卵巣がん検診の死亡抑制効果を証明できず

「取り組み当初からの目的は、卵巣がん患者さんの命を救うこと、英国国民健康保険(NHS)を導入できそうな検診プログラムの科学的根拠を構築すること、そして、毎年多くの女性が卵巣がんに罹患していますが、これらの患者さんの人生に影響を及ぼすことでした」。

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの婦人科医であるUsha Menon教授は、90年代半ばから卵巣がん診断の改善に取り組んでいる。特に、治療が成功する可能性の高い早期での卵巣がんの発見に取り組んできた。

早期診断の利点は明らかである。5年以上生存している人は、末期卵巣がんと診断された女性100人中わずか3人であったのに対し、早期卵巣がんと診断された女性では100人中約90人であった。

しかし、違いを生み出すほど十分早期に卵巣がんを発見することは困難である。卵巣がんの症状は漠然としており、より一般的にみられる重篤性が低い他の疾患の症状と同様であることが多い。

必要とされる転換を図るため、Menon教授らは検診に着目した。

1999年、Menon教授はIan Jacobs教授のチームに参加し、UKCTOCS(UK Collaborative Trial of Ovarian Cancer Screening:英国卵巣がん検診共同試験)を共同で設計した。

20年後に結果が明らかになった。

卵巣がん検診を検証する

80年代から90年代にかけて、卵巣がんの早期発見が可能な検査法が模索されていた。

有望と考えられる方法は2つあった。1つは超音波検査であり、もう1つは、CA125と呼ばれるタンパク質の血中濃度の変化を調べる検査である。Jacobs教授とMenon教授はこの2つの検査を選定し、大規模ランダム化対照試験を実施した。

他の機関と共に、キャンサーリサーチUKもUKCTOCSに出資した。UKCTOCSの目的は、各検査で卵巣がんから命を救うことができるかどうかを証明することである。

英国の50歳から74歳までの女性20万2,000人がUKCTOCSに参加した。
・参加女性の半数を対照群とし、検診は実施しなかった。
・第2の群は、年に一度の超音波検査を行い、がんの徴候となり得る卵巣の異常を調べた。
・第3の群は、年に一度の血液検査でCA125の値を測定した。

卵巣がんの女性にはCA125値の上昇が頻繁にみられる。しかし、CA125値は個人間で異なるため、研究チームはより洗練された手法を開発し、各女性のCA125値が時間の経過とともにどのように変化するかを測定した。研究チームはこの手法を「卵巣がんリスクアルゴリズム」(Risk of Ovarian Cancer Algorithm:ROCA)と名付けた。

血液検査の後、ROCAにより、その後の状況に影響を与えるリスク関連スコアが生成された。
・ROCAのスコアが「正常」だった女性は、引き続き年に一度の検診を実施した。
・「中リスク」の女性は、3カ月後に再び血液検査を受けた。
・「高リスク」の女性は、6週間以内に再び血液検査と超音波検査を受けた。

ROCA検査は現在、プライベート医療機関でも受検可能である。UKCTOCSを実施しているいくつかの機関は、キャンサーリサーチUK(技術移転会社であるCancer Research Technologyを介する)も含め、その販売の収益の一部を受け取っている。

UKCTOCSでは2001年から2005年に希望者を募集し、検診を毎年実施して2011年まで継続した。その後、根気強く結果を待ち続けた。

卵巣がんによる死亡に検診が影響を与えるかどうかを判断するには長い時間がかかるため、影響の有無を確認するために研究者らは参加者を2020年まで追跡調査する必要があった。

UKCTOCSの結果

超音波検査による検診では、卵巣がんの早期発見や死亡の抑制には至らなかった。

しかし、血液検査群からは、より興味深いデータが得られた。

「われわれの試験結果によれば、血液検査を使用した手法では、検診を実施しなかった対照群よりも早期に卵巣がんの女性を特定することができましたが、いずれの検診群でも死亡を抑制することはできませんでした」。

血液検査群における早期(ステージ1または2)の卵巣がんの発生率は検診を実施しなかった群よりも39%高く、有望な指標といえる。しかし、これだけでは検診の有益性を示すには十分でなく、様々な有益性と有害性のバランスを考慮する必要がある。

検診の最も重要な目標は、疾患による死亡の減少である。残念ながら、この目標は達成できなかった。

Menon教授らにとって、この結果は非常に残念なものであった。Menon教授は、有望な兆候があったにもかかわらずCA125血液検査で最終的に死亡を抑制できなかった理由はいくつかあると考えている。「十分な数の女性を早期に検査して、がんを十分早期に発見することができませんでした」。

また、卵巣がんを早期発見できても、患者が標準治療に期待どおりに反応しなかったようにみえることにも注目した。現在、研究チームはこのデータをさらに詳しく調査している。

「現在必要なのは、試験参加者がどのような治療を受けたのかを入念に分析することです。UKCTOCSから提供できる知見は多いと思います」。

受け継がれる遺産

試験に参加した女性全員が、二次研究に使用できるようにデータと血液サンプルを提供した。血液検査を毎年受検した5万人の女性群について非常に豊富な資料が作成された。「われわれは7年から11年以上にわたり収集した非常に貴重な年間サンプル群を持っています」とMenon教授は語る。

研究チームは「データや血液サンプルを世界中の研究者と共に使用して共有できることを心待ちにしています。そうすることにより、われわれはくまなく研究を行って、可能な限りの知見を得ることができます」。

試験中に卵巣がんと診断された女性について、診断に至るまでの数年間の状況を血液検査から知ることができる。

この血液サンプルは、新たに現れている有望な検査の評価にすでに使用されているとMenon教授は語る。「われわれは、このデータバンクと以前の血液サンプルを使用して新検査がCA125やROCAよりも優れているかどうかを確認することができます」。このデータは今後の臨床試験を導くうえで非常に貴重である。

また、このデータにより、Menon教授がさらに取り組みたいと考えている卵巣がん発症過程の研究のまたとない機会が得られる。「われわれは、自然史モデリング(訳注:自然経過のモデル化)を行う人たちがこのデータを使って卵巣がんについてより深く理解しようとすることを期待しています」。

この知見は、新しい手法の土台となる可能性がある。Menon教授が指摘するように「病気をさらに理解することが、早期発見のためにわれわれが行うすべての試みの基礎になっている」からである。

そして、それは卵巣がんだけに留まらない。

卵巣がんを超えて

「参加した女性の中には、乳がんや大腸がんなど他のがんや他の疾患と診断された人もいました。参加した女性のご厚意により、データや血液サンプルを研究者が共有できるため、UKCTOCSの血液サンプルを使用して他のがんの早期発見に取り組んでいるグループもたくさんあります」。

これらの血液サンプルはUKCTOCSの遺産の主要な部分であり、今後の研究を導く一助となる。「これはより広い世界で共有できる非常に優れた資源です。参加者に心より感謝しています」。

UKCTOCSのもう1つの遺産は、大規模な検診プログラムで救われた命に注目することがいかに重要であるかを再確認することであるとMenon教授は語る。

「早期発見やステージ1または2で診断される患者の割合のみに重点を置いていたとしたら、間違った答えが導かれていたかもしれません。そのため、長期にわたり一人残らず追跡しました。早期発見により死亡が抑制されるかどうかを確認する必要がありました。しかし、死亡の抑制にはなっていませんでした」。

今後の展開

UKCTOCSには、Menon教授が卵巣がんコミュニティと呼ぶコミュニティ内の人々が多く参加したが、そのコミュニティだけに注目したわけではなかった。

「進行期での診断や緊急外来で診断される患者数を減らすための、症状のある女性に重点を置いた取り組みが多くあります」。

また、この10年で卵巣がんの治療法は大きく改善した。

卵巣がんの発見

卵巣がんの症状は非常に曖昧で、あまり重篤ではない疾患による症状と類似しており、卵巣がんを見極めるには注意が必要である。いつもとは違う変化またはいつまでも続く変化に気が付いた際には医師に相談すべきである。

それが頻尿、痛み、膨満感などであっても、かかりつけ医に相談すべきである。ほとんどの場合にはがんではないが、検査を受けるのが最善である。

高リスクの女性のために、より優れたリスク管理戦略も研究されている。

「UKCTOCSでは一般集団を対象に卵巣がん検診を検討しましたが、遺伝子変異が原因で卵巣がんのリスクが高い少人数の集団があります」。そのような女性については、頻繁に検診を実施することに加え、リスクを低減する外科手術の改良が研究されている。

これはMenon教授とUKCTOCSチームにとって長い道のりであり、まだ終着していない。この20年間を振り返ると、参加した女性たちとUKCTOCSを支援してくれたすべての人たちに恩義があるとMenon教授は語る。

「20年に及ぶ大規模試験であるこの取り組みを誇りに感じてもよいと思います。皆が一体となり、この取り組みを支援してくれました。これは、英国国民健康保険(NHS)において達成し得る研究の力の証しです」。

翻訳担当者 松長愛美

監修 朝井鈴佳(獣医学・免疫学)

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