2012/01/24号◆癌研究ハイライト「BRCA遺伝子変異を有する卵巣癌患者は、変異がない患者より予後が良好」「治験薬が治療歴のある転移性大腸癌患者の生存を改善」「エストロゲン代謝の違いが乳癌リスクに影響を及ぼす」「エピジェネティック研究で網膜芽腫の治療法が示唆される」

同号原文
NCI Cancer Bulletin2012年1月24日号(Volume 9 / Number 2)
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◇◆◇ 癌研究ハイライト ◇◆◇

  • BRCA遺伝子変異を有する卵巣癌患者は、変異がない患者より予後が良好
  • 治験薬が治療歴のある転移性大腸癌患者の生存を改善
  • エストロゲン代謝の違いが乳癌リスクに影響を及ぼす
  • エピジェネティック研究で網膜芽腫の治療法が示唆される

BRCA遺伝子変異を有する卵巣癌患者は、変異がない患者より予後が良好

BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子が変異をしている卵巣癌患者は、そのような遺伝子変異が生じていない患者に比べて生存率が良いということが、大規模多施設試験によって示されている。この研究は、BRCA1遺伝子に変異がある患者より、BRCA2遺伝子に変異がある患者の方が卵巣癌の予後が良いことを示した最初の強力な証拠でもある。この結果は1月24日付JAMA誌電子版に掲載された。

BRCA1とBRCA2遺伝子の遺伝性変異は、乳癌および上皮性卵巣癌、特に卵巣癌で一般的であり、遺伝性リスク要因の中で最強のものである。上皮性卵巣癌患者では、6~15%の患者にこれらの変異が認められる。研究結果に一貫性がなかったため、BRCA遺伝子変異がある患者の変異のない患者と比べた相対的予後は、これまで不明のままであった。

「そもそもBRCA遺伝子の変異は珍しく、かつ卵巣癌が比較的稀な癌でもあるため、この問題に対する確固たる証拠をもたらすのに十分な大規模研究をデザインすることは難しい」と、筆頭著者でNCI癌疫学・遺伝学部門のトランスレーショナルゲノミクス研究室に所属しているカリフォルニア大学ロサンゼルス校の医学生であるDr. Kelly Bolton氏は説明した。

Bolton氏らは、卵巣癌の生存者に関して、26件の世界中の臨床研究データをまとめた。これには、BRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子の遺伝性変異がある患者1,213人と遺伝子変異がない患者2,666人が含まれていた。1987~2010年に、これらの患者をさまざまな期間で追跡調査をした。

研究チームの解析によると、卵巣癌の5年全生存率は、変異なし群は36%、BRCA1遺伝子変異群は44%、BRCA2遺伝子変異群は52%であった。病期と診断時の腫瘍の悪性度、その他予後に影響を及ぼすと思われる要因で調整後、BRCA2遺伝子変異群は変異なし群と比べて5年生存率が2倍であり、一方、BRCA1遺伝子変異群の5年生存率は変異なし群と比べて1.37倍であることが明らかとなった。

「この結果は、BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異がある人の腫瘍は生物学的に異なっているとの更なる裏付けをもたらし、これらは別々に治療すべきである」とBolton氏は述べ、「臨床試験のデザイン、特にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異を持つ患者を治療対象とするPARP阻害剤のような薬剤の試験をするならば、これは非常に重要なことである」と続けた。

この知見は、ゆくゆくは臨床医が卵巣癌患者に対して考えられる予後を告知する時に使用できるかもしれないが、更なる研究が必要であると、Bolton氏は付け加えた。

治験薬が治療歴のある転移性大腸癌患者の生存を改善

研究段階の薬剤regorafenib(レゴラフェニブ)が、数種の治療法を受けた後に増悪した転移性大腸癌患者の生存期間を改善したという臨床試験結果が、先週開催された2012年米国臨床腫瘍学会の消化器癌シンポジウムで発表された。

事前に計画されていた中間解析において全生存期間の中央値が1.4カ月延長したという結果を受け、本試験のデータ安全性モニタリング委員会は臨床試験を中止したと、試験責任医師で、ミネアポリスにあるメイヨークリニックがんセンターのDr. Axel Grothey氏は述べた。

CORRECTと呼ばれるこの試験には760人の患者が参加し、レゴラフェニブと最善の支持療法(疾患の治療はしないが、症状に対処する療法)の併用群と、プラセボと支持療法の併用群とに無作為に割り付けられた。レゴラフェニブは錠剤で、キナーゼとして知られるいくつかの特定の酵素を標的とする。キナーゼは細胞の増殖や分裂といった腫瘍細胞のキーとなる働きを調節する。

レゴラフェニブの投与を受けた患者の全生存期間の中央値は6.4カ月で、プラセボを受けた患者では5カ月であった。試験の無作為化段階が中止された後、プラセボ投与を受けた患者群では、治療法を切り替えてレゴラフェニブ投与を受ける選択が可能となった。

およそ3分の2の患者は、この試験までに少なくとも4種類の治療法を受けていた。レゴラフェニブの一般的な有害事象には手足皮膚反応、倦怠感、下痢、高血圧などがあったが、薬物治療を行うことやレゴラフェニブの投与量を減らすことで管理は可能であったとGrothey氏は説明した。

レゴラフェニブ投与を受けた患者のうち有意な腫瘍縮小があったのは2%以下であった。しかし、腫瘍増殖や症状の悪化が観察されなかったのは、プラセボ投与群の15%に対し、レゴラフェニブ投与群では44%であった。

Grothey氏は次のように述べた。細胞毒性(癌細胞を殺す)を有する多くの化学療法薬や分子標的薬と異なり、レゴラフェニブは主に細胞増殖抑制作用を有すると考えられる。つまり細胞増殖を停止させる薬剤である。

主に細胞増殖抑制作用を有する他の薬剤も複数開発中である。治療有効性を評価する従来の方法、つまり腫瘍縮小といった効果判定基準は見直されるべきだと同氏は述べた。でなければ、腫瘍の増殖や進行を抑制するのに有用かもしれない「細胞増殖抑制作用をもつ薬剤を逸してしまう可能性がある」。
昨年、FDA(米国食品医薬品局)は、承認済み治療薬による複数の治療法を受けたにもかかわらず病勢進行した転移性大腸癌患者に対する薬剤としてレゴラフェニブ(製造元バイエル社)を「迅速承認」指定した。迅速承認のプロセスは、満たされないニーズがある疾患の治療法を、当局が迅速に処理をするように指定するものである。

エストロゲン代謝の違いが乳癌リスクに影響を及ぼす

1月9日付Journal of the National Cancer Institute誌電子版に掲載されたNCIの癌疫学・遺伝学部門の新たなデータによると、女性の身体作用や代謝に関わるホルモンであるエストロゲンは、閉経後乳癌のリスクに影響を及ぼすかもしれない。

閉経後女性では、エストロゲン濃度が高くなることが乳癌リスク増加に繋がることが知られている。しかし実験室レベルでは、エストロゲンの代謝も乳癌リスクの上で重要である可能性が示されている。エストロゲン代謝物の役割については、2つの主要な仮説が有力である。1つ目は、特定の代謝物が、腫瘍の成長と増殖を刺激するというものであり、2つ目は、特定の代謝物が、突然変異原として作用し、正常細胞を癌細胞に変え得るDNA損傷を引き起こす。本研究は、エストロゲンの代謝が重要であり、2つの仮説が信頼に足るものであることを確認するものである。

「疫学調査にて、血液中の関連代謝物を初めて同定したものであるため、これらの結果に対し非常に興奮し、大いなる関心を持っている」と、NCI癌疫学・遺伝学部門の博士研究員であり本試験の筆頭著者であるDr. Barbara Fuhrman氏は述べた。Fuhrman氏らは、閉経後女性の非常に濃度が低い状態でもエストロゲンそのものやその代謝物15種類を正確に測定する新しい液体クロマトグラフフィー質量分析を使用した。

彼らは、前立腺、肺、大腸及び卵巣(Prostate, Lung, Colorectal and Ovarian:PLCO)癌スクリーニング試験に参加した女性から採取した血液検体の分析を行い、後に乳癌を発症した閉経後女性の血液277検体と乳癌を発症しなかった閉経後女性の血液423検体を比較した。血液採取時にホルモン補充療法を行っていた女性はいなかった。

予想していたエストラジオールとの強い関係を除けば、個々のホルモンや代謝物濃度と癌リスクとの明らかな関係は判明しなかった。エストロゲンの3つの主要代謝経路と各物質との関係を考慮すると、互いの経路と代謝に利用できるエストロゲン総量とを比べた場合に一番明確なパターンが出現した。血中エストラジオールとは独立した因子として、2つの代謝パターンが乳癌リスクに統計学的に有意に影響すると思われた。1つのパターンは乳癌リスクを増加させ、もう1つは乳がんリスクを減少させた。これらのパターンの測定をこれまでに確立された乳癌リスク予測モデルに含めると、かなりの数の女性の計算上のリスクが大幅に変わった。

「これらの結果は研究的に大変興味があるところであるが、再現性が必要であり、今すぐ臨床に影響を及ぼすものではない」と、本試験の上級著者であり同じく癌疫学・遺伝学部門のDr. Regina Ziegler氏は述べた。「乳癌の原因においてエストロゲンが果たす複雑な役割はようやく解明され始めたばかりである。エストロゲン代謝の役割に関する知識を深めることで、化学的予防や治療法の新たな戦略を発見し、より精度の高い個々の乳癌リスクを予測できるようになるかもしれない」。

エピジェネティック研究で網膜芽腫の治療法が示唆される

小児癌である網膜芽腫の原因となる遺伝的変化およびエピジェネティックな変化(遺伝子配列以外の変化)についての新しいモデルに基づき、研究者らはこの稀な疾患を治療できる可能性のある戦略を特定した。Nature誌1月11日付電子版で発表されたこのモデルでは、脾臓チロシンキナーゼ(SYK)と呼ばれるタンパク質を阻害することで、この眼の癌の患者に利益をもたらす可能性が示唆された。

SYKを阻害する複数の薬剤が、血液癌や他の疾患の治療を目的として開発中である。細胞培養や動物モデルにおいて、このうち2つの薬剤が網膜芽腫の細胞を死滅させるということを小児癌ゲノムプロジェクトの研究者らが発見した。

RB1と呼ばれる遺伝子は、殆どの網膜芽腫で2つあるコピーの両方が不活化されているが、疾患の急速な悪化には分子レベルの他の変化が必要である。さらなるDNA変化を特定するため、研究者らは患者4人の癌および正常組織のゲノム配列を決定した。

配列決定では疑わしい変異や構造変化は確認できなかった。しかし、本試験の上級著者である聖ジュード小児研究病院のDr. Michael Dyer氏は「大変な驚き」と述べ、「腫瘍がどうやってあのように急速に成長できるのかが疑問だった」と続けた。

一部を以前の研究に基づいてさらに解析を進める中で、著者らはDNAのメチル化やヒストン修飾といったエピジェネティックな変化に焦点を当てた。これらの変化は、DNA配列に変化を起こすことなく遺伝子活性を変化させる可能性があった。正常細胞と癌細胞のエピジェネティックなプロファイルを比較すると、疾患についての新たな手がかりが現われた。

SYK遺伝子を含む網膜芽腫細胞中の複数の癌関連遺伝子が、エピジェネティックなメカニズムによって調節されていることがわかったのである。SYKが眼で果している機能はわかっていないが、網膜芽腫の生存にとって重要なMCL1と呼ばれるタンパク質を増やしている可能性がある。SYKを阻害することで、MCL1の量を減少させ、網膜芽腫細胞の死を引き起こすことが出来るかもしれないと、著者らは述べた。

次のステップとして研究者らは、最も関連性の高いSYK阻害剤であるR406と呼ばれる薬剤を眼に使用するための開発に取り掛かっている。新しい薬剤は眼の癌のための薬を増やす一つの方法をもたらすだろうとDyer氏は述べた。しかし現在開発中の薬剤について、研究者らは臨床試験を計画する前に毒性の可能性について評価する必要があると同氏は付け加えた。

その他のジャーナル記事:乳癌手術前に2種類の抗HER2剤による治療は1種類の治療より効果があるかもしれないラパチニブ(タイケルブ)とトラスツズマブ(ハーセプチン)を投与したHER2陽性乳癌患者は、どちらか1剤のみを投与した患者と比べて効果があったことがNeoALLTO試験で明らかになった。この結果は、1月16日付The Lancet誌電子版に掲載された。第3相試験では、455人の患者をトラスツズマブ、ラパチニブ、あるいは両剤併用投与を術前18週間受ける群にランダムに割り付けた。6週間後、抗HER2治療にパクリタキセルによる抗癌剤治療を加えた。二重HER2阻害治療は、ラパチニブまたはトラスツズマブ単剤治療で得られるより有意に高い抗腫瘍効果が得られたことが判明した。2種類の抗HER2剤を投与した患者のおよそ50%は、手術時に乳房あるいは所属リンパ節の残留腫瘍が消失していたが、ラパチニブあるいはトラスツズマブ単剤を投与した患者では30%未満であった。

これらの結果は、術前補充療法として抗HER2抗体であるトラスツズマブとパーツズマブの2剤による二重HER2阻害を検討する第2相試験と一致する。両試験は、「腫瘍が薬剤に対する耐性を獲得する前であると同時に最高の治療効果を得られるチャンスがある」乳癌の早期治療に対する新たな標的薬の研究支援をもたすものであると、本試験の著者らは指摘した。

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野川恵子、岡田章代 訳
勝俣範之(腫瘍内科、乳癌・婦人科癌/日本医大武蔵小杉病院)、小宮武文 (呼吸器内科/NCI Medical Oncology Branch) 監修 
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