肺温存手術は一部の早期肺がん患者で有効
米国国立がん研究所(NCI)
肺がんが早期、つまり肺外に拡がる前に発見された場合、通常は腫瘍切除のための外科手術が行われる。25年以上前から、こうした早期がん患者に対しては、たとえ腫瘍が非常に小さくても、腫瘍が存在する肺を大きく切除(肺葉切除)することが標準術式とされてきた。これは、がんが再発する可能性を低くするために行われるものである。
しかし、一部の肺外科医は、ある種の患者では、腫瘍が存在する肺葉の部分だけを切除する手術でも、肺葉切除と同様、もしくはむしろ肺葉切除よりも良好な治療成績が得られる可能性がある、と指摘している。
このたび、大規模国際臨床試験(以下本臨床試験)の結果から、一部の早期非小細胞肺がん(NSCLC)患者に対して、腫瘍が存在する肺葉の一部を切除する外科手術は、肺葉全体を切除する外科手術と同等の効果があることが示された。
本臨床試験で、縮小手術を受けた早期NSCLC患者の無病生存率は、肺葉全体を切除した患者のそれと同程度であった。また、5年全生存率は、両患者群で約80%であった。
本臨床試験の結果は、New England Journal of Medicine誌2月9日号に掲載された。
この新たな結果は、「この種の肺がんに対する治療法に大きな変化」を示すものであるとNasser Altorki医師(ワイル・コーネル医科大学、ニューヨーク・プレスビティリアン病院の胸部外科長、本臨床試験を主導)は述べた。
「この画期的な臨床試験は、昨年報告された日本での同様の大規模臨床試験の結果を裏付けるものです」とDavid Tom Cooke医師は述べた。カリフォルニア大学デービス校医療センターの総合胸部外科長であるCooke医師は、患者を本臨床試験に登録し、一部の参加患者の外科手術を担当した。
「同時に、この2件の臨床試験から、注意深く選択された患者では、切除する肺組織を少なくしても、肺葉切除と同等の治癒の可能性が期待されることが示されます。また、切除する肺組織を少なくすることで、長期間にわたる良好な肺機能温存が期待されます」とCooke医師は述べた。
肺がんの標準手術は時代とともに変化している
左右の肺はそれぞれ肺葉という大きな部分で構成されており、右肺には3つの肺葉、左肺には2つの肺葉がある。各肺葉はさらに、区域といういくつかの解剖学的単位に分かれている。
肺がんの手術は、片肺の全摘出からはじまった。肺葉全体を切除する手術は肺葉切除と呼ばれる。縮小手術(肺温存手術と言われることもある)では、外科医は肺葉のある区域全体を切除(オレンジの一房をとるようなもの)、または、肺の楔状の部分のみを切除(オレンジを一口かじるようなもの)する方法である、とCooke氏は解説した。
1995年、ある重要な臨床試験の結果、早期NSCLC患者には、肺葉切除術は縮小手術よりも優れていることが示された。この試験に参加して縮小手術を受けた患者は肺葉切除術を受けた患者と比較して、がん再発率が3倍高かった。
「その後、肺葉切除術がこうした患者に対する標準的外科治療になりました」と胸部外科医であるValerie Rusch医師(スローンケタリング記念がんセンター)は、本臨床試験結果に付随する論説で解説した。肺温存手術は肺機能が低下している患者にのみ行われたとRusch医師は指摘した。
しかし、ここ数十年の間に、画像診断技術の進歩と新規の病期分類法により、より小さく、より早期の肺がんの発見と診断が可能になったとAltorki氏は述べた。そこで、Altorki氏や他の研究者は、肺温存手術が一部の患者にとって適切な治療選択肢になる可能性があるかどうかという問題を再検討しようと考えた。
外科医は肺温存手術の種類を選択できた
本臨床試験(NCI支援のAlliance for Clinical Trials in Oncology[腫瘍学における臨床試験同盟]が実施)で、Altorki氏らは2007年6月~2017年3月に、早期NSCLC患者697人を登録した。
本臨床試験に参加するためには、患者は厳格な基準に適合する必要があった。参加患者には、大きさが2cm以下(米国の1セント硬貨程度の直径)で、肺の外側3分の1にあり、かつ近傍のリンパ節や体内の他の場所に転移していない単一の肺腫瘍を有する必要があった。また、NSCLCに対する化学療法や放射線療法の治療歴がないことも条件であった。
参加患者の半数は腫瘍のある肺葉全体の切除を受ける群(肺葉切除術患者) 、残り半数は肺温存手術を受ける群(肺温存手術患者)にランダムに割り付けられた。肺温存手術患者の場合、各外科医は、肺葉の一区域を切除するか、楔状の部分のみを切除するかを決定できた。
全参加患者は5年間以上の追跡調査を受け、追跡期間の中央値は7年であった。5年無病生存率は肺温存手術患者で63.6%、肺葉切除術患者で64.1%であった。また、両患者群の5年全生存率はそれぞれ80.3%と78.9%であった。
似ているが同じではない臨床試験
日本の臨床試験では、肺温存手術患者と肺葉切除術患者の両者で5年全生存率が90%以上であった。この臨床試験で認められた高い全生存率は、患者が有する特定の種類のNSCLCなど、2件の臨床試験間の微妙な相違に由来する可能性があるとRusch氏は記した。
また特筆すべきは、日本の臨床試験では、肺温存手術はすべて同じ方法で行われたが、それは肺の区域切除であった。肺葉の一区域を切除する手術である区域切除は、その肺の区域にある所属リンパ節も切除するので、楔状に切除するよりも「より適切な手術である」と一部の外科医は考えているとCooke氏は述べた。
しかし、少なくとも肺機能が低下している患者に対しては、楔状切除術が「北米とヨーロッパで最も頻繁に行われている縮小手術の手法である」とAltorki氏らは記した。米国、カナダ、および、オーストラリアの医療機関が参加した本臨床試験では、肺温存手術患者の約60%が楔状切除術を受けた。このため、本臨床試験は「『実臨床で行われている医療』をより反映する」ものとなったとも記した。
本臨床試験で懸念されることは、2種類の肺温存手術を直接比較しなかったことであるとCooke氏は述べた。しかし、Altorki氏らは、この疑問を解決するためのデータを近々入手する予定であると述べている。
肺組織の切除量を減らすことの利益
「高リスク者に対する肺がん検診が広く認められ、より多くの人が検診を受けるようになった現在、この種類の超早期がんがあり、縮小手術の恩恵を受ける人々が増えることが予想されます」とAltorki氏は述べた。
「現在、肺がんに対するさまざまな手術はすべて安全であるが、肺温存手術は肺葉切除術と比較して、(死亡などの重篤な合併症の)リスクがより低い」とRusch氏は記した。
おそらく最も重要なことは、肺組織の切除量減少により肺機能を維持できると考えられていることである。しかし、いずれの臨床試験でも、肺葉切除術患者と肺温存手術患者の間で、臨床的に意義のある肺機能の差は認められなかった。
これは、これらの臨床試験において、肺に出入りする空気量を測定する機器を用いて肺機能を評価したことが原因であるかもしれないとCooke氏は述べた。いずれの臨床試験も、より高感度の他の肺機能検査や有酸素運動を評価するための標準検査を他に実施していなかった。
また、研究者らは患者が2種類の肺の手術を受けた後、どのように感じたかを報告するように依頼してしなかったとCooke氏は指摘した。
区域切除や楔状切除術には患者にとってもう1つの利点があるとAltorki氏は述べた。初発NSCLCが治癒した人は頻繁に、第2の原発性NSCLCを発症するリスクが大きくなる。また、第2肺がんが見つかった場合、最初に肺組織の切除量が少なかった人は、肺葉切除術歴がある人と比較して治療選択肢が多くなる。
肺がん精密手術の時代
こうした利益があるにもかかわらず、肺温存手術はすべての人にとって最良の治療選択肢にはならないとAltorki氏は強調し、「治癒するため、または、がんを切除し、再発の可能性を極力減らすために必要なことは何でもする必要があります」と述べた。
「適切な場合には、現在でも肺葉切除術を行うべきである。NSCLCに対する『精密』手術の時代が到来した」とRusch氏は記した。
Cooke氏は肺がん手術に対する見解の変化を、乳がん治療の手術方式の進化と比較した。長年にわたり、乳腺外科医は、早期乳がん患者の一部に対して、根治的乳房切除術から乳腺腫瘤摘出術や他のその他の乳房温存手術の実施に移行した。
肺がんの治療に関しても、「ここで立ち止まるわけにはいきません。現在の疑問は、肺がんの精密医療を話題にするとき、縮小手術はどのような位置づけになるのかということです。外科手術の前後に、免疫療法薬や腫瘍内の特定の遺伝子変異を標的にする薬剤を使用する可能性もあります」とCooke氏は述べた。
「肺がん患者の外科治療において、現在は心躍る時期で、次にどこへ向かうか楽しみです」とCooke氏は言い添えた。
- 監訳 田中文啓(呼吸器外科/産業医科大学)
- 翻訳担当者 渡邊 岳
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- 原文掲載日 2023/03/09
【この翻訳は、米国国立がん研究所 (NCI) が正式に認めたものではなく、またNCI は翻訳に対していかなる承認も行いません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】"
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