まれな白血病(APL)の治療にあたる腫瘍医のためのヘルプデスクが患者を救う
ジョージアがんセンターのAnand Jillella医師らが、自分たちの病院に深刻な問題があることに気づいたのは、今から15年近く前のことだ。2005年から2009年にかけて、19人の急性前骨髄球性白血病(APL)患者が同病院で治療を受け、7人が治療開始後1カ月以内に死亡していたのだ。
急性骨髄性白血病(AML)の中でも非常にまれなAPLは治癒可能な疾患であるため、「非常に悔しい思いをした」とJillella医師は語る。
APL患者を対象とした臨床試験において、参加する腫瘍医はこの疾患の専門家であり、その治療の微妙な違いについて非常に経験が豊富である。APL治療における第一の課題は、重篤でしばしば致命的な合併症を引き起こしかねない治療初期段階(導入療法という)を患者に乗り切ってもらうことだ。
最近のAPLの臨床試験では、「患者の95%~98%が治癒し、長期生存している」と、Jillella医師は直近の米国血液学会(ASH)2022年次総会で説明した。最初の1カ月で死亡する患者は5%未満である。
しかし、現実の世界では話は別である。「約20%から30%の患者が導入療法に耐えられない」と、同医師は言う。
現在、Jillella医師と同僚のVamsi Kota医師が主導し、米国国立がん研究所(NCI)の資金による臨床試験で、これらの早期死亡をほぼなくす方法があることが示された。
Jillella医師は米国血液学会で、この試験での早期死亡率はわずか3.5%であったと報告した。患者の大部分は小規模の地域病院で治療を受けており、腫瘍医がAPLに遭遇することがほとんどない環境であった。また、多くの患者は高齢であったり、他の健康問題を抱えていたりして、導入療法中に死亡するリスクを高めていたにもかかわらずだ。
この目覚しい改善はどのようにしてもたらされたのだろうか。その一部は、2ページのシンプルな治療アルゴリズム、つまり導入療法による合併症の認識と治療を含む、APL治療法のチェックリストの効果であった。
もう一つの要因は、Jillella医師、Kota医師、そして全国の大規模がんセンターのAPL専門医らという一握りのスタッフによるAPLヘルプデスクであった。これらの専門家は、APL患者を治療している他の腫瘍医に、電話や電子メールで24時間対応していたのだ。
特に、導入療法を受けた患者に危険な合併症の徴候が出始めたとき、ヘルプデスクは重要な役割を果たした。担当の腫瘍医は、専門家チームのメンバーに連絡を取り、患者の問題を解決し、最適な対処法を決定することができたのだ。
「標準化されたアルゴリズムと専門家のサポートを用いるシステムは、早期死亡を減少させ、全生存期間を延長するために非常に重要である」と、Jillella医師は米国血液学会総会での試験結果発表で述べた。
APL患者は多くの腫瘍医にとって稀な疾患である
急性前骨髄球性白血病(APL)は、米国で毎年約3,000人しか診断されない稀な疾患である。この病気の標準的な治療法は、オールトランス型レチノイン酸と亜ヒ酸の2剤の併用療法である。
この治療法はAPLを根絶するのに非常に有効であるが、異常な副作用が生じるという難点がある。内出血、また咳・発熱から重度の腎臓障害に至るまで、さまざまな合併症があり、これらは総称して分化症候群と呼ばれている。
これらの問題は、軽度なものから致命的なものへと急速に変化する。しかし、このがんは非常に珍しいため、多くの腫瘍医がAPL患者を診ることはほとんどないと、Jillella医師は指摘する。その結果、彼らはこれらのユニークな合併症をどのように認識し、治療するかに精通していないのだ。
短いAPL治療チェックリストから大規模なNCORP試験へ
この臨床試験は悔しい思いから始まった。Jillella医師、Kota医師、および近隣のいくつかの病院の医師らによる分析により、それぞれの医療機関でAPL治療を受けた患者の間で早期死亡が過剰であることが明らかになったことに端を発する。
この問題に対処するため、まずAPLの包括的な治療ガイドラインが作成された。その後、2ページの簡略化されたアルゴリズムが作成された。さらに、APLの治療経験が最も豊富なJillella医師とKota医師だけが、この病気の患者を病院で管理することにした。
この変更が功を奏し、その後、同病院で治療を受けたAPL患者10人のうち早期に死亡した患者はほぼいなくなった。
そのガイドラインとアルゴリズムは、地域の他病院にも共有された。そして、それらの病院に対して、Jillella医師はもう一つ提案をした。「APLの患者がいたら、私たちに連絡してください」。
この取り組みにより、アルゴリズムとヘルプデスクを検証する小規模な地域パイロット試験が行われることとなった。早期死亡率が8.5%であった同試験の成功に基づき、より大規模な試験が計画された。
この全米規模試験は、NCI Community Oncology Research Program(NCORP)を通じて実施された。この試験のヘルプデスクチームには、6つの大規模な学術がんセンターから7人のAPL専門家が参加した。NCORPに加盟している290以上の地域がんセンターの腫瘍医が参加することができた。
「NCORPは、臨床試験ががん研究センターを超え、がん患者の多くが治療を受ける地域社会にまで拡大するべく設立された」と、NCORPのいくつかの試験を監督しているNCIがん予防部門のCecilia Lee氏は述べている。この試験は、NCORPによる研究機関と地域社会のパートナーシップ促進を示す素晴らしい事例である。
1年後に95%の患者が生存
ECOG-ACRIN がん研究グループが主導した本試験には、200人強の患者が登録された。患者の約70%はNCORPの地域がんセンターで治療され、残りは大規模ながん研究センターで治療された。
患者が試験に参加するためには、担当腫瘍医が導入療法開始後72時間以内にAPL専門家チームのメンバーに連絡することが必要であった。
NCORPの参加施設の1つであり、10人の患者を登録したペンシルベニア州ハーシーのガイジンガーがんセンターの腫瘍医Joseph Vadakara医師の説明によれば、初回相談で患者の治療計画を立てた。さらに、重篤な合併症の潜在的な徴候とその最良の管理方法についての相談も行われた。
「このような専門家に相談できることで、APL患者の管理に自信を持つことができる」とVadakara医師は述べている。
カイザー・パーマネンテ北カリフォルニアの腫瘍医で、この試験に参加したLisa Law医師も同感である。
「難しいが治癒可能である、このがんに対する治療法の微妙な違いを熟知し、豊富な経験を持つ専門家にアクセスできたのは、とても心強いことだった」と、Law医師は述べた。
Jillella医師は、専門家の存在が特に重要であったと説明する。なぜなら、多くのがん臨床試験とは異なり、患者は年齢やその他の健康上の問題を理由にこの試験への参加を拒否されることはなかったからである。実際、ほとんどのがん臨床試験で用いられる典型的な基準をあてはめれば、約20%の患者がこの試験には参加できなかっただろうと、Jillella医師は説明する。
「これは非常に健康状態の悪い患者群であった」と言う。
全体として、導入療法を受けている間に死亡したのは7人だけで、すべて分化症候群が原因であったと、ASH総会で報告された。そのうち6人は69歳以上であった。研究センターと地域病院での死亡率に差はなかった。
参加者の約95%が1年後も生存していた。
APL患者の早期死亡は、「非常に私見であるが、ほとんどが予防可能だ」と、Jillella医師は述べた。
この方法は、他のがんに対しても日常診療で行えるのだろうか?
地域のがんセンターの腫瘍医は、希少がんや治療困難ながん患者の最善の管理方法について、大規模な研究センターの専門家に非公式に相談することがよくあると、Vadakara医師は述べる。
今回の試験の結果は、より正式なプロセスが非常に効果的であることを示していると、彼は続けた。しかし、より正式なプロセスを他のがんに対して、あるいは臨床試験以外の日常診療の一環として行えるかどうかは、また別の問題である。
そのためには、「進んで参加する専門家が十分にいることが必要だ」と言う。肺がんや乳がんのような一般的ながんの場合、これらの患者数は膨大であるため、おそらく実現不可能であろう。しかし、APLのような稀ながんの場合は、「間違いなく可能である」とのことである。
ペンシルバニア大学アブラムソンがんセンターのSelina Luger医師(本試験のAPL専門家グループのメンバー)によると、本試験は、構築すべき重要な基礎を提供するものである。
「この治療モデルは、臨床試験に参加したり大学病院まで足を運ぶことができない、他の複雑な病気をもつ患者の治療を強化するための枠組みを提供している」と、Luger医師はニュースリリースで述べている。
Law医師も同意し、例えばAMLの一般的な治療法には、認識と管理が難しい副作用もあると説明した。このような患者を治療する場合、多くの地域の腫瘍医は「同様に専門家の指導を受けることが有益であろう」と同医師は続けた。
- 監訳 佐々木裕哉(血液内科/筑波大学血液内科)
- 翻訳担当者 河合加奈
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- 原文掲載日 2023/02/02
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