FDAがHER2変異肺がんへの初の標的療法としてトラスツズマブ デルクステカンを承認

肺がんの人々が、腫瘍内の特定の遺伝子変化に狙いを定めた治療(標的療法)を受けることがますます増えている。今回、非小細胞肺がん(NSCLC)患者にとって、標的療法の選択肢がもう一つ増えた。

8月11日、米国食品医薬品局(FDA)は、HER2遺伝子に特定の種類の変異(「活性化」変異)があるNSCLC成人患者を対象として、トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)を迅速承認した。この種類のHER2変異は、NSCLCの人々のおよそ3%にみられる。

エンハーツを使った治療の対象となるには、変異があることに加え、がんが手術で取り除くことができない(切除不能)か、体の他の部分に広がっている(転移性)患者で、さらに、がん治療を受けたことのある患者である。

今回の承認は「大いに期待されたもので、非常にうれしい」とJoel Neal医学博士(Stanford Cancer Institute、肺がん分野の医師・研究者)は言う。

「これまでは、HER2変異肺がんを対象としてFDAに承認された標的療法はありませんでした」とも述べる。

この承認は主にDESTINY-Lung02試験という第2相臨床試験の結果に基づく。この試験では、エンハーツ投与によって試験参加者の半分超で腫瘍が縮小した。この試験の参加者は全員がNSCLC患者で、他の治療を受けた後にがんが悪化していた。

「臨床試験で20年間失敗を重ね、肺がんのHER2の生物学的特徴について知識が深まりました」とのBob T. Li医学博士(スローンケタリング記念がんセンター、公衆衛生学修士)は言う。

また、こうした教訓が最終的にエンハーツの開発と承認につながったとも言う。Li博士はDESTINY-Lung02試験やエンハーツに関する他の複数の試験で研究責任者を務める。

エンハーツの製造販売業者(AstraZeneca社と第一三共株式会社)は、FDAの迅速承認に基づき、別の臨床試験を行って治療による利益、たとえば、無増悪生存期間の延長などを確認する必要がある。

 HER2変異の検査

FDAは、エンハーツとともに、HER2遺伝子変異を確認するコンパニオン診断検査を2種類承認した。血液サンプルを使うGuardant360 CDxと、腫瘍組織サンプルを使うOncomine Dx Target Testである。

バイオマーカー検査法と呼ばれる、こうした遺伝子検査法は、肺がんの人々の治療には「欠かせない最初のステップだ」とNeal博士は言う。

 また、肺がんにHER2変異がみられる可能性が高いのは、喫煙歴がないアジア人女性であると述べる。

しかし、進行したNSCLC患者全員に対して、このHER2変異に加えて、EGFRやALK、BRAFの遺伝子変異など、標的療法が存在する他の変異についてもバイオマーカー検査を行うべきだとLi博士は言う。

また、進行した肺がんの人々にとっては「次世代シーケンシングなどのパネル検査は、今では標準治療となっています」とも言う。

 Neal博士の説明によると、肺がんのHER2変異ではHER2タンパク質が常に活性化されている。HER2遺伝子の過剰発現がHER2タンパクの増加につながる乳がんはやや状況が異なる。

 DESTINY-Lung02試験結果

 DESTINY-Lung02試験は複数の国で行われ、対象者は102人であった。参加者は、半数が喫煙歴なし、69%が女性、79%がアジア人であった。全参加者を、2種類のエンハーツ投与量のいずれかに無作為に割り付け、3週間間隔で静脈投与した。

低用量のエンハーツを投与した52人中30人(58%)で腫瘍が縮小し、そのうち1人は腫瘍が完全に消失した。腫瘍が縮小した人々において、治療によってがんが抑えられていた期間の中央値は9カ月であった。

Li博士のチームは、低用量が最適だと考える。なぜなら、低用量の投与では、高用量の投与と同じくらい腫瘍が縮小したうえに副作用が少なかったからである。エンハーツは、低用量でFDAに承認されている。

エンハーツ投与中に腫瘍の大きさが変わらなかった(安定)人数の把握も重要だとNeal博士は言う。同氏の説明によると、医師は、副作用が多すぎないかぎり、腫瘍が同じ大きさのままであったり縮小がわずかであったりしても、肺がん治療を継続させることが多い。

DESTINY-Lung02試験で安定となった割合はまだわかっていない。しかし、転移性でHER2変異のあるNSCLC患者にエンハーツを投与した過去の臨床試験では、91人のうち37%の患者が安定となった。

 エンハーツの副作用

エンハーツは、抗体薬物複合体と呼ばれる薬である。薬の抗体部分が肺がん表面のHER2タンパク質に結合する。そして、抗体に結合させた化学療法薬ががん細胞の中に潜り込み、がん細胞を殺す。

「エンハーツの薬効部分は化学療法薬であり、とても強力です。(したがって、)エンハーツの副作用プロファイルは化学療法薬とほぼ同様です」とNeal博士は説明する。つまり、悪心、脱毛、血球数減少などである。

エンハーツの副作用は、標準化学療法薬とほぼ同様であるが、薬ががん細胞に直接運ばれるために不快さが軽い可能性があるとLi博士は述べる。

また、エンハーツには死に至る可能性のある、間質性肺疾患/肺臓炎という副作用に関する警告が付いている。NSCLCや乳がんの人々を対象としたエンハーツの複数の試験では、患者のおよそ12%が間質性肺疾患/肺臓炎を経験した。

この割合は、肺がんに使用される他の標的療法よりも高いとNeal博士は言う。

「ほとんどの場合、[間質性肺疾患/肺臓炎は]軽度で可逆的ですが、重症になったり命を脅かしたりすることがたまにあります」とLi博士は言う。

研究チームがこの病態の初期症状を検出して(一般的にはステロイドで)治療する技術が向上した結果、この副作用の重症度が低下したと付け加えた。

HER2変異肺がんを対象とする大変有望な治療候補薬について、現在多くの試験が実施中だとLi博士は言う。HER2に結合する他の抗体薬物複合体や、HER2の活性を阻害する新たな低分子薬を検討している試験もある。こうした薬は、安全性と有効性が証明されれば、エンハーツと連続したり組み合わせたりして使用できる可能性があるとのことである。

監訳:高濱 隆幸(腫瘍内科・呼吸器内科/近畿大学病院 ゲノム医療センター)

翻訳担当者 前田愛美

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