低リスク前立腺がんの監視療法は引き続き増加
10年ほど前までは、死亡に至る危険性の低い低リスク前立腺がんと診断された男性の大半が直ちに手術や放射線による治療を受けていた。どちらも低リスク前立腺がんに対する治癒的療法とみなされているが、排尿障害や勃起不全など、深刻で生涯続く副作用を伴うこともある。
しかし、最近の研究で、即時治療を受けない選択をする男性が増えていることを示した先行研究の結果が裏付けられた。即時治療を受ける代わりに、主治医と相談しながら監視療法と呼ばれるプロセスでがんを注意深く観察し、進行の徴候がみられるまでは治療を控えるのである。
全体として、この研究は全米240の泌尿器診療科からのデータに基づいており、低リスク前立腺がんと診断された米国人男性の約60%が現在、監視療法を受けていることがわかった。監視療法の実施率は、本研究の対象期間である2014年から2021年の間で実に2倍以上に上昇した。
この結果は心強く、監視療法の実施が「正しい方向に向かっている」ことを示していると、本研究の主任研究者であるMatt Cooperberg医師(カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF))は言う。同医師は、この研究結果を5月15日に米国泌尿器科学会(AUA)2022年総会で報告した。「しかし、監視療法の実施率はしかるべき数値にはまだ達していません」。
Cooperberg医師によれば、特に懸念されるのは、一部の泌尿器診療科によっては、低リスク前立腺がん患者で監視療法を受けている人はごく一部に限られているところもあるという結果である。監視療法を行なっている低リスク患者が一人もいない泌尿器科医がいる診療科もあった。
これらの結果は、低リスク前立腺がんと診断された男性には監視療法が望ましいとする主要医学団体の勧告と逆行している。
「そのような医師は患者に不利益を与えています」とHoward Parnes医師は言う。同医師はNCIがん予防部門の前立腺がん・泌尿器がん研究グループ主任であり、本研究には参加していない。「もし、患者が低リスクがんの基準を満たすのであれば、監視療法を中心に話し合う必要があります」。
即時治療を再考する
1990年代初頭から米国で普及したPSA検診で診断される前立腺がんの大半は、低リスクである。一般的に低リスクとは、がんが小さく、前立腺に限局しており、グリソン・スコアと呼ばれる一般的グレード分類システムで悪性度は高くないとみなされることを意味する。
それにもかかわらず、1990年代から2010年代にかけて、低リスク前立腺がんと診断された男性の多くが、直ちに手術や放射線による治療を受けていた。
しかし、PSA検診が普及し始めた当初から、「検診でみつかった」がんが本当に危険なものかどうかという疑問があった。そうした懸念に応じて研究が行なわれた結果、これらのがんの多くは、生命を脅かすようになるどころか、症状が出るほどまで増殖することはほぼないだろうという結論が導き出された。
即時治療に代わる別の方法として、症状が出てから次の検査や治療を行う「経過観察」がある。
しかし、前立腺がんはひとたび転移してしまうと命に関わることもあるため、低リスク前立腺がん患者に対して経過観察が行われることはあまりなかった。
監視療法のプロトコルは1990年代半ばに初めて提案され、それ以来、さまざまな形で研究され、実施されてきた。主要な医療機関が監視療法の安全性に関するデータが十分強固であると考え、低リスク前立腺がんの男性に対する望ましいアプローチとして正式に推奨するようになったのはごく最近である。
監視療法はどのように行うのか?
プロトコルはさまざまとなり得るが、監視療法としては一般的に、 PSA検査と前立腺生検を定期的に行い、がん増殖の徴候がないか確認することが必要とされる。
例えば、ニューヨーク市のモンテフィオーレ・ヘルスシステムの患者は、少なくとも最初は3〜6カ月ごとにPSA検査を受け、診断から1年後にMRI ガイド下生検を受けるとKara Watts医師は話す。同医師はこの病院で前立腺がん治療を専門とする泌尿器科医であるが、本研究には関与していない。
最初のPSA検査および生検以降、それらの検査を行う頻度は主に各患者の状況次第であるとWatts医師は説明する。
「私たちは、特に年齢分布の両端にいる人たちに対して、柔軟なプロトコルを採用しています」と彼女は続けた。70歳代で余命5〜10年(他の健康状態やその他の要因に基づく)の男性は、追加のPSA検査や生検は数年に1回、あるいは症状がある場合だけ行えばよいと同医師は言う。一方、50代で前立腺がんを除けば健康な男性は、通常、初回プロトコルと同様のスケジュールでPSA検査とMRIガイド下生検を受け続けることになるであろう。
Parnes医師が診察するNIH臨床センターでは、定期的PSA検査に加えて、MRIガイド下生検を実施して、監視療法を行うかどうかの判断材料として、また監視プロトコルの一部としている。
「MRIガイド下生検は、中・高グレード前立腺がんの検出精度を上げることがわかっていますが、低リスク前立腺がんの監視療法には必要ではありません」とParnes医師は説明する。「標準的な超音波ガイド下生検を用いた多くの研究で、低リスク前立腺がんの男性における監視療法の長期的安全性が証明されています」。
遺伝子検査や分子検査も、医師が監視療法を推奨すべきかどうかの決定や監視療法プロトコルの一部として利用されている。例えばNCIでは、がんの家族歴がある男性や中リスク前立腺がんと診断された男性は、BRCA2や、その他のDNA損傷修復に関わる遺伝子に変異がないか検査を受けることが推奨されるとParnes医師は述べている。
最終的には、患者が治療を受けている医師や病院に関係なく、生検の結果、がんグレードの進行が示唆された場合、直ちに治療を受けるように勧められるのが一般的であろう。監視療法を受けている男性で最終的に手術や放射線治療を受ける人の数はさまざまである。8,000人以上の男性を対象とした最近の大規模観察研究では、監視療法を受けている人の半数弱が5年以内に最終的治療を受けていた。
監視療法は増えているが、十分ではない
Cooperberg医師らは、AUA(米国泌尿器科学会)Quality Registryにおいて、新たに前立腺がんと診断された男性全員のデータを調査した。このレジストリには、米国内で参加している240以上の泌尿器診療科および2,100人以上の泌尿器科医からのリアルタイムデータが集められている。
全体として、この研究の対象となった84,000人以上の患者のうち、20.3%が低リスク疾患と診断された。低リスク疾患と診断された男性の数は、研究期間中、2014年の約24.6%から2019年の14.0%まで減少した。この知見は、低リスクでの診断が減少していることを示す他の最近の研究と一致しており、研究者らは、PSA検査による検診を受ける男性の数が減っていることが原因であるとしている。
しかし、低リスク疾患の診断は減少しているが、低リスク疾患の男性で監視療法を選択する人が増えているとCooperberg医師は報告した。2014年、低リスク前立腺がんで監視療法を選んだ男性の割合は26.5%であった。それが2021年末には59.6%となった。
また、命に関わる状態まで進行する確率が低リスク前立腺がんよりもやや高いとされる中リスク前立腺がんと診断された男性でも、監視療法の割合が増加した。
この着実な増加は歓迎すべきニュースであるとCooperberg医師は言う。しかし、全国的にみると監視療法の実施に「比較的極端な」ばらつきがあることも強調した。研究の結果、低リスク前立腺がん患者に対する監視療法の実施率は、泌尿器診療科によって「7%から80%近くまで幅がある」ことが判明したと同医師は述べる。「そして、どの医師のドアをノックするかによって、同じ診療科内でも0%から100%までばらつきがあります」。
監視療法の実施にばらつきがあることは憂慮すべきことであると、Parnes医師は述べる。少なくともある程度は、一部の泌尿器科医にみられる凝り固まった治療パターンを反映しているのだろう。「一部の医師は『私はがんを治療する、そして、これはがんだ。(監視療法について)話をする気はない」と思っているのではないだろうか」と彼は言う。
Watts博士も同意見である。一部の医師は、「(監視療法について)議論していないだけか、(患者を)最終的治療に仕向けるような説明をしている」可能性があると言う。
監視療法の例外と障壁
Cooperberg医師によれば、彼のUCSFプログラムでは、低リスク前立腺がんと診断された男性の約95%が監視療法を受けているという。UCSFは1990年代半ばに監視療法の実施と研究を開始した学術センターであるため、その数字は米国内の一般的な割合よりも高い可能性があると同医師は認める。
しかし、当面の「妥当な目標」は80%前後であると彼は言う。これは、監視療法が長らく標準的に行われてきた、スウェーデンや、ヨーロッパの他の大規模統合医療システムにおける抜きんでた割合と一致するものである。
Cooperberg医師によれば、肝心な点は、低リスク前立腺がん患者の大多数に対して監視療法を行うべきであるとは言え、「常に例外が存在する」ことである。
例えば、前立腺がんの強い家族歴がある人や、前立腺がんに関連した泌尿器系の症状で直ちに治療すれば緩和するような症状がある人が例外に含まれる。
また、臨床的、生物学的な要因を超越した考慮が必要な場合もある。地方に住む患者や確実な交通手段がない患者の場合、長期間にわたって病院や医院に定期的に通わなければならないとなれば、即時治療を選ぶ患者もいるだろうとWatts医師は述べている。
さらに、監視療法の医学的根拠を説明するのがかなり難しいこともあると同医師は指摘する。患者の中には、監視療法を選択することは、「治癒の可能性がある時期を失う」ことだと考える人もいると言う。
「『がん』は、多くの人にとって怖い言葉です」とWatts医師は続ける。そして、この場合、「最新医学で説明できるのです。監視療法が適切であるわけを」。
AUAと全米包括的がんセンターネットワーク(NCCN)の最新ガイドラインによれば、低リスク前立腺がんとは、以下の基準を満たすものである。
・PSA値 10未満
・グリソン・グレードグループ1(グリソン・スコア3+3)
・臨床病期 T1~T2a
PSA検査、グリソン・グレードグループ、臨床病期分類の詳細については、こちら(原文)。
(NCCNでは超低リスクというカテゴリーもあり、これに対しても監視療法が推奨されている。)
日本語記事監修 :榎本 裕(泌尿器科/三井記念病院)
翻訳担当者 山田登志子
原文掲載日
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