ウイルス特異的T細胞による移植後の感染治療
MDアンダーソン OncoLog 2017年3月号(Volume 62 / Issue 3)
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ウイルス特異的T細胞による移植後の感染治療
造血幹細胞移植後に発生するBKウイルス感染症、JCウイルス感染症、サイトメガロウイルス感染症を発症した患者に対して細胞バンクのT細胞が「既製の」治療薬に
同種造血幹細胞移植(HSCT)を受けたあと、致死的とも言える急性ウイルス感染症を発症した患者に対する、T細胞を用いた養子免疫療法という新しい手法が期待を集めている。
テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究者らが、BKウイルス、JCウイルス、サイトメガロウイルスを標的とするT細胞を利用して、HSCT患者の感染治療に成功している。
このT細胞は、幹細胞移植および細胞療法科の教授二人、Katy Rezvani医学博士とElizabeth Shpall医師によって、同組織の製造管理および品質管理に関する基準(GMP)を満たした細胞療法施設で開発されたものである。
Rezvani博士は、「HSCT患者では、生命の危機に繋がりかねない合併症の主な原因となっているのがウイルス感染症です。われわれが示しているのは、健常者ドナーから採取して保存したウイルス特異的T細胞によって、致死的になりかねないウイルス感染の一部をすぐに治療できる、ということです」と述べた。
致死的ともいえる感染
免疫系が健全な人であれば、BKウイルス、JCウイルスまたはサイトメガロウイルスが潜伏している可能性はあるが、感染症状をきたすことはない。一方、免疫系がきわめて弱い人、たとえばHSCT患者のような人では、このようなウイルスが人体に大きな影響をもたらすことがある。この感染により生じる病態によって体が衰弱し、致死的にさえなりかねない。また、従来の感染治療薬ではまだまだ十分とは言えない。BKウイルス感染はBK出血性膀胱炎を引き起こすことがあり、移植がどの程度高リスクであるかにもよるが、全HSCT患者の約20%に生じる。BK出血性膀胱炎は激しい痛みを伴うことがあり、患者には膀胱出血や腎不全が認められることもある。長年の間、その標準治療は鎮痛薬、継続的な膀胱洗浄、水分の過剰摂取および強制利尿など、支持的処置にとどまっていた。
JCウイルス感染は、進行性多巣性白質脳症(PML)という中枢神経系の脱髄化を引き起こすまれな疾患を生じることがあり、この疾患は運動失調や言語能力の低下が急に重度で発生することを特徴とする。PMLの治療は事実上ないに等しく、PMLと診断された患者のほとんどが6カ月以内に死亡する。
サイトメガロウイルス感染は、肝炎、胃腸炎、肺炎および脳炎など多臓器疾患の原因となることがある。サイトメガロウイルス感染症の治療薬は毒性があり高価である。
適時に適切な細胞
免疫不全患者のウイルス感染治療には、これまでにもウイルス特異的T細胞を利用しようとしてきたが、細胞作製のための時間とその複雑さが妨げになっていた。細胞株を患者ごとに作製していたことが緊急事態での使用を不可能にしていた。
「各患者ごとにT細胞を作製しようとすれば、患者は2週間拘束され、苦しまなければなりません」とRezvani博士は話した。このような限界を超えるために、同氏らはウイルス特異的T細胞の細胞バンクを確立させた。
BKウイルス特異的T細胞
BKウイルス特異的T細胞に関しては、施設学内の手順を用いて細胞を作製し、ex vivo (生体外)で増殖させる。健常者ドナーから採取した末梢血単核細胞を、BKウイルスの免疫優性カプシドタンパク質のペプチド5つ(VP1、VP2、VP3、大型T抗原、小型T抗原)を用いて、サイトカイン(インターロイキン-2、 -7および -5)の存在下で10~14日間にわたり培養する。その後、増殖したBKウイルス特異的T細胞を回収して凍結する。
BKウイルスとJCウイルスは相同性が95%であるため、BKウイルス特異的T細胞はBK出血性膀胱炎およびPMLのいずれの治療にも使用可能である。HSCT適格患者にBK出血性膀胱炎またはPMLがある場合、その患者にHLA(ヒト白血球抗原)型の適合性が最も高いドナーのBKウイルス特異的T細胞を投与する。細胞バンクはドナー数を着実に伸ばし、現在、ドナー15人のBKウイルス特異的T細胞が保存されており、最も多いHLA型は網羅されている。
「ウイルスに感染している患者がやってきた瞬間から、24時間以内にT細胞を投与することができます。やることと言えば、最適なドナーを特定して細胞を溶かし、それを血液や血小板の輸血と同じように患者に静脈内投与するだけですから」とRezvani博士は話した。
ウイルス特異的T細胞を投与したら、患者に反応が認められるかどうか観察する。2週間以内に反応が認められなければ、別のドナーのT細胞を投与する。
T細胞療法を受けたBK出血性膀胱炎のHSCT患者の約85%が治療に反応した。Rezvani博士はそれ以外の患者が反応しなかった理由について、患者に移植片対宿主病(GVHD)があり、ステロイド薬を使用していたためだと考えている。ステロイド薬にはリンパ球毒性があり、T細胞は作用する前に殺傷されてしまう。この知見に基づき、同氏らは高用量ステロイドを使用している患者にウイルス特異的T細胞を投与しないことにしている。
Rezvani博士は次のように語っている。「ウイルス特異的T細胞によって、BK出血性膀胱炎の患者20人以上とPMLの患者2人の治療に成功しました。PMLの患者のひとりは32歳の女性で臍帯血移植を受けましたが、このクリニックに来た時にはまともに歩くことも話すこともできませんでした。この患者にT細胞を投与すると驚くほど反応し、今では再び歩くことも話すこともできるようになっています。PMLのために最初に受診してから11カ月経った今では仕事にも復帰し、患者の血液にも脳脊髄液にもウイルスは検出されなくなりました」。PMLがほぼ例外なく致死的であることを考えれば、この治療に対するこの患者の反応は特に期待を抱かせるものでした、と博士は続けた。
BKウイルス特異的T細胞は移植後に使われることが最も多いものの、化学療法後にBK出血性膀胱炎を発症した白血病患者の治療にも使用したことがあると博士は言う。BK出血性膀胱炎を発症するには患者が重度の免疫抑制状態にある必要があるため、BK出血性膀胱炎が移植患者以外にみられることはまれであるとRezvani博士は強調した。
CMV特異的T細胞
BKウイルス特異的T細胞の場合、培養、作製および増幅という過程を10日以上にわたって行わなければならないが、サイトメガロウイルス特異的T細胞は、健康な体では、BKウイルス特異的T細胞よりも数多く存在しており、数時間のうちに生成が可能である。ドナー細胞をウイルスが持つ複数の免疫優性ペプチド(タンパク質の部分構造)で一晩刺激すると、細胞からインターフェロンガンマが分泌される。これをサイトカイン捕捉装置を用いて検出し、分離するというシステムである。このT細胞を直ちに採取して患者に投与すると、細胞は患者の体内で増殖を始め、抗ウイルス反応を仲介する。これまでのCMV特異的T細胞の奏効率は80%以上で、20人の患者に治療効果が見られた。
考えられる限界
ウイルス特異的T細胞による治療自体は安全かつ有効である一方、この治療には限界がないわけではないとRezvani博士は指摘する。
Rezvani博士によると、治療を実施した患者では平均以上の移植片対宿主病(GVHD)の発症率は認められなかったものの、同種移植によるT細胞がGVHDリスクを増大するという理論上の危険性があることには変わりない。同種移植によるT細胞の移植片拒絶は理論的に起こり得るが、治療を実施したいずれの患者にも症状は認められなかった。
さらに、適合するドナーが見つからない場合や、GVHDに対してステロイドを投与していた患者に見られたような、適合した細胞が機能しないというリスクもわずかであるが考えられるとも述べている。
今後の方向性と適応拡大
今後は、このウイルス特異的T細胞をさらに多くの患者に使用できるよう進めていくとし、「現時点で、この治療戦略はT細胞を修飾する技術を有している大規模移植センターに特化して実施されているが、その他の施設でも治療が受けられるようにしたいと考えています」とRezvani博士は述べた。さらに、ウイルス特異的T細胞の効果をより高めるための取り組みも行うとしている。
ウイルス特異的T細胞を用いた治療は、これ以外にも模索されている。神経膠芽腫はサイトメガロウイルス抗原を発現する疾患であるが(「膠芽腫に対する免疫療法」を参照)、この疾患の再発患者に対してサイトメガロウイルス特異的T細胞をテモゾロミドと併用投与した臨床試験はその一つである。初期の臨床試験の結果からは、ウイルス特異的T細胞はウイルスが関与するその他のがん(ヒトパピローマウイルス感染が原因となる頭頸部がんなど)にも使用可能であることを示唆していると、Rezvani博士は言う。さらに、腎臓内科准教授のAla Abudayyeh医師が行っている、腎臓移植患者におけるBKウイルス特異的T細胞を用いた移植片拒絶の予防に関する研究にも本研究は関連しているとRezvani博士は言う。
Rezvani博士によると、汎用性のあるウイルス特異的T細胞は2~3年のうちに商用化されるものの、その価格は高額になると予想される。現在、MDアンダーソンにて使用されているウイルス特異的T細胞の生成にかかる費用は、同機関のムーンショット計画からの助成を受けているため、患者の費用負担はない。いったん感染症を発症すると衰弱し致死的な状態に至るHSCT患者がこの細胞治療による劇的な効果を得られるのはムーンショット計画による助成があるからこそなのですと、博士は言う。
「このような状態に至る患者は何週間も続けて入院が必要でしたが、今ではT細胞による治療で投与1週間以内にほとんどの患者で効果が得られています。治療により、患者の生活の質が大きく改善されています」と述べた。
For more information, call Dr. Katy Rezvani at 713-794-4260.
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