RET変異肺がんと甲状腺髄様がんの進行抑制にセルペルカチニブが有効

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

数年前から、標的薬剤セルペルカチニブ(Retevmo)は、腫瘍にRETという遺伝子に特異的変異がある肺がんや甲状腺がんの一部の患者に対する治療選択肢となっている。

しかし、セルペルカチニブについて、RET遺伝子変異のある腫瘍に対する他の標準治療薬と比較した研究は限られていた。今回、新たに2つの臨床試験でその比較が行われた。1つは肺がん患者を対象とした試験で、もう1つは甲状腺髄様がん患者を対象とした試験である。

両試験において、セルペルカチニブによる治療は、他の治療と比較して、がんが悪化するまでの期間(無増悪生存期間)を延長した。

セルペルカチニブは、遺伝子自体の変異や遺伝子の一部が別の遺伝子と融合する再構成などのRET変化を有する肺がん、甲状腺がん、その他の固形がんの治療薬として承認されている。

これらの変異や融合によって、細胞増殖を促進して腫瘍を形成させる異常タンパク質ができる可能性がある。セルペルカチニブは、経口で服用する錠剤で、異常なRETタンパク質やRETの一部を含む融合タンパク質の活性を阻害することができる。

肺がん臨床試験LIBRETTO-431では、RET融合遺伝子変異を有する進行非小細胞肺がん(NSCLC)患者において、セルペルカチニブによる治療は、化学療法単独または化学療法+ペムブロリズマブ(キイトルーダ)併用と比較して、無増悪生存期間中央値を2倍以上延長した。

また、甲状腺髄様がんの臨床試験LIBRETTO-531では、RET変異を有する進行甲状腺髄様がん患者を対象として、無増悪生存期間を含む複数の評価項目において、セルペルカチニブが他の2つの標的治療薬よりも優れていた。

両試験の結果は、10月21日にマドリッドで開催された欧州腫瘍学会(ESMO)総会で発表され、同時にNew England Journal of Medicine誌(NEJM)に掲載された。

今回の知見から、RET遺伝子異常は治療に関係すると考えられるため、肺がんと甲状腺髄様がんの診断時に腫瘍のRET変異について検査することが重要と言えると複数の研究者は述べている。

肺がんにおける化学療法単独または化学療法+ペムブロリズマブ併用に対するセルペルカチニブの優位性

RETに関わる変異はまれで、発症は大半のがんの1%にも満たない。NSCLC患者では約2%にRET融合のある腫瘍がみられる(RET融合遺伝子変異陽性NSCLC)。

今回の肺がん試験は、進行したRET融合遺伝子陽性NSCLC患者に対して最も効果的な初回治療を見きわめることを目的としたものである。治験依頼者はセルペルカチニブのメーカーであるEli Lilly社である。

本試験の参加者261人は、初回治療としてセルペルカチニブを受ける群と、標準初回治療である化学療法を受ける群に無作為に割り付けられた。化学療法群の参加者は、主治医の判断でペムブロリズマブの投与を受けることができた。この試験は、化学療法群の参加者の80%以上がペムブロリズマブを投与されるようにデザインされた。

しかし、これまでの研究から、RET融合遺伝子陽性NSCLC患者に対するペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬の「有効性は限定的である可能性」が示唆されているため、この投与は必要ではなかったと研究者らはNEJM誌に記している。

追跡期間中央値約19カ月の時点で、セルペルカチニブ投与群の無増悪生存期間中央値は24.8カ月であったのに対し、化学療法群では11.2カ月であった。

セルペルカチニブ投与群では84%の患者で腫瘍が縮小したのに対し、化学療法群では65%であったと研究者らは報告した。

これらの結果から、セルペルカチニブは進行したRET融合遺伝子陽性NSCLCに対する標準初回治療とみなすべきであると、ESMO総会で肺がん試験結果を発表したHerbert H. Loong医師(香港中文大学)は述べた。

ESMO 総会での今回の結果に関する討論の中で、 Benjamin Besse医師(フランス、Gustave Roussy)は、化学療法を受けた参加者において、ペムブロリズマブ投与の有無に関わらず無増悪生存期間中央値は同じ11.2カ月であったと述べた。

この結果から、「この集団では免疫療法薬の追加はあまり効果がない」ことが示唆される。

セルペルカチニブは脳の腫瘍を縮小させる可能性

セルペルカチニブは血液脳関門を通過し、脳の腫瘍に到達するように設計されている。これまでの研究からは、NSCLCでしばしばみられる、脳に転移した腫瘍に対して本薬剤が特に有効である可能性が示唆されている。

今回の試験で、セルペルカチニブがNSCLC患者の脳の腫瘍を縮小させるというエビデンスが示された。試験参加者のうち29人には測定可能な脳転移があった。試験期間中、セルペルカチニブ投与群の82%で転移が縮小したのに対し、化学療法投与群では58%であった。

腫瘍が脳に転移するまでの期間は、セルペルカチニブ群の方が化学療法群より長かった。これらの所見から、セルペルカチニブが脳における新たな腫瘍の形成を抑制または遅延させる可能性が示唆される、と本研究の研究者であるAlexander Drilon医師(スローンケタリング記念がんセンター)は述べる。

先行試験と同様に、セルペルカチニブで最も多くみられた副作用として高血圧、口渇、下痢があった。医師はセルペルカチニブの投与量を調整することにより、これらの副作用のほとんどを管理することができ、ほとんどの参加者は治療を継続することができた。

治療の副作用のために投与量を減らしたのは、セルペルカチニブ群では参加者の51%であったのに対し、化学療法群では29%であった。副作用のために治療が中止されたのは、両群でそれぞれ10%、2%であった。

甲状腺髄様がんでは有効性を確認

米国では、甲状腺髄様がんは甲状腺がんの約2%を占める。甲状腺髄様がん患者の約25%のがんは遺伝性疾患である。

RET遺伝子変異は、遺伝性甲状腺髄様がんのほぼ全例に認められ、散発性甲状腺髄様がん(遺伝的変異によって発症したものではないがん)のほぼ半数に認められる。

これまで、進行した甲状腺髄様がんは他のタイプの甲状腺がんに比べて治療が非常に困難であった。

LIBRETTO-531試験には、RET変異甲状腺髄様がん患者で、手術で切除できない、あるいは体の他部分に転移している291人が参加した。

試験参加者は、セルペルカチニブによる初回治療を受ける群と、カボザンチニブ(販売名:カボメティクス)またはバンデタニブ(販売名:カプレルサ)のいずれかを受ける群に無作為に割り付けられた。この2剤はマルチキナーゼ阻害薬と呼ばれ、異常なRETタンパク質を含む複数のがん関連タンパク質の活性を阻害する。

カボザンチニブとバンデタニブは、RET阻害の選択性が高くなく、投与を中断せざるを得ないこともある副作用を伴う。こうした制限から、Julien Hadoux医師(Gustave Roussy)らは、RETタンパク質のみを標的とするセルペルカチニブがカボザンチニブやバンデタニブよりも有効性が高いかどうかを検証することになった。この試験の治験依頼者もEli Lilly社である。

追跡期間中央値約1年の時点で、カボザンチニブ/バンデタニブ群の無増悪生存期間中央値は16.8カ月であった。セルペルカチニブ群では多くの患者のがんがまだ悪化していなかったため、研究者らは同群の無増悪生存期間中央値の確定には至らなかった。

セルペルカチニブ群では、薬剤に奏効する、すなわち腫瘍が縮小する可能性が対照群よりも高かった。治療奏効率はそれぞれ69%、39%であった。

セルペルカチニブに対する患者の奏効は、カボザンチニブ/バンデタニブ群の患者よりも「より頻繁に、より深く、より持続的」であったとHadoux医師はESMO総会で述べた。

セルペルカチニブ群では、患者23人(12%)が完全奏効(がんの痕跡がない状態)を示した。対照群では完全奏効は4人(4%)が完全奏効を示した。

RETをより正確に標的とすることで副作用が減少

肺がん試験と同様に、甲状腺がん試験でもセルペルカチニブで最も多くみられた副作用として高血圧、口渇、下痢があった。

治療の副作用によって医師が投与量を減らした患者の割合は、セルペルカチニブ群では39%、カボザンチニブ/バンデタニブ群では77%であった。副作用のために治療が中止されたのは、両群それぞれ約5%、27%であった。

セルペルカチニブはRETを標的とする「選択性」が高いために、カボザンチニブやバンデタニブよりも副作用が少ないのであろうと研究チームは記述している。

セルペルカチニブを甲状腺髄様がん患者に対してすでに使用している腫瘍内科医もいるが、今回の試験結果は 「診療を変えるものです」と、Laura Locati医師(ミラノ国立腫瘍研究所)はESMOでの結果発表後に述べた。

「セルペルカチニブによって、標準治療と比べた奏効率、奏効期間の延長、非常に少ない副作用という点で非常に有効な治療法を初めて手に入れました」とLocati医師は付け加えた。

RETを標的とした次の治療法は?

内分泌がんを研究しているJaydira del Rivero医師(NCIがん研究センター)によれば、米国では、甲状腺髄様がん患者のRET遺伝子検査は標準診療であるとのことである。

今回の結果に基づいて、セルペルカチニブはRET陽性の甲状腺髄様がん患者の標準初回治療とみなされるべきであるとdel Rivero医師は続けた。

この結果は、「甲状腺がん治療のための個別化アプローチ 」への動きを示しているとdel Rivero博士は付け加えた。

RET陽性のがんに対して考えられる治療法の将来性は進展し続けている。別の高度選択的RET阻害薬であるPralsetinib[プラルセチニブ](Gavreto)についても研究が行われている。米国において、プラルセチニブはRET融合を有するNSCLCおよびRET遺伝子変異甲状腺髄様がんの治療薬として承認されている。この経口薬の安全性プロファイルはセルペルカチニブと同様であり、最近の研究によれば脳転移の治療能力も示されている。

一方、次世代RET阻害薬も開発中である。この研究の目的は、第一世代RET阻害薬を含む他の治療法が効かなくなったがんに対する治療法を開発することであると、これらの医薬品研究者らは言う。

  • 監訳 後藤 悌(呼吸器内科/国立がん研究センター)
  • 翻訳担当者 山田登志子
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  • 原文掲載日 2023/11/15

【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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