OncoLog 2015年5月号◆進行性卵巣がん治療アルゴリズムによる完全摘出率の向上
MDアンダーソン OncoLog 2015年5月号(Volume 60 / Number 5)
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進行性卵巣がん治療アルゴリズムによる完全摘出率の向上
卵巣がんの多くは、診断時に卵巣外まで転移しており、たとえ一次治療が奏効しても再発することが多い。テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究者らは、新たに診断された進行性卵巣がんに対する標準的なアプローチを改めることにより、患者の予後向上を目指している。
「進行性卵巣がんの先行的治療を改善する余地がいくらかあります。もし患者にはじめに外科手術が必要か、または化学療法が必要かを特定することができれば、これはわれわれの日常臨床を変えることになります。われわれはまた、先行的治療において、患者に関心のもたれている新薬を同定することを手助けしてくれるような臨床試験を行っています」と婦人科腫瘍・生殖医療科の助教であるShannon Westin医師は述べた。
肉眼的完全摘出の必要性
腹腔外転移の認められない、新規に診断された進行性卵巣がん患者には、多くの場合、化学療法と原発性・転移性腫瘍の縮小または完全摘出のための外科手術との併用療法が行われるが、化学療法と外科手術のどちらを最初に行うかついてはいまだ議論のあるところである。近年の臨床試験で進行卵巣がん患者のうち化学療法先行実施群と手術先行実施群では生存期間は同様であったことが示唆されたが、その結果を広く適用することは疑問視されている。さらに、一部の卵巣がん専門医は初期治療の選択が生存率を左右する可能性があると主張している。「手術により利益がもたらされると見込まれる患者のサブグループを選定することは、診断上いまだ困難です」と婦人科腫瘍・生殖医療科の助教であるAlpa Nick医師は述べた。
Nick医師は、腫瘍縮小手術により卵巣がんの肉眼的完全摘出が達成された患者は、術後肉眼的に明らかな病変を伴う卵巣がん患者よりも長く生存したことが複数の研究で示されている、と説明した。すなわち、完全摘出率を上げることにより生存率の増加が期待されるのである。
先行的手術により肉眼的完全摘出を達成できる見込みを治療開始前に予測できれば、全体の治療戦略を個別化できる可能性がある。手術の先行実施により肉眼で確認できるすべてのがんを根絶できる可能性のある患者は最初に外科手術を受け、肉眼的完全摘出が達成できない患者にはまず化学療法を行い、のちの完全摘出の見込みを増加させることができるだろう。
卵巣がんの肉眼的完全摘出の可否を手術前に予測することは困難である。CTでの肝転移や肺転移の有無など、画像診断では切除不能な病変を確実に発見することができるが、卵巣がんの完全摘出が可能かどうかを正確に予測することはできない。現在のところ、進行性卵巣がんを切除できるかを評価するための最も正確な方法は腹腔鏡検査である。したがって、MDアンダーソンの研究者らは、進行性卵巣がん患者に対する最善の治療を判定するため、腹腔鏡検査による所見を用いた新しいアルゴリズムを実施している。
治療アルゴリズム
乳がんおよび卵巣がんに対する新たな治療法の発見と実施を加速化するためのMDアンダーソンの計画の一環として、臨床医は進行性卵巣がん患者に対する腫瘍縮小手術での肉眼的完全摘出達成率を向上させることに焦点を当てている。2013年4月、MDアンダーソン婦人科腫瘍クリニックは品質向上計画を実行し、その中で臨床的評価やCTに基づき進行性卵巣がんを有すると考えられる全患者に対し、腫瘍縮小手術を試行する前に腹腔鏡検査を実施することに全外科医が合意した。
腹腔鏡検査中、病変分布指標を用い、2名の外科医が各自独立して腹腔内の転移がんの範囲をスコア化する。 イタリアのSacred Heart カトリック大学のAnna Fagotti医師らにより作成された指標では、7つのパラメータ(切除不能な腹膜がん症、広範囲な横隔膜病変、浸潤性腸間膜病変、潜在的な腸切除の必要性、肝臓表面の合併症、胃壁の明らかな腫瘍性合併症、大腸上方の大網病変)のそれぞれに0(無)または2(有)のスコアを割り当てる。アンダーソンのアルゴリズムに準拠すれば、合計スコアが8未満であればその病変は切除可能、8以上だと現時点では切除可能ではないことを示す。
腹腔鏡検査中に両外科医ともがんを切除可能とスコア化した場合、患者は手術の後に化学療法を受ける。両外科医ともがんを切除不能とスコア化した場合、患者は3サイクルの術前化学療法を受けた後に手術を受ける。両外科医の意見が異なる場合、3人目の外科医に助言を求める。
このアルゴリズムは、いくつかの重要な点で以前の治療法と異なる。これまでも腫瘍が切除可能かどうかの判定に腹腔鏡検査が用いられていたが、米国内の現行標準治療では腫瘍縮小手術前に腹腔鏡検査は使用せず、臨床的評価に基づき手術と化学療法のどちらを最初に実施するかが決定されていた。腹腔鏡検査中の病変範囲の評価に2名の外科医を起用することは、先行実施手術により極度に広範囲な侵襲を防ぎ、手術成功率の最大化に有用である。最後に、肉眼的完全摘出が生存率を有意に延長するというエビデンスを踏まえ、肉眼的完全摘出をエンドポイントとすることは、1cmまたは2cm以上の結節を全て切除するという以前の至適腫瘍縮小手術の定義と対比する。
これまでのところ、予測どおり、新しいアルゴリズムにより進行性卵巣がん治療患者の肉眼的完全摘出率は向上している。化学療法前に手術を受けた患者では、完全摘出率が2013年4月以前は20%だったが、アルゴリズム実施後は約90%まで劇的に上がった。同様に、手術前に化学療法で治療を受けた患者でも完全摘出率は60%から約80%まで上昇した。これらの患者の生存率も延長したかどうかを述べるには早急だが、完全摘出率が高ければ生存期間は向上すると期待される。
さらに、新しいアルゴリズムは卵巣がん治療の質の尺度である化学療法までの期間に影響を及ぼさない。Nick医師は「時期を逃さず術後の治療を始められるよう、患者の転帰を詳しく追跡します。今までのところ、化学療法の開始に遅れは見られません。実際、化学療法での治療期間は化学療法先行治療患者では実質的に短縮しています」と述べた。
アンダーソン・アルゴリズムを用いた臨床試験
MDアンダーソンの研究者らは、進行卵巣がん患者に対し新たに全身治療を行う際にもアンダーソン・アルゴリズムを取り入れている。Westin医師は、“window of opportunity”(治療の好機)と名付けられた新しい試験デザインを用いた一連の臨床試験を主導している。“window of opportunity”とは、化学療法施行前に手術を予定している患者において、腹腔鏡検査から腫瘍縮小手術までの時間を指す。「腹腔鏡検査から手術までの時間に、追加治療を行います」とWestin医師は語る。「パクリタキセルとカルボプラチン併用による標準的な卵巣がんの化学療法は完全奏効に至ることが多いですが、その後にがんが再発することもあります。ですから、早期に最大限の奏効を得ることに加え、がんの再発防止のために最初に異なる薬剤を追加投与するのです」。
window-of-opportunity試験においては、腹腔鏡検査で、手術先行治療で完全切除可能とされた進行卵巣がんが発見された患者に対し、術前に7~10日の新薬を用いた治療を行う。この試験では患者に対し、まず短期コースのポリ(ADPリボース)ポリメラーゼ(PARP)阻害薬BMN 673を術前投与する。次いで研究者らは、腹腔鏡検査時に採取した腫瘍組織を、短期治療施行直後の腫瘍縮小術施行時に採取した腫瘍組織と比較する。「治療歴のない腫瘍組織に対して薬剤が及ぼす効果が分かるという点で、これらの試験は非常に情報量が豊かです。ある特性を持つ患者群に奏効をもたらすであろう薬剤を発見できれば、その患者群並びに同じ特性を持つその後の患者群に対し、それらの新薬を標準的な化学療法とともに術後に投与することで、これまで以上によいアウトカムを得られる可能性があります」と、Westin医師は述べる。
別の試験では、進行卵巣がんに対し術前化学療法を行う予定の患者に、細胞傷害性の化学療法薬と併用して実験的薬剤の投与を行う予定である。そのうち、Nick医師が行う試験では患者に対し、術前化学療法と併用して免疫チェックポイント阻害薬MK-3475投与を行う予定である。この併用療法の腫瘍組織に対する有効性を評価するため、治療開始前の腹腔鏡検査時に組織を採取し、腫瘍縮小手術時に採取した組織と比較する予定である。
研究者が関心を寄せる別の分野に維持療法がある。「進行卵巣がんは再発しやすい。これらの患者が一次治療後に服用し、がんの再発を予防できる薬剤があれば、それは大変大きなベネフィットになり得ます」とWestin医師は語る。「維持療法に使用できる可能性のあるPARP阻害薬や血管新生阻害薬のような、ある種の標的薬を考えています。この分野で行う私どもの試験において、維持療法としてどの患者にどの薬剤を投与するか、その薬剤をどの用量で投与するかを検討しています」。
長期目標
婦人科腫瘍学・生殖医学科の臨床医は、アンダーソン・アルゴリズムが進行卵巣がん治療アプローチを変えることができると考えている。Nick医師と婦人科腫瘍学・生殖医学科の教授であるAnil Sood医師はこのアルゴリズムをMDアンダーソン・ネットワークおよび、米国内の別の第三次医療センター、またMDアンダーソンの世界中のグローバル・アカデミック・プログラム姉妹機関ネットワークに紹介した。これらの別のグループは、アルゴリズムを診療に取り入れることに高い興味を示しているとNick医師は語る。
MDアンダーソンの研究者らは卵巣がんの治療中の分子プロフィールと遺伝子プロフィールに関して知識を得られることに期待している。新しい全身治療薬を用いて行う術前補助療法施行後ならびにwindow-of-opportunity(治療機会)治療後における組織変化について知ることは、どの腫瘍がどの薬剤に対して最も反応するかを明らかにするのに役立つであろう。さらに原発巣と腹腔内転移巣の間にみられる分子的な変化を知ることよって、卵巣がん生物学や卵巣がんの進化が明らかになると期待される。
For more information, contact Dr. Alpa Nick at 713-563-6658 or Dr. Shannon Westin at 713-794-4314.
進行中の卵巣がん臨床試験に関する情報はwww.clinicaltrials.org をご参照ください。
【上段画像キャプション訳】
MDアンダーソンでは腹部外への転移徴候のない卵巣がん患者の切除可能性を評価するため、腹腔鏡検査を行う。骨盤腹膜近位(左)と子宮(右)に病変。
写真提供:Alpa Nick医師
【中段図表キャプション訳】
上記アルゴリズムは、MDアンダーソンでの進行卵巣がん患者の治療コース決定に用いられる。腫瘍縮小手術が考慮される患者には、まず診断腹腔鏡検査を行い、検査中に2人の外科医がそれぞれpredictive index value (PIV)を用いて病変の切除可能性を判断する。このようにして、先行治療として腫瘍縮小手術と術前化学療法のどちらを行えば患者がよりベネフィットを得られるか、意見の一致を得る。
Macmillan Publishers Ltdの許諾を得て改変:Nick AM, et al. Nat Rev Clin Oncol. 2015;12:239–245.
高悪性度卵巣がんの遺伝子検査
高悪性度漿液性卵巣がん患者の20%近く(家族歴の有無を問わず)にがん原性変異がみられるため、National Comprehensive Cancer Network(NCCN)ガイドラインでは、すべての高悪性度漿液性卵巣がん患者に対しBRCA1とBRCA2に変異があるかを調べる遺伝子検査の実施を推奨している。
そのため、乳がんと卵巣がんを対象としたMDアンダーソンの“ムーンショット”プログラムは、高悪性度卵巣がん患者に包括的な検査を提供することと、家族内でリスクの高いメンバーを特定することを目的としている。生殖細胞系BRCA遺伝子変異陽性の患者は、ほかの患者よりもPARP阻害薬に反応することが多いため、Westin医師はBRCA変異陽性の卵巣がん患者に対しPARP阻害薬投与を実施する複数の臨床試験を主導する予定である。
MDアンダーソンのムーンショットプログラムの詳細についてはwww.cancermoonshots.org.を参照のこと。
—Sarah Bronson
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原文掲載日
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