2012/09/18号◆特集記事「肺癌のゲノム研究で明らかになった多数の治療標的」
NCI Cancer Bulletin2012年9月18日号(Volume 9 / Number 18)
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◇◆◇ 特集記事 ◇◆◇
肺癌のゲノム研究で明らかになった多数の治療標的
最近の5つの研究により、数百の肺癌において遺伝子の変異やエピジェネティックな変化(注:遺伝子の塩基配列そのものが変化しないにもかかわらず、メチル化等の後天的な変化により遺伝子の発現が制御されること)が特定された。その中には、すでに臨床現場で使われている、あるいは臨床試験中の薬剤の治療標的も多く含まれている。
これら全ての研究内容は今月発表され、400検体以上の肺腫瘍組織におけるゲノム情報が報告されている。以前から肺癌に関係すると考えられてきた遺伝子変化の確認に加え、これまでに確認されていなかった肺癌と関連する可能性がある遺伝子変化も特定された。
これらのうちの1つの研究の共著者で臨床医兼肺癌研究者のDr. John Minna氏(テキサス大学サウスウェスタン医療センター)は次のように述べている。「これら5編の論文は、多数の肺癌解析を可能にした最新技術を用いて行われたもので、全ゲノム解析研究(ゲノムワイド解析研究)における初の重要な成果といえます」。
これらの研究を合わせると、腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌という主な肺癌の種類を全て網羅したことになる。
ここでの発見はさらなる研究を要するものではあるが、今後、特定の分子標的薬が患者にとって有効かどうかを判定するための分子マーカーを開発する上で役立つ可能性がある。同時に、基礎研究者にとっては、今回新たに発見された遺伝子変化の研究を進めて、新たな治療標的の同定につながる可能性がある。
癌ゲノムアトラス(TCGA)研究ネットワークによる扁平上皮癌の大規模分析を始めとする複数の研究を共同で率いたDr. Matthew Meyerson氏(ハーバード大学医学部、ダナファーバー癌研究所)は次のように述べている。「ゲノムの観点からは、肺癌が複雑で多様性に富むことがこれらすべての研究で示されています」。
Meyerson氏は、遺伝子の中には、腫瘍の種類が異なると、異なったメカニズムで不活性化されるものもある、と述べている。また、ヒトゲノムの大部分は遺伝子をコードしておらず、この部分のDNA配列についてはほとんど知られていないことに注意する必要がある、と注意を喚起する。
扁平上皮癌
TCGAの研究者は、178人の肺扁平上皮癌患者の組織サンプルのゲノムまたはエキソーム(タンパク質をコードするDNA領域)の塩基配列解析を行った。解析された腫瘍の半数以上で、既存のまたは開発中の薬が標的としている遺伝子またはシグナル伝達経路での変化が認められた。この成果は9月9日付Nature誌で発表された。
Mayerson氏は「この研究は肺扁平上皮癌の研究の進歩の大きなきっかけとなるでしょう」と述べている。
TCGAプロジェクトにおいては、肺扁平上皮癌のゲノム情報を、臨床情報(入手可能な場合)やゲノム情報以外の腫瘍の特徴(例えば、遺伝子発現、細胞のエピジェネティックな変化、遺伝子コピー数の変化)を統合して解析した。
肺癌患者の治療に従事し、TCGAの臨床チームの一員でもあったDr. Paul Paik氏(スローンケタリング記念がんセンター)は次のように述べた。「これら5つの研究の枠組みが構築された背景には、複数の新技術の存在と、新たな治療法の開発のため肺癌の生物学的性質をよく理解する必要性がありました」。
扁平上皮癌においては、特定のシグナル伝達経路が重要な役割を担っていることがこれまでの小規模な研究(次を参照:URL①、URL② )で示唆されてきており、これらが新たな標的薬の臨床試験へと繋がった。Paik氏は「TCGAの研究成果が発表されるに及んで、今やわれわれは扁平上皮細胞癌では標的となりうる変異が非常に多く存在することを知りました」と語る。
予期していなかった発見としては、EGFR遺伝子の変異が扁平上皮癌の約1%で確認されたことである。これらの腫瘍はEGFR経路のシグナルを阻害する既存の治療薬に反応することも考えられる。
研究者らは、肺癌細胞が免疫監視システムから逃れるのを促す可能性のある遺伝子変化の存在も突き止めた。
肺腫瘍の検査
新しい研究で見出されたあらゆる治療標的は、特定の薬の治療対象となる患者を選び出すための分子生物学的検査に組み込まれる必要がある。この研究のリーダーは、これまで疾患と関連のある遺伝子変異やその検査に関する知見を築いてきた「肺癌遺伝子変異コンソーシアム(Lung Cancer Mutation Consortium)」の一員である。
多くの肺腺癌患者は分子標的薬の恩恵を受けている。例えば、クリゾチニブ(ザーコリ)は、ある特定の遺伝子融合を持つ肺癌患者の治療で目覚ましい効果を示している。昨今では肺腺癌患者の治療選択を行う前に定期的に遺伝子検査を行う医療機関もある。
Minna氏は次のように解説する。「肺癌全体を見わたすと、重要な治療標的は肺腺癌で最初に発見されました。現在、扁平上皮癌の治療に影響をもたらす可能性を秘めた新たな治療標的が見出されているところです」。
スローンケタリング記念がんセンターでは、すべての肺扁平上皮癌の患者において、治療標的を見出すための検査がDNA配列解析を始めとするさまざまな技術を用いて行われている。最近検査を行った患者28人のうち60%以上の患者さんで腫瘍に潜在的な治療標的の存在が見つかった。
Paik氏の研究グループがTCGAの結果に基づき検査を拡大することに触れ、同氏は「この新たな研究の将来的可能性は今まさに実現されようとしており、非常に刺激的なことです」と語っている。
小細胞肺癌
新たな2件の報告は、小細胞肺癌の遺伝子変異に言及している。小細胞肺癌は、腫瘍の進行が速いが、一方で遺伝子変化についてはほとんど解明されていない。研究チームは、合計82サンプルの小細胞肺癌のエキソームまたはゲノム全体の塩基配列解析を行った。
研究を指揮したDr. Charles Rudin氏(ジョンズホプキンス大学キンメルがんセンター)は、「この研究はわれわれが新たな標的を探索する上での基礎となります」と語り、「次の段階では、どの標的が腫瘍の増大を引き起こし、また治療薬の標的となりうるかを立証することです」と付け加えた。
研究者らはSOX2と呼ばれる正常な発達に関与している遺伝子が、他の癌のように、一部の小細胞肺癌の発生や増殖に関係している可能があり、治療の標的になり得ることを発見した。
小細胞肺癌に対しては手術が行われることが少ないために、組織サンプルの入手は難しく、研究も容易ではなかった。さらに、これらの腫瘍は喫煙が引き起こした遺伝子変異の頻度が高く、このうち癌増殖に関与する変異は極めてわずかであると、別の研究を指揮したDr. Roman Thomas氏(ケルン大学/ドイツ)は述べた。
Thomas氏のグループは、統計的「フィルター」を用いて解析を行い、その結果以下のことが明らかとなった。ヒストンはDNAを細胞の核内に収納する役割を果たしているタンパク質であるが、このヒストンタンパク質の修飾に関与する遺伝子が小細胞肺癌で高頻度で変異を起こしていた。
Thomas氏は「これらの癌は非常に複雑です。そのため、研究者であるわれわれは一歩一歩進めていくしかありません。それでも前進であることには違いないのです。かつては、肺癌が分子標的薬に適した疾患と考えた者は誰もいませんでした」と述べている。
喫煙者と非喫煙者の腫瘍を比較
Cell誌で発表された2つの研究は非小細胞肺癌に焦点を置いている。あるグループは、183の組織サンプルのエキソームまたはゲノムの塩基配列解析を行い、もう一方のグループは、17人の喫煙者及び非喫煙者から採取した腫瘍組織の全ゲノム塩基配列解析を行った。
この研究を率いたDr. Ramaswamy Govindan氏(ワシントン大学医学部/ミズーリ州セントルイス)は次のように語った。「喫煙者と比べて非喫煙者では腫瘍のゲノム中の変異の数が少ないことを明らかにしました」。本研究に参加した5人の喫煙経験のない患者では、ある既存治療薬の標的となりうる変異が確認できた。
発表された2つの研究は非小細胞肺癌に焦点を置いている。あるグループは、183の組織サンプルのエキソームまたはゲノムの塩基配列解析を行い、もう一方のグループは、17人の喫煙者及び非喫煙者から採取した腫瘍組織の全ゲノム塩基配列解析を行った。
この研究を率いたDr. Ramaswamy Govindan氏(ワシントン大学医学部/ミズーリ州セントルイス)は次のように語った。「喫煙者と比べて非喫煙者では腫瘍のゲノム中の変異の数が少ないことを明らかにしました」。本研究に参加した5人の喫煙経験のない患者では、ある既存治療薬の標的となりうる変異が確認できた。
合計すると、この研究の著者らは、17人の患者から治療標的となる可能性のある変化を有する54の遺伝子を発見した。
Govindan氏は、患者がそれぞれの腫瘍の特徴に基づいて適切な治療を選択する必要があることに触れ、「肺癌においては、大規模臨床試験の時代は終わりました。より治癒の可能性が高い肺癌の比較的早い段階で分子標的治療を施す臨床試験も設計しなければなりません」と語った。
Govindan氏は、将来の臨床試験は選ばれた特定の患者に対して薬が比較的高い効果を示すかどうかを検証するものとなる、と予測する。Minna氏はこれに賛同し、「効果が確認できなければ、次の治療標的、そして次の治療薬へと進むのです」と語った。
今回発表された新たな研究成果は、今後続々とあげられる知見の序章である。TCGAは、合計で500の腺癌と500の扁平上皮癌の塩基配列解析を行う予定である。これらの結果は、肺癌のエピジェネティック変化、薬剤耐性機序、腫瘍周囲の微小環境が腫瘍にもたらす影響等の問題解決に光を与えるかもしれない。
Govindan氏は、「これらの研究は癌ゲノムの多様性と複雑性を示すものですが、われわれは今、ゲノムの全体像を俯瞰しています。これは癌治療を前進させる上で重要なことです」と語った。
加えて、Minna氏は「何千という肺癌患者の治療に携わってきましたが、目覚ましい結果を得ることはできませんでした。新たな研究成果には強い期待を抱いています」と述べた。
5つの研究・包括的ゲノム解析により、小細胞肺癌で頻繁に増幅が認められる遺伝子であるSOX2を特定(Nature Genetics誌:原文) ・統合的ゲノム解析により小細胞肺癌の細胞増殖の鍵となる重要な遺伝子変異(Driver mutation)を特定(Nature Genetics誌:原文) ・肺扁平上皮癌における包括的なゲノムの特徴(Nature誌:原文) ・非小細胞肺癌における喫煙者と非喫煙者のゲノムの特徴の概要(Cell誌:原文) ・大規模並列処理シークエンス(MPSS)法を用いた肺腺癌の特質マッピング(Cell誌:原文) |
— Edward R. Winstead
The articles mentioned in this story were funded in part by NIH (01GS08100, 01GS08101, CA140594, P30 CA021765, P50 CA058187, P50 CA090578, P50 CA058184, P50 CA119997, P50 CA70907, R01 CA122794 , T32 CA9216, T32 GM07753, U24 CA126543, U24 CA126544, U24 CA126546, U24 CA126551, U24 CA126554, U24 CA126561, U24 CA126563, U24 CA143799, U24 CA143835, U24 CA143840, U24 CA143843, U24 CA143845, U24 CA143848, U24 CA143858, U24 CA143866, U24 CA143867, U24 CA143882, U24 CA143883, U24 CA144025, U54 HG003067, U54 HG003079, U54 HG003079, U54 HG003273).
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遠藤豊子 訳
田中文啓 (呼吸器外科/産業医科大学教授) 監修
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