2012/10/02号◆特集記事「分子標的薬クリゾチニブは一部の進行肺癌患者に有益」
NCI Cancer Bulletin2012年10月2日号(Volume 9 / Number 19)
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◇◆◇ 特集記事 ◇◆◇
分子標的薬クリゾチニブは一部の進行肺癌患者に有益
分子標的薬クリゾチニブ(ザーコリ)の初めての大規模臨床試験の結果によると、本剤は、一部の進行肺癌患者において、病状が進行することなく長期に生存を改善する。
ウィーン(オーストリア)で開催されている欧州臨床腫瘍学会(ESMO)で、9月30日(日曜日)、この臨床試験の初めての結果が発表された。
昨年、米国食品医薬品局(FDA)は、特定の遺伝子に変異がある進行非小細胞肺癌(NSCLC)の患者に対してクリゾチニブによる治療を承認した。この承認は、より小規模の非ランダム化試験の結果に基づいたものであり、この試験ではALK遺伝子再構成という特定の遺伝子に変異を有する患者の多くでクリゾチニブによる腫瘍縮小が認められた。
今までのところ、標準化学療法と比較して、クリゾチニブにより無増悪生存期間または全生存期間が延長するという結果は報告されていない。
「第1相および第2相臨床試験の結果は非常に注目すべきものでした」と、試験責任医師であるマサチューセッツ総合病院のDr. Alice Shaw氏は述べ、「高い奏効率であり、これは単剤としては素晴らしいものです」と続けた。
Show氏は、大規模ランダム化比較試験が必要と続けた。その理由は、クリゾチニブで得られた高い奏効率(腫瘍縮小率)が本当に患者にとって意味あるものであり、またALK遺伝子異常を有する患者にとってクリゾチニブがそれ以外の治療よりも有効であるかどうかを明らかにする必要があるからである。
「クリゾチニブを投与した患者にはかなりの効果がありました」と同氏は述べた。クリゾチニブ投与群の無増悪生存期間は7.7カ月であり、ドセタキセル(タキソテール)またはペメトレキセド(アリムタ)投与群患者の3カ月と比較して2倍以上であった。
クリゾチニブの製造会社であるファイザー社が資金を提供し、21カ国105施設が参加したこの試験には、およそ350人の患者が登録した。本試験の適格患者は、ALK遺伝子再構成の腫瘍を持ち、初回治療後に増悪した進行NSCLC患者であった。複数の試験で、NSCLC患者のおよそ4~5%の腫瘍にこの変異が認められている。
この試験の結果はクリゾチニブの薬剤承認を決定させるに十分であり、実際にFDAは迅速審査により従来の薬剤よりも早い段階でクリゾチニブを承認した。このことは、クリゾチニブがALK遺伝子異常を有する患者に有用であり、従来の薬剤では得られなかった顕著な効果をもたらすことを意味している。
しかし、このような迅速承認にあたってFDAは、クリゾチニブが本当に臨床的に有用であることを確認すると同時に臨床的有用性を打ち消すような予期せぬ副作用が生じないことを示す大規模試験結果を要求していた。ファイザー社は、今回の試験結果をすでにFDAに通知し、また今後も入手でき次第すべてのデータを提供する、と述べた。
全生存についての問題
治療の最終目標は、もちろん、全生存期間が延びることである。この点に関して、この試験は、クリゾチニブが標準化学療法よりも全生存期間を延長するという結果を示していない。この試験のデザインに起因する部分が大きく、一部の研究者によるとクリゾチニブによる全生存の改善を示すことはできないだろうという。
この試験でドセタキセル群またはペメトレキセド群に無作為に割り付けられた患者は、腫瘍進行が認められるとクリゾチニブ投与への移行が容認された。このクロスオーバー率は87%であったとShaw氏は記した。
まだ試験の初期段階であり、全生存期間について確定して言えることは何もない。しかし、化学療法群の87%もの患者が最終的にクリゾチニブ投与に移行した現状を見ると、「実に、化学療法群はまるでクリゾチニブ群のようです」と同氏は付け加えた。
全生存の改善が示されなかったとしても、これらの患者のクリゾチニブに対する強い期待を削ぐものではないと、サイトマンがんセンター(セントルイス)のDr. Ramaswamy Govindan氏は強調した。クリゾチニブにより全生存期間が延長することは「完全に可能」であるが、クロスオーバーのためにこの試験でそれを確認することは不可能であろうと、同氏は続け、「残念だが、現状ではクロスオーバーを許容しない試験は(倫理的に)無理だろうね」と述べた。
この試験では、本剤の安全性に関する新たな懸念は生じなかった。クリゾチニブの以前の試験と同様に、下痢や吐き気と並んで視覚障害(視野の端の方の光が尾を引くようだとしばしば表現される)が一番多い副作用であった。しかしながら、副作用により治療を中止した患者はクリゾチニブ群よりも化学療法群に多かった。
「症状の改善、新たな症状が出現するまでの期間の延長や全体的な生活の質など、どの面からみても、クリゾチニブは化学療法より優れていました」とShaw氏は述べた。
「腫瘍内科医の立場からすると、本質的には不治の病を治療していく中でより質のよい生活を過ごしていると喜んでくれる患者と会うのは非常に嬉しいことです」と彼女は述べた。
耐性に打ち勝つ
これまでの結果から、クリゾチニブによる治療で腫瘍の完全消失を含む劇的な腫瘍縮小の後でさえ、ほとんどの場合で腫瘍の再増悪が認められる。
この状況は、EGFR遺伝子に変異がある進行NSCLC患者に起きていることと似通っている。このような患者の多くは、最初はゲフィチニブ(イレッサ)またはエルロチニブ(タルセバ)に対して優れた反応を示すが、ほとんどの場合再増悪をすると、NCIの癌研究センターのDr. Giuseppe Giaccone氏は説明した。
耐性機序として一つ考えられるのは、クリゾチニブが薬剤標的部位に結合できないようにする新たな変異が生じるという機序である。「しかしこれが主要な機序とは思えません」とGiaccone氏は述べ、EGFR遺伝子やMET遺伝子等の癌細胞の増殖に重要な役割を果たす遺伝子に異常が生じても、(クリゾチニブ耐性となって)腫瘍再増殖が生じると付け加えた。
クリゾチニブ耐性を克服する可能性のある方法については、すでにヒトを対象として試験を行っている最中である。
1例をあげれば、ALK遺伝子を標的とした第二世代の薬剤試験の初期データもこのESMO会議で発表された。試験薬LDK378を評価する小規模な第1相試験では、ALK遺伝子変異陽性でクリゾチニブ治療後に再増悪したNSCLC患者の81%に腫瘍縮小が認められた。
他の(クリゾチニブ)耐性克服のアプローチとしてはALK遺伝子とEGFR遺伝子を両方とも阻害する、という方法が考えられ、これには、両者を阻害する単一の薬剤を用いるか、それぞれの阻害剤の併用がある。例えば、EGFR遺伝子とALK遺伝子に変異がある患者を含む進行肺癌患者に対するクリゾチニブと試験薬dacomitinib(ダコミチニブ)の併用療法を評価する第1相試験に、Giaccone氏らは参加している。ダコミチニブはEGFR遺伝子や同じ成長因子ファミリーの他の遺伝子を阻害する。この第1相試験の初期結果もESMOで発表された。
このような観点からすると、分子標的薬を併用することや患者を分子レベルでさらに細分化することがますます重要になるだろうとGiaccone氏は強調した。
クリゾチニブがわずかの期間に研究室のレベルから臨床の現場で使用できるようになったことは、“現代の創薬の偉大なモデル”であり、“(薬剤が有効な)患者を選択することが(創薬にとって)極めて重要である”ことを示した、と同氏は続けた。
ALK遺伝子変異陽性の転移性NSCLC患者に対する一次治療薬としてのクリゾチニブを評価するために、NCIがスポンサーとなる多施設共同研究グループの試験がすでに立案されているとGovindan氏は述べた。ファイザー社も、ALK遺伝子再構成陽性の患者に対し一次治療としてクリゾチニブを評価する第3相試験のPROFILE1014を開始している。
— Carmen Phillips
ALK遺伝子やEGFR遺伝子を超えて ESMO会議で発表された他の初期段階の試験によると、ALKとは異なる遺伝子再構成を認めるNSCLC患者もクリゾチニブの効果が期待できるかもしれない。その試験では、ROS1遺伝子再構成陽性(全NSCLC患者の2%未満にしか認められないが)の進行NSCLC患者でも、クリゾチニブによりかなりの腫瘍縮小が認められた。クリゾチニブは、「(この様な患者に対して)顕著な効果を示す。これは、ALK遺伝子再構成がある患者でみられるのとほぼ一致している」と、この試験の責任医師でもあるShaw氏は説明した。もう1つの遺伝子であるKRAS遺伝子は、NSCLCで一番多い組織型である腺癌の患者で最も変異が多い遺伝子(*監修 者注:腺癌で最も頻度の高い変異は、欧米人ではKRAS遺伝子変異であるが、日本人をはじめとする東アジア人ではEGFR遺伝子変異である)であり、KRAS遺伝子変異は予後不良と関係していることがいくつかの試験で示されている。 ESMO会議では第2相GALAXY試験の結果も発表されたが、これによるとganetespib(ガネテスピブ)は、腺癌患者と一次治療後に再増悪したKRAS遺伝子変異陽性患者に対して標準化学療法よりはるかに効果があるかもしれないことが示唆された。ガネテスピブは、他のタンパク質が正しく機能することを助ける「シャペロン」タンパク質である熱ショックタンパク質(HSP)90を標的とする。これは第二世代のHSP90阻害剤であり、第一世代のHSP90阻害剤で問題となったような強い毒性をもたないものであると、この試験の責任医師であるウィンシップ癌研究所(アトランタ)のDr. Suresh Ramalingam氏は述べた。 効果を確認する前にさらなる追跡調査が必要であると、同氏は注意を喚起した。別の分子標的薬であるselumetinib(セルメチニブ)の臨床試験結果でも、KRAS遺伝子変異のNSCLC患者の生存を改善する可能性が今年すでに発表されている。 両試験は、待ち望んでいる期待の一部に応えるものである。「KRAS変異陽性患者は、分子生物学的に分類すると肺癌の最大のグループです」とRamalingam氏は述べた。「彼らは、優れた治療オプションを心底必要としています」。 |
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野川恵子 訳
田中文啓 (呼吸器外科/産業医科大学教授) 監修
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