エルロチニブ(タルセバ)と化学療法併用は、非小細胞肺癌の全生存率を改善しない

米国国立がん研究所(NCI)

Erlotinib (TarcevaR) Plus Chemotherapy Fails to Improve Overall Survival in Non-Small Cell Lung Cancer(Posted: 08/29/2005) the Journal of Clinical OncologyのSept. 1, 2005号の報告によると、標準化学療法とerlotinib(タルセバ)を受けた非小細胞肺癌患者は化学療法単独治療を受けた患者より長く生存しなかった。


要約
非小細胞肺癌治療の新しいアプローチを調べる第3相臨床試験において、標準的化学療法に加えてエルロチニブ(タルセバ)を投与した患者群の生存は、化学療法単独の患者群より長くはなりませんでした。ただし、エルロチニブ併用患者群のサブグループには有意な延命効果が見られた1群があり、一度も喫煙したことのない患者群では、エルロチニブを投与しなかった喫煙未経験患者群よりも死亡リスクが51%減少しました。

出典  Journal of Clinical Oncology、2005年7月25日オンラインリリース、2005年9月1日出版(同ジャーナル要旨へのリンクは下記参照)。

背景
2005年の肺癌によるアメリカ人死亡者は推定約163,510人になると見られ、これは米国のすべての癌関連死の約29%を占めています。症例の大部分(80%)は非小細胞肺癌です。

研究者らは上皮細胞成長因子受容体(EGFR)と呼ばれる蛋白を妨げる薬剤の試験を行ってきました。細胞の分裂を助けるEGFRは、非小細胞肺癌を始めとする多数の種類の癌細胞表面に非常に高いレベルで見られます。こういった実験的EGFR阻害剤の例としては、ゲフィチニブ(イレッサR)、セツキシマブ(エルビタックスR)、エルロチニブ(タルセバR)があります。

2004年、非小細胞肺癌(NSCLC)患者に関する数本の第3相試験の報告では、標準的化学療法に加えてEGFR阻害剤(ゲフィチニブまたはエルロチニブ)を投与した患者群は、化学療法単独の患者群と比較しても利点が見られないとされました。しかし、同年にカナダで第3相臨床試験を行った研究者らによると、非小細胞肺癌患者で化学療法に応答しなくなった患者にエルロチニブを投与したところ、プラセボ群よりも生存期間が約2ヵ月延長したことを報告しました(関連記事参照)。

臨床試験

この臨床試験(TRIBUTE試験)は、まだ化学療法を行っていない進行性非小細胞肺癌患者で行った第3相臨床試験です。本試験の患者のほとんどは進行性のステージIV疾患でした。

同臨床試験を実施した研究者らは、2001年7月から2002年8月までの試験期間中、1,079例を治療群2群のうちいずれか1群に割り当てました。1群はパクリタキセル(タキソールR)およびカルボプラチンによる標準的化学療法に加えて、エルロチニブ錠を毎日投与する群(539例)、もう一方の群は、同様の化学療法と偽薬(プラセボ)を投与する群(540例)でした。

試験は、エルロチニブ併用の患者群に全生存率の改善が見られるかを主に決定するように計画されました。ただし、それまでの研究から有望な結果が得られていたことに基づき、研究者らは、それ以外にも、特定の患者群(喫煙未経験患者)がエルロチニブの投与で改善するかどうかの設計も行いました。

関連した分析は、1,079例のうち274例から提供された腫瘍サンプルを用いて関連分析を行いました。以前の組織サンプル試験で得た結果から、研究者らは、非小細胞肺癌患者のこの群における特定のEGFR突然変異の有無、および、それが生存率や他の結果が良悪と関連しているかについて調査しました。

臨床試験チームを率いたのは、ヒューストンのテキサス大学MDアンダーソン・キャンサー・センターのロイ・S・ハーブスト医学博士(Roy S. Herbst, M.D., Ph.D.)です(ジャーナル要旨参照)。組織試験チームを率いたのは、カリフォルニア州サンフランシスコのジェネンテック社(Genentech, Inc., San Francisco, Calif.)のデイビッド・A・エバーハルト医学博士(David A. Eberhard, M.D., Ph.D.)です(ジャーナル要旨参照)。いずれの試験報告ともジャーナルの同一号で発表されました。

結果
エルロチニブによる患者全生存期間の延長は認められませんでした。エルロチニブ投与群の生存期間中央値は10.6ヶ月、プラセボ群は10.5ヵ月で、また、両患者群に見られた「無進行期間」(癌の進行に要する時間)もほぼ同じで、エルロチニブ群は5.1ヵ月、プラセボ群は4.9ヵ月でした。

年齢別、性別、人種別、EGFR発現レベル別に定義したサブグループ分析の大部分において、エルロチニブによる生存期間の延長は得られませんでした。しかし、喫煙未経験群ではエルロチニブは効果を示しました。エルロチニブ投与群の中の「喫煙未経験」72例は生存期間22.5ヵ月で、プラセボ群の中の喫煙未経験44例の生存期間は10.1ヵ月でした。これは、エルロチニブ群の死亡リスクが51%減少したことを示すものです。

エルロチニブ併用の喫煙未経験者群では、無進行期間に関しても、標準的化学療法の喫煙未経験者群よりも良好な結果(併用群6.0ヵ月、標準化学療法群4.3ヵ月)でした(進行リスクが50%減少)。

副作用に関しては、両治療群の患者はすべてほぼ同等の毒性レベルでしたが、エルロチニブ併用群に発疹および下痢が若干多く見られました。エルロチニブなどのEGFR阻害剤はこういった特定の副作用を伴うことが知られています。

関連した組織サンプル分析において、サンプルの13%に特定のEGFR突然変異が見られることを研究者らが報告しました(その他の腫瘍は、研究者らがEGFRの「野生型」と呼ぶ形態を発現していました)。EGFR突然変異を有する患者は、エルロチニブ併用治療か標準的化学療法のみかに関わらず、生存の長期化傾向が見られました。喫煙未経験者の中では、エルロチニブ治療群のほうが、化学療法のみの治療群よりもこういった突然変異が多い傾向がありました。

EGFR突然変異患者に関しては他にも数多くのパターンが見られたことから、エルロチニブの有無にかかわらず治療利益を最も得ると考えられる進行NSCLC患者を医師が決定する際に、突然変異が手がかりになりうることを研究者らは示唆しました。

制限事項
国立癌研究所の癌治療評価プログラム(the National Cancer Institute’s Cancer Therapy Evaluation Program)のジャネット・E・ダンシー医師(Janet E. Dancey, M.D.)は、「TRIBUTE試験は、特定の患者サブグループに(エルロチニブと標準化学療法との)併用治療の効果が見られるかもしれないことを示唆しています」と述べました。「しかし、これは患者の一部のサブグループにおけるレトロスペクティブ分析であり、したがって決定的なものとみなすことはできません。こういった患者亜集団におけるEGFR阻害剤と化学療法の併用治療の潜在的な薬効を確認するためには、更なる研究が求められます。」

コメント
カリフォルニア大学デイビス・キャンサー・センター(the University of California Davis Cancer Center)のデイビッド・R・ガンダーラ医師(David R. Gandara, M.D.)およびポール・H・ガマロック博士(Paul H. Gumerlock, Ph.D.)は、添付の社説で次のように述べています。「確かに決定的なものではありませんが、今回のデータは(中略)、米国内のNSCLC母集団の大部分を占める[野生型] EGFR患者に対してこういった併用治療法を(臨床試験以外で)推奨する場合には注意が必要であることを示唆しています」。化学療法とEGFR阻害剤の併用に何らかの利点があるかを医師や患者が判断できるようになるまでには、まだ多くの研究が必要である。彼らが言うには、今はまだ「判決は下りていない」のです。

しかしダンシー博士は、裁定は下されているのではないかという見解を示しています。まだ化学療法を行っていない進行性肺癌患者において、エルロチニブともう一つのEGFR阻害剤(ゲフィチニブ)の否定的な結果を報告した4本の臨床試験のうち、TRIBUTE試験は最新のものであることに博士は注目しています。「標準的化学療法と併用して毎日投与しても、こういった薬剤(エルロチニブやゲフィニチブ)を付加することで得られる患者のメリットはありません」と博士は述べました。

「化学療法の前もしくは後にEGFR阻害剤を投与するなどといった他のアプローチには有益性があるかもしれません」と博士は言います。「ただし、そういった別のスケジュールに関しても、臨床試験で更なる評価が必要です。」    (Snowberry 訳・林 正樹(血液・腫瘍科) 監修 )

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