RET遺伝子変異を有する肺がんにSelpercatinibが有望
腫瘍にRET遺伝子変異を有する肺がん患者に対して、試験薬Selpercatinib[セルペルカチニブ]が有益である可能性が、臨床試験の暫定結果から明らかになった。
非小細胞肺がん患者の約2%で、RET遺伝子と他のDNA断片との間に融合を認める。こうした遺伝子融合が原因で産生された異常なRETタンパク質が、がん細胞の増殖を誘発する。
Selpercatinib(LOXO-292)は、異常なRETタンパク質の活性を阻害することにより作用する分子標的薬である。これは経口薬であり、錠剤として服用する。
試験では従来のRET阻害剤に比較してより多くの患者にSelpercatinibが奏効した(腫瘍が縮小した)。Selpercatinibによる治療を受けた患者には副作用も少なかった。
「この新薬は、RET変異を有する肺がん患者に持続的奏効をもたらします」とスローンケタリング記念がんセンターのAlexander Drilon医師は述べた。同医師は9月9日にこの試験結果をバルセロナで開催された世界肺がん学会で発表した。
Drilon医師は、このタイプの肺がんは脳への転移が多いことに触れ、「Selpercatinibは血液脳関門を通過し、脳および中枢神経系の他の部位に存在する腫瘍も縮小させます」と付け加えた。
臨床試験の結果
RET遺伝子の変異はまれで、発生率はほとんどのがん種で1%未満である。しかし、肺がんではこの変異がより頻繁にみられ、甲状腺がんでは10%から20%に認められる。
RET融合陽性非小細胞肺がんとして知られるこの種の肺がんに対しては、米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けた分子標的薬はない。
バルセロナで発表された結果は、LIBRETTO-001と呼ばれる臨床試験に最初に登録されたRET融合陽性非小細胞肺がん患者105人を対象としている。この臨床試験の依頼者は、Selpercatinibの製造業者であるロキソ・オンコロジー社、およびイーライリリー社である。
化学療法歴を有する患者105人の群では、71人(68%)にSelpercatinibが奏効した。治療歴のない患者34人の群では、29人(85%)に効果がみられた。
Drilon医師によれば、奏効持続期間の中央値は20.3カ月であり、3人の患者が完全奏効となった。つまり、画像検査で残存がんが認められなかった。
この試験では脳転移患者11人中10人(91%)にSelpercatinibが奏効した。
SelpercatinibはRET変異を有する「肺がん患者に対して極めて有効な新薬のように思われます」と、イェールがんセンターの肺がん専門医であり腫瘍内科部長であるRoy S. Herbst医学博士は述べた。同博士は当該試験には携わっていない。
RETに焦点を当てる
近年、RETとその他のがん関連タンパク質を同時に阻害するよう設計された薬品がいくつか臨床試験で検討されている。cabozantinib[カボザンチニブ](商品名:Cabometyx[カボメティクス])やvandetanib[バンデタニブ](商品名:Caprelsa[カプレルサ])などである。
Drilon医師は発表で、従来のRET阻害剤と異なる点は、SelpercatinibがRETのみを阻害するため、複数の薬剤標的との相互作用による副作用が現れにくいことであると説明した。これに対して、これまでのRET阻害剤はRET以外のタンパク質も阻害するマルチキナーゼ阻害剤であった。
「Selpercatinibの標的特異性は従来のRET阻害剤よりはるかに高い」とHerbst博士は語った。
Selpercatinibの副作用で最も頻度が高かったのは、口渇、下痢、高血圧、および2つの血中肝酵素の上昇であった。研究者らによれば、これらの大半は容易に管理できた。
Drilon医師はバルセロナで「Selpercatinibについて(臨床試験から)得た知見は、これまでの他の(RET標的)薬剤とは大きく異なります」と語り、試験中に副作用が原因でSelpercatinibの投与を中止した患者は531人中9人(1.7%)に過ぎなかったことを明らかにした。
中枢神経系疾患の治療
以前の研究で、Selpercatinibが脳および中枢神経系の他の部位に転移した腫瘍に対して特に有効である可能性が示唆されており、バルセロナで発表された結果はその研究に基づいたものである。
一例としてDrilon医師らは今年すでに、中枢神経系組織に転移したRET融合陽性非小細胞肺がん患者にSelpercatinibが奏効したと報告している。
以前にマルチキナーゼ阻害剤と放射線による治療を受けながら疾患が進行した患者に対してSelpercatinibが「著明かつ持続的な奏効」を示したと研究者らは報告した。
「脳における有意な臨床活性が認められました」とDrilon医師はバルセロナで語った。
RET融合陽性非小細胞肺がんと診断された時点で患者の約25%に中枢神経系に転移が認められ、広範に脳転移することが多い。
Drilon医師は臨床試験から得られたデータに基づき、Selpercatinibは中枢神経系疾患の治療と脳転移の発生予防の両方に有効な可能性があると述べた。
肺がん治療の進歩
ロキソ・オンコロジー社は、年内にRET融合陽性非小細胞肺がんの治療薬としてSelpercatinibの新薬承認申請をFDAに提出する予定であると発表している。
Herbst博士は、Selpercatinibはおそらく承認されて、DNAシーケンシングやRNAシーケンシング、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)などの検査で腫瘍にRET変異が認められた患者に対する投与が始まるだろうと予想している。
臨床試験の結果は「きわめて良好なので」、化学療法など他の療法とSelpercatinibを比較するランダム化比較試験はおそらく不要だろうと付け加えた。
Herbst博士は20年以上にわたり世界肺がん学会に参加しており、この分野における進歩を振り返って次のように語った。
「22年前にダブリンで開催された会議で最も注目を集めた発表は、肺がん患者の生存期間を1~2カ月だけ改善した化学療法の併用に関するものでした」。
続けて、今回の研究では「生存期間を1年、あるいはもっと長く改善できる薬品が発表されました。これこそが進歩です。それを可能にしたのは、肺腫瘍に関する生物学的知見の進展です」と述べた。
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