと言えば慢性病のひとつとも言い得る病気だとわれわれ医師の見る目も変わるのでしょうか」

ここに到達するまでの経緯

維持療法が果たす役割については一部に見解の相違があるものの、進行したNSCLC患者に対する一次化学療法の期間を4~6サイクル(ほとんどの場合4サイクル)とすることや、シスプラチンカルボプラチンなどのプラチナ系化学療法剤を含む併用療法とすることでは一致している。数多くの臨床試験でプラチナベースの2剤療法に高い効果が示された一方、6サイクルを超えての投与は毒性が蓄積されるだけでこれ以上の臨床上の効用はないことが示されている。

第3相臨床試験において肯定的な結果が得られた維持療法(上記表参照)は、患者の腫瘍が一次治療に応答した場合に開始される。腫瘍が退縮したこれらの患者には速やかに維持療法薬による治療が開始され、病勢再進行の徴候が認められるまで継続される。

ペメトレキセドが今回の新適応でFDA承認を得ることとなった国際第3相臨床試験では、進行したNSCLC患者(非扁平上皮型)の全生存期間中央値はペメトレキセド維持療法群で15.5カ月だったのに対し、支持療法(BSC)群では10.3カ月であった。無増悪生存期間(PFS)も有意に改善した。扁平上皮癌患者では維持療法レジメンによる効果は得られなかった。

同試験の臨床試験責任医師であるDr. Chandra P. Belani氏は、同試験の結果により非扁平上皮癌タイプのNSCLCに対する新しい標準ケアが確立されると確信している。「維持療法による生存期間に対する効果はこれまでになかったものです」とBelani氏は述べた。ペメトレキセドによる副作用は比較的軽度で発生率も低いことを加味すると、生存期間を改善する可能性があるということはこの治療法を利用する正当な理由となる、とBelani氏は述べる。

「新しいものができたときは、使うのをためらう人がいるのは当然のこと」とBelani氏は話す。「しかし、臨床試験をもとに(FDAの)承認を受けた以上、患者に対し使用しませんというわけにはいかないでしょう」

インディアナ大学サイモンがんセンターのDr. Nasser Hanna氏は、進行したNSCLC患者の大部分にとっては維持化学療法の効果に疑念が残るとしている。ペメトレキセドの臨床試験でみられた生存期間の延長については、試験で非維持療法群の患者の大半が、癌の再進行後に治験薬または承認薬による二次治療を受けていないことから、その差は見かけほど大きなものではない、とHanna氏は反論している。また、NSCLC患者群ではグレードの低い毒性であろうといえども「ささいなものとは言えない」と付け加えた。

さらにHanna氏は、多くの患者においては、「休薬日」、すなわち一次治療薬から一時的に解放して患者に回復する時間を与えるという方法や、現在の治療ガイドラインが示すとおり癌が再進行するまで次の治療を開始しないという方法であっても同様の結果を達成できると述べた。

維持療法の効果を支持する別の臨床試験で化学療法薬ドセタキセル(タキソテール)を用いたものが2009年に発表されているが、非維持療法群の相当割合の患者は病勢が再進行してもドセタキセル投与を受けていなかった。しかし、速やかにドセタキセル投与を受けた患者と生存期間は変わらなかった。

「これらの臨床試験は、大部分の患者に維持療法が必要だと示しているものではないと思います」とNasser氏は述べた。「ただ、この試験結果は、転移性癌に対するペメトレキセドなどの効果や、患者がペメトレキセドなどによる治療機会を失わないことの重要性を明確に示しています」

治療の絶好のチャンスは限られている、だからこそすぐに治療薬を投与することが重要だとBelani氏は反論している。「患者が休薬日により利益を得られるかはとうてい予測できません」とBelani氏。「休薬後、次の治療を受けられない患者が3分の1います。これらの患者は全身状態(PS)が低下するか、癌が進行するか、亡くなってしまいます」

これからは「治療は1回で終わり」ではない

維持療法を支持する結果となった最近の臨床試験のキーポイントは、いずれもFDA承認の二次治療薬または三次治療薬が使用されている点であるとノースカロライナ大学ラインバーガー総合がんセンターのDr. Mark Socinski氏は話した。2000年代初頭に比べて大きな変化、とSocinski氏は指摘する。当時はNSCLCに対する効果的な一次治療薬は少なく、ましてや二次治療、三次治療など望むべくもなかった。

「これらの臨床試験から言えることは、こうした薬剤が生存期間を改善するということを患者に知ってもらうことが大切だということです。維持療法もそのひとつの方法です」とSocinski氏は述べた。Socinski氏はまた、これらの試験でどのような治療戦略を採ったにせよ、得られたデータが示しているのは、腫瘍医は次の治療法を慎重に検討し、治療法について患者によく知ってもらう必要があるということであると述べた。

「もし咳や痛みがひどくなったら、次の予約日を待たずに受診するよう患者に伝える必要があります。症状を無視してはなりません。症状を無視したりすると、病状が悪化するおそれがあることを患者に言い聞かせるとともに、有効な薬剤の投与が病状の助けとなることを知らせる必要があります」とSocinski氏は述べている。

—Carmen Phillips

[図下文訳] 3A期非小細胞肺癌の略図。リンパ節、左主気管支、胸膜、横隔膜、胸壁に癌がある。

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橋本 仁 訳

小宮 武文(胸部内科医/NCI研究員・ハワード大学病院) 監修 

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