2013/01/08号◆クローズアップ「個人の体験談と過去のエビデンスによる禁煙広告キャンペーンの成功」
NCI Cancer Bulletin2013年1月8日号(Volume 10 / Number 1)
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◇◆◇ クローズアップ ◇◆◇
この記事は癌に関する‘コミュニケーション’についての連載記事の一部です。本連載記事一覧はこちら(原文)。
個人の体験談と過去のエビデンスによる禁煙広告キャンペーンの成功
AdWeek誌によると、そのキャンペーンは「今年最も記憶に残った広告の一つであり、この手の広告としてはおそらくこれまでで最高傑作」だという。
それは、ダースベイダーの衣装に身を包んだ少年がフォース(※映画「スター・ウォーズ」より)を使って家族の新車にエンジンをかけるテレビCMを指しているのでもなければ、スーパーボウルの大規模広告でハイテク機器の新製品が発表されたということでもない、とAdWeek誌はいう。
同誌が称賛しているのは、米国疾病対策予防センター(CDC)が製作した『Tips from Former Smokers(元喫煙者からの助言)』という禁煙キャンペーンだ。この広告は、有料メディアおよび全国マスメディアに対し、連邦政府が資金提供して行った初めてのキャンペーンで、成人男性に禁煙を促す内容である。これまでに得られたデータを見る限り、このキャンペーンは大成功をおさめている。
昨年のCM展開期間中(3月19日~6月10日)、2011年同期の12週間と比べNCIの禁煙ダイヤル1-800-QUIT-NOWには通常の2倍以上の電話があり、www.smokefree.govには5倍のアクセスがあった。どちらのサービスもこのキャンペーンで特集されており、テレビ、ラジオ、インターネット、屋外広告のほか、印刷出版物、映画館の広告で表示された。
CDCの喫煙と健康オフィス(OSH)所長で同キャンペーンの陣頭指揮をとるDr. Timothy McAfee氏は次のように述べた。「(このキャンペーンで)もっとも強調したのは、喫煙が原因の病気で苦しんでいる米国内800万人に、ご自身の話を聞いてもらえるところがありますよ、という声を届けることでした」。
広告に出た人々、刺激的な表現、禁煙の支援を受けられる場所がよく目立つ表示、これらは偶然の産物ではない。CDCは、喫煙者にもっとも強い印象を与えるにはどうすべきかを研究する財団の協力を得た。
「たばこを規制する立場から見て、この『元喫煙者からの助言』キャンペーンはよくできていますし、確固たる根拠に基づいたものだと思います」と、マサチューセッツ総合病院でたばこ研究・治療部門代表のDr. Nancy Rigotti氏は話す。
同禁煙キャンペーンの効果についてはなおも研究者による分析が続いているが、初期段階で成功と示されたことから広告第2弾の製作がすでに進められている。
リアルな人々のリアルな帰結
OSHのヘルスコミュニケーション部門代表のDiane Beistle氏は次のように話す。「成功する公衆衛生のキャンペーンにはさまざまなアプローチや戦略があり、禁煙キャンペーンにおける最適なアプローチも明らかになっています。過去の研究論文を参照すれば、根本的に、痛烈かつ感情的な共感を呼ぶキャンペーンが効果的だと示されています」とBeistle氏は述べている。
たとえば、感情的な共感を生むよう喫煙の害を強調した広告が、最も喫煙者の記憶に残り、行動を変化させる可能性が高い、ということがそれぞれの比較対照研究で一貫して示されている。
これらの研究成果は現実世界でのキャンペーンの効果と一致していた。ニューヨーク州ではマスメディアによる禁煙キャンペーンが2000年代をとおして行われ、人々の心をつかむテレビCMがいくつか放映された。ベッドに横たわる女性が喫煙による病気で呼吸もままならないところへ、幼い息子がやってきてコップいっぱいの水を手渡すCMなどだ。このキャンペーンは同州における喫煙者の急激な減少に貢献したと考えられている。
『元喫煙者からの助言』およびニューヨーク州のキャンペーンのいずれもが、オーストラリアで1997年に始まり大成功に終わったEvery Cigarette Is Doing You Damage(たばこの一本一本が体を蝕む)というキャンペーンの結果を応用し広告を製作している。
米国およびオーストラリアのキャンペーンでは不快な画像も用いられたが(たとえばオーストラリアのテレビCMでは、死亡した32歳喫煙者の動脈から取り出された喫煙によるプラークの画像を用いた)、うまくいくには単に怖がらせるだけでは必ずしも十分ではない、と心理学者でミネソタ大学経営学部教授のDr. Barbara Loken氏は話している。同氏は公衆衛生関連キャンペーンを中心に研究している。
「ストーリー仕立てで、現実的な話こそ人々の関心をひきます」とLoken氏は言う。これを受けて今回の「元喫煙者からの一言」キャンペーンでは、喫煙が関連するビュルガー病という病気のために膝から下を切断したBrandon氏の他、生身の人間の話を登場させている。
禁煙キャンペーンではその他に死亡率の統計や医療専門家からのアドバイスなどの要素もあるが、「喫煙のために人生が永遠に変わってしまった生身の人間を出すのがきわめて効果的」とLoken氏は話す。
二次的な効果
このオーストラリアのキャンペーンや同様のキャンペーンでは重要な二次的な効果が出たことが研究で示されている。これらのキャンペーンは「ほぼ100%成人の心に響くように作られているのだが、青少年にも影響を与えた」とMcAfee氏は指摘する。
たとえば、オーストラリアの研究者が‘Damage(有害)’キャンペーンに対する思春期青少年の反応について調査を行ったところ、常習的に喫煙するティーンエイジャーのうち4分の1はこのキャンペーンでたばこの本数を減らすと決めたと回答した。
‘Damage(有害)’など禁煙キャンペーンの影響について研究しているCancer Council VictoriaのDr. Melanie Wakefield氏は、このような二次的な効果はかなり広範囲にわたっているかもしれないと強調する。
「(キャンペーンで)成人の喫煙が減っただけでも社会全体として喫煙がより一般的でなくなり、青少年にとってもよいことです」とWakefield氏は言う。「さらに、こういったキャンペーンによって親である成人の喫煙が減り、親が喫煙をやめれば子どもが喫煙する可能性も低くなることがわかっています」。
NCIの健康コミュニケーション・情報科学科教務主任のDr. Kelly Blake氏は、これらのキャンペーンが公衆レベルで喫煙を「一般的でない方向にもっていく」力が非常に重要だと説明。「うまく設計された研究であれば、こういった効果を分離することも困難ながら不可能ではないだろう」とBlake氏は話している。
行動を起こし、成果を測定する
広告によって気持ちが動かされたところへ禁煙方法を提示することが望む結果をもたらすために不可欠であることが研究で示されている、とRigotti氏は説明する。
「個人的な証言とすぐにでも実行できる情報を対にする…こうすれば実際に反応があらわれます」とRigotti氏は言う。
たとえばある研究では、禁煙広告をアフリカ系アメリカ人の視聴者が多いテレビ局およびラジオ局で放送し、視聴者に地域の禁煙ダイヤルを案内した。その結果、アフリカ系アメリカ人からの禁煙ダイヤルへの電話はキャンペーン前には週に2本以下であったのが、キャンペーン期間中は週86本に急増した。
どの公衆衛生の啓発キャンペーンにおいても課題となるのが「今回のように禁煙といった行動に対する効果が目に見えるようにすること」とBlake氏は語る。「それには長期間にわたる解析が必要となるが、(『元喫煙者からの助言』キャンペーンにおける)暫定的な代替値は成功が大いに期待できる数字となっています」。
このような解析は進行中である。CDCの研究者は数千人の喫煙者および非喫煙者を対象としたコホート研究を行っている。同研究ではキャンペーン前後にインタビューを行って認知度を調べるほか、喫煙者に対しては禁煙したかあるいは禁煙しようとしたかを尋ねた。研究者らは暫定結果を来年の初めに報告する予定だ。
『元喫煙者からの助言』キャンペーンの第2弾も2013年からスタートする見込みだ。McAfee氏によると、第2弾も第1弾と同様のものとなるが、喫煙関連の重篤な病気にかかった別の人々を配役するという。
McAfee氏はまた、第2弾ではこのキャンペーンの機運を醸成し、その影響をさらに多くの医師などにまで拡大していきたいとも述べている。
「3カ月のキャンペーン期間中喫煙者の80%はこれらの広告を目にすると思います」とMcAfee氏。「この広告は、医師が喫煙する患者に対して広告について尋ねたり、禁煙についての有意義な会話を始めたりする絶好の機会となります」。
一方、2013年秋には米国医薬食品局(FDA)がティーンエイジャーおよび若年成人を対象にした全国的な禁煙キャンペーンを打ち出す。FDAのたばこ製品センターのJennifer Haliski氏によると、このキャンペーンは2年間の予定で、2009年施行の家族喫煙予防とたばこ規制法(Family Smoking Prevention and Tobacco Control Act)によりFDAに与えられた権限の直接的行使の一つとして行う。
–Carmen Phillips
他の記事:「喫煙率をさらに低下させるための全国キャンペーン」(”Federal Campaign Seeks to Shrink Smoking Rates Further”)
メディアによるたばこ対策キャンペーンのすべてメディアによるたばこ対策キャンペーンにおけるもっとも包括的な資料といえばおそらくThe Role of the Media Promoting and Reducing Tobacco Use(喫煙量の増減におけるメディアの役割)だろう。このNCIモノグラフの第11章および第12章には米国および海外で実施された禁煙キャンペーンの概要が紹介されている。また、それらの効果を評価する研究内容についても詳しく掲載されている。 |
禁煙キャンペーンの歴史概略 『元喫煙者からの助言』は国費で全国的に実施したものとしては初のたばこ教育広告キャンペーンであったが、初期のマスメディアキャンペーンとしては1960年代末頃からFairness Doctrine(公平の原則)に基づき公共広告が放送されていた。これは、頻繁にテレビやラジオで流されるたばこCMに対抗する広告を各局は無償で放送すべきとした判決による原則だ。 公共広告の中にはテレビや映画スターを配役するものもあり、1985年の米国癌協会(ACS)の広告では俳優Yul Brynnerを登場させ、彼が肺癌で亡くなった直後から全国で放送された。米国ではカリフォルニア、フロリダ、ミネソタ、ニューヨークなどの各州で州単位のキャンペーンが数多く行われている。1989年からのロングランとなっているカリフォルニア州のキャンペーンでは受動喫煙の危険性や禁煙方法にスポットをあてている。 また、たばこ産業に対抗するメッセージも出している。この広告キャンペーンは州全体のたばこ規制プログラムの一環で、他にはたばこ税の大増税なども行っている。カリフォルニア州のプログラムは同州における記録的な喫煙率の低下に貢献している。2010年にカリフォルニア州の成人における喫煙率は11.9%で、全国のHealthy People 2020で目標とした成人喫煙率12%を達成している2つしかない州のうちの1つである。 2000年には、米国レガシー財団が若者をターゲットにTruth(真実)という全国的な禁煙キャンペーンを立ち上げた。キャンペーンの広告ではさまざまなメッセージと手法が用いられ、多くの広告で反権力・反産業のトーンがこめられた。キャンペーン終了後、Truthにより高校生における喫煙率がかなり減少したことがわかった。Truthキャンペーンが実施されていたのとほぼ同時期に、いくつかの大規模たばこ会社自身も若者に喫煙しないよう勧める広告を制作している。 たとえばフィリップモリス社は全国的な広告キャンペーンを2種制作しており、1つはティーンエイジャーにむけたThink. Don’t Smoke.(考えよう。喫煙はしない)、もう1つは子どもの親にむけたTalk. They’ll Listen.(話そう。子どもは聞いてくれる)がある。しかし、たばこ産業とは独立した研究によると、これらのキャンペーンは効果がないばかりか逆効果の可能性があったという。 |
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橋本 仁 訳
大渕俊朗(呼吸器・乳腺内分泌・小児外科/福岡大学医学部) 監修
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