がん性T細胞から得た戦略でCAR-T細胞療法が強化される可能性
米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ
白血病やリンパ腫のような血液腫瘍患者の一部では、CAR-T細胞療法が画期的な治療法であることが証明されてきた。しかし、がん患者の約90%を占める乳がん、大腸がん、膵臓がんなどの固形がんでは、T細胞療法による成功はなかなか得られていない。
その大きな理由のひとつは、感染細胞や病変細胞に対する免疫系の主要な防御手段であるT細胞が、固形腫瘍内やその周囲にみられる有毒な環境下でしばしば弱体化、無力化することである。研究者たちは、CAR-T細胞やその他の実験的T細胞療法が、腫瘍微小環境という、このような厳しい環境下で生き残るのを助ける方法を多数模索している。
NCIが資金提供した研究チームは、ある新しい研究でそのような戦術のひとつの可能性を示した。着目したのは、 がん性T細胞が生存と増殖のために利用している自らの遺伝子変化である。この遺伝子変化をT細胞治療に取り入れることで、より優れた抗腫瘍効果が得られる可能性があることを研究チームは発見した。
マウスで実験したところ、研究チームががん性T細胞で発見したある特定の遺伝子変化を備えるよう操作されたT細胞は「スーパーパワー」を発揮したと、この研究の共同責任者であるノースウェスタン大学のJaehyuk Choi医学博士が語った。
2つの遺伝子の一部を融合させた遺伝的変化を加えることで、改変されたT細胞はより速く分裂し、より多くの腫瘍細胞を殺し、投与されたマウスの体内で1年以上生存した。2月7日付けNature誌の研究者報告によると、重要なことに、この遺伝子組み換えによってT細胞ががん細胞のように振舞うことはなかったということである。
「[この]突然変異を1つ追加した際、[がんにみられるような]無制限な[T細胞の]増殖は認められず、[改変された]T細胞には元来備わっていない能力が付与された」 と、この研究のもう一人の主導者であるカリフォルニア大学サンフランシスコ校のKole Royba博士は説明した。
NCIのがん研究センターで細胞療法を研究しているが、この研究には関与していないRosa Nguyen医学博士によると、T細胞療法研究の最初の20年間は基本的な領域に集中していたという。その研究とは、T細胞ががん細胞上のどの分子を標的にできるのか、またCAR-T細胞療法で行われているように、T細胞をどのように変化させればそのような標的をより正確に特定できるのかを明らかにすることであった。
Nguyen博士は話した。「これらの細胞の機能を強化させるためにさまざまなものを[加える]ということの研究が今非常に盛り上がっている。それが今、この分野が目指しているものである」。
自然の生存戦略を利用する
体内のあらゆる種類の細胞は、免疫細胞でさえも、がん化する可能性がある。T細胞リンパ腫と呼ばれる血液腫瘍は、その名の通りT細胞から発生する。
これらのがん性T細胞は、多くの正常T細胞に欠けているもの、すなわち腫瘍という厳しい環境で増殖する能力を備えている。このような環境には、T細胞の働きを鈍化または無効化する他の免疫細胞や、T細胞を機能させにくくする他の細胞や分子が含まれる。
Choi博士の研究室では、T細胞リンパ腫の生存特性を10年以上研究してきた。「これらのがん性T細胞が発達させた、自分自身を守る方法は驚異的だ」と彼は説明した。
T細胞を用いた治療法の開発という観点からみると、がん化したT細胞にみられる変異の多くは、さらなる利点をもたらす、とChoi 博士は説明した。これらのどれかが単独で細胞をがん化させるようには考えられない。
彼らの長年の研究によって、「自然はすでに[がん性]T細胞をより強くするための大規模な実験を行ってきた」ことを明確に示している、と彼は説明した。T細胞療法を改善する方法を「[自然が]示してくれるかもしれないと考えた」。
より良く、より速く、より安全なT細胞
T細胞工学を専門とするRoybal博士の研究室協力のもと、研究者たちはまず、T細胞リンパ腫から採取した広範囲に渡るがん性T細胞を注意深く分析し、腫瘍微小環境での生存を助けると考えられる遺伝子変化を探した。
まずは候補となる変化が71個見つかった。さらに実験室での研究で、最も有望な候補変化のいくつかを備えるようにCAR-T細胞を操作した。その結果、CAR-T細胞のがん細胞に対する殺傷能力が向上し、より多くのCAR-T細胞を作り続けることができたのである。
さらに研究を進めた結果、最も有望と思われる変化、すなわちCARD11とPIK3R3という2つの遺伝子の一部の融合が判明した。
「このたった一つの(融合)遺伝子が、T細胞治療の改善に役立つと人々が予測していた多くのことを活性化した」とChoi 博士は説明した。マウスを使った実験では、この融合遺伝子を発現するように操作したCAR-T細胞を投与すると、T細胞が生存し機能するために必要な分子の産生が増加した。
そして、これらの改善は、T細胞の特殊な受容体であるキメラ抗原受容体が認識する特定のタンパク質が存在する場合にのみ発生した。つまり、これらの特別に設計されたCAR-T細胞は、腫瘍の内部で必要な時に必要な場所でだけ強化されるのである。
固形がんにおけるT細胞の生存と持続性の改善
研究チームは、中皮腫やメラノーマのような固形がんを含むさまざまながんモデルのマウスで、遺伝子融合を発現するように操作したCAR-T細胞をテストした。その結果、融合遺伝子を持たないCAR- T細胞よりも、腫瘍を縮小させる効果が高く、また腫瘍を長期間抑制できることがわかった。
「持続性、つまり腫瘍微小環境に留まる能力が、[この細胞が]解決した最大の問題であった」とChoi博士は語った。融合していないT細胞は数日以内に死滅するが、融合したT細胞は「腫瘍の周りに必要なだけ長くとどまるようだった」とChoi博士は語った。
Choi博士が指摘した、マウスが化学療法を受けていないにもかかわらずこの治療法は非常に有効であったという点は重要である。なぜなら、現在、「(T細胞治療を受ける)ほとんどの人は、事前に条件付け化学療法と呼ばれる治療を受ける必要がある」とChoi博士は説明した。しかし、この化学療法は副作用を引き起こす可能性があり、その重篤度は多くの場合、患者がT細胞治療を受けるのに長時間待たなければならないほど、あるいはまったく受けられないほどである。
「このような治療法を、専門性がさほど高くない施設で、あるいは外来でも受けられるようにするためには、(条件付け化学療法のような)患者に毒性のある面倒な技術を取り除く必要がある」とRoybal博士は付け加えた。
研究者らはTCRと呼ばれる別のタイプのT細胞ベースの免疫療法にもこの融合体を組み込み、同様の結果を得た。
例えば、メラノーマのマウスモデルでは、融合遺伝子があるTCR T細胞は、融合遺伝子がないTCR T細胞よりもはるかに多く腫瘍内に流入し、腫瘍細胞を効果的に殺傷した。融合遺伝子があるTCR T細胞は、融合遺伝子がないTCR T細胞より20倍から100倍低い投与開始用量でもこの優位性を示した。
T細胞療法を低用量で行えるようになれば、患者にとってもう一つの安全上の利点となるとRoybal博士は説明した。大量に投与される現在のCAR-T細胞療法は、サイトカイン放出症候群と呼ばれる危険な、あるいは致命的にさえなりうる免疫系の過剰反応を引き起こす可能性がある。このようなリスクは、時間をかけて活性を増強する少量投与の方が低くなる可能性が高い、と博士は付け加えた。
研究者たちはまた、治療後400日以上に渡りマウスのT細胞を追跡した。その結果、T細胞数は最初は腫瘍を殺すために急速に増殖したが、その後減少し、がん化する兆候はみられなかった。
人における強化T細胞の研究
研究者たちは、この遺伝子融合によるCAR-T細胞療法をヒト臨床試験に移行させるため、バイオテクノロジーのベンチャー企業を立ち上げた。 Roybal博士の説明によると、これらの研究が開始されるのは2~3年先とのことだ。
最終的には、研究者たちはT細胞を活性化させるさまざまな方法を組み合わせて試してみたがるだろう、とNguyen博士は言う。しかし、これらのアプローチは、まず一つずつテストし、それぞれがどのように作用するかをよりよく理解する必要がある。「段階的なアプローチを取らなければならない」と彼女は言った。
Roybal博士とChoi博士も、彼らの研究で最初に発見された数十の他の有望な変異の探索を続けたいと考えている。
Roybal博士は、「さまざまな種類のがんを治療するためのT細胞療法に使用できる可能性のある多様な変異を発見した」と語った。
「[CARD11-PIK3R3]融合タンパク質は、ある種の固形がんと闘うのに適しているのだろう。そして、われわれが発見した他の変異の一つは、別の種類のがんに対して意義のあるものだろう。これは[この研究の]始まりであって、終わりではないのだ」 彼は話した。
- 監訳 花岡秀樹(遺伝子解析/イルミナ株式会社)
- 翻訳担当者 大澤朋子
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- 原文掲載日 2024/03/24
この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】
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