大気汚染が喫煙経験のない人の肺がんを誘発することを発見
● 気候変動に関連する微粒子は、気道細胞のがん性変化をも促進する
● EGFRおよびKRAS遺伝子に変異がある細胞は、大気汚染物質にさらされるとがん化する可能性がある
● 肺がんの予防と治療への新たなアプローチに道を開く最新データ
キャンサーリサ―チUKの資金提供により、フランシス・クリック研究所およびユニバーシティカレッジロンドンの研究者が欧州臨床腫瘍学会(ESMO) 2022年大会で報告する最新データによると、大気中の非常に小さな汚染物質の微粒子が非喫煙経験者の肺がんを誘発する新しいメカニズムが明らかになり、新しい予防法と治療法の開発への道が開かれた(1)。この微粒子は、通常自動車の排気ガスや化石燃料の煙に含まれているが、非小細胞肺がん(NSCLC)リスクと関連しており、肺がんによる死亡(世界全体で年間25万人以上)の要因となる(2,3)。
「化石燃料の燃焼で発生し、気候変動を悪化させるのと同じ大気中の微粒子が、重要なのにこれまで見過ごされてきた肺細胞内の発がんメカニズムを通じて、人間の健康に直接影響を及ぼしているのです。大気汚染による肺がんのリスクは、喫煙によるものよりも低いですが、呼吸する大気をコントロールすることはできません。世界的には、タバコの煙に含まれる有害化学物質より、危険なレベルの大気汚染にさらされている人のほうが多く、今回の新たなデータは、気候の健全性に対処することが人間の健康増進に重要であることを示しています」と、英国ロンドンのフランシス・クリック研究所およびキャンサーリサーチUKの主任医師Charles Swanton氏は述べている。Swanton氏は9月10日(土)にESMO 2022年大会の議長シンポジウムでこの研究結果を発表する。
今回の新たな知見は、喫煙経験のない肺がん患者の約半数にみられるEGFR遺伝子の変異に関する、人を対象とした研究および実験室での研究に基づいている。英国、韓国、台湾に住む約50万人を対象とした研究では、大気中の高濃度の粒子状物質(PM、直径2.5マイクロメートル(μm))にさらされると、EGFR変異をもつNSCLCのリスクが上昇することが明らかになった。
フランシス・クリック研究所は実験室での研究において、これと同じ汚染物質の微粒子(PM2.5)が、EGFR、およびKRASという肺がんに関連する別の遺伝子に変異をもつ気道細胞に急激な変化をもたらし、がん幹細胞のような状態に向かわせることを明らかにした。さらに、大気汚染がマクロファージの流入を促し、炎症メディエーターであるインターロイキン-1βを放出すること、これによりPM2.5への曝露に反応してEGFR変異をもつ細胞の増殖が起きてしまうこと、インターロイキン-1βを阻害すると肺がんの発生が抑制されることも明らかにした。これらの知見は、抗IL1β抗体であるカナキヌマブ(商品名:イラリス)で治療した場合、肺がん発生率が用量依存的に減少したことを示した以前の大規模臨床試験のデータと一致していた(4)。
最後の一連の実験では、フランシス・クリック研究所チームが正常な肺組織の検体少量を用いて最先端の超高感度の変異プロファイリングを行ったところ、正常な肺サンプル中のEGFRの18%、KRASの33%にそれぞれドライバー変異が見られた。
「私たちは、肺がんによく見られるEGFRやKRAS遺伝子のドライバー変異が、実は正常な肺組織にも存在し、加齢の結果である可能性が高いことを発見しました。私たちの研究では、これらの変異だけでは、実験室モデルのがんを少し増強する程度にすぎませんでした。しかし、このような変異をもつ肺細胞が大気汚染物質に曝露すると、曝露しなかった場合と比較して多くのがんが発生し、その速度も速いものでした。このことは、大気汚染がドライバー遺伝子変異をもつ細胞における肺がんの発生を促進することを示唆しています。次のステップは、変異をもつ肺細胞のうち、汚染物質にさらされたときにがん化するものとしないものがある理由を明らかにすることです」とSwanton氏は述べている。
本研究に参加していない香港中文大学のTony Mok氏は本研究の結果についてコメントを寄せ、「この研究は、将来、肺の画像検査で肺の前がん病変を探し、インターロイキン-1β阻害薬などでそれを元に戻すことが可能かどうかを問うことができることを意味しており、興味深く、わくわくするような研究です。血液やその他の検体の高感度のEGFRプロファイリングを行って、肺がんの素因を持ち、肺の画像検査が有効となり得る非喫煙者を特定することが可能かどうかはまだ明らかではありません。まだまだ議論は尽きません」と述べた。
Swanton氏同様、Mok氏はがんを含む肺疾患のリスクを下げるために、大気汚染を減らすことの重要性を強調している。
「大気汚染と肺がんの関連性は以前から知られていましたが、今回解明できる可能性が出てきました。化石燃料の消費は大気汚染や炭素排出と密接に関係しており、環境と健康の両方の観点から、これらの問題に取り組むことが私たちの大きな使命です」と、Mok氏は最後に述べた。
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参考文献:
- LBA1 ‘Mechanism of action and an actionable inflammatory axis for air pollution induced non-small cell lung cancer in never smokers’ will be presented by Charles Swanton during Presidential Symposium 1 on Saturday, 10 September, 16:30 to 18:00 CEST in Paris Auditorium. Annals of Oncology, Volume 33 Supplement 7, September 2022
- Liu X, Mubarik S, Wang S. Lung Cancer Death Attributable to Long-Term Ambient Particulate Matter (PM2.5) Exposure in East Asian Countries During 1990–2019. Frontiers in Medicine 2021 Oct 15;8:742076
- Turner MC, Andersen ZJ, Baccarelli A et al. Outdoor Air Pollution and Cancer: An Overview of the Current Evidence and Public Health Recommendations. CA: Cancer J Clin 2020; 70: 460-479
- Ridker PM, MacFadyen JG, Thuren T et al. Effect of interleukin-1β inhibition with canakinumab on incident lung cancer in patients with atherosclerosis: exploratory results from a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. Lancet 2017 Oct 21; 390 (10105): 1833-1842
監訳:廣田 裕(呼吸器外科、腫瘍学/とみます外科プライマリーケアクリニック)
翻訳担当者 瀧井希純
原文掲載日
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