先端MRIが前立腺がんの進行速度の予測に役立つ可能性
がんの中には、増大が速くすぐに転移してしまうがんもあれば、増大が遅く、もし発見されなかったとしても大きな問題にならないがんもある。
どのがんが悪性度が高いのか、または増大が速いのか、そして直ちに治療を行う必要があるのかを判断することは非常に重要であるが、困難を伴うことが多い。
特に前立腺がんには診断上の問題が多数存在し、治療が必要な悪性度の高いがんをより多く検出できるよう、また、進行の緩慢ながんについては過剰診断を減らすべく、世界中の研究者が前立腺がん検査の改良を図っている。
前立腺がんは英国の男性に最も多いがんであり、毎年約52,300人が新たに診断されている。さらに、より感度の高い検査が実施されているため、命にはかかわらない前立腺腫瘍例がより多く検出されている。問題となるのは、検出された腫瘍が直ちに治療を必要とするものなのか、あるいは厳重監視すべき腫瘍であるかの判別が困難なことである。
今回、Nature Communications誌に掲載された研究によると、先端MRI技術を用いて腫瘍の代謝をリアルタイムに観察することで、本来は悪性度が高い、または増大が速いがんを特定し、治療方針を導くことができる可能性があるという。
ターゲットを絞ったアプローチの必要性
現在のところ、英国では前立腺がんの検査として一回で確実なものはない。前立腺がんの症状が疑われる人、または前立腺の検査を希望する人に対してはPSA(前立腺特異抗原)血液検査またはかかりつけ医(GP)による前立腺評価がすすめられるだろう。結果によっては専門医に紹介することがあり、専門医が必要と判断すれば、MRI検査および生検を含む総合的な評価を行う。組織生検についてはグリソンスコアを基に前立腺がんの悪性度を判定する。
グリソンスコアとは
グリソンスコアとは医師が前立腺がんの悪性度を判定する際に最もよく用いられる評価方法である。がんの悪性度は正常細胞と比較してどの程度の相違があるかを示しており、この差が大きいほど腫瘍の悪性度は高くなる。この評価方法により、がんのその後の「振る舞い」について、また必要な治療法について医師が判断することができる。
グリソンスコア、すなわちグレードグループ(悪性度のグループ分け)を決定するためには前立腺から採取した複数の生検材料を病理医が顕微鏡で調べる。
病理医は、推定されるがん細胞の成長速度や細胞の悪性度に基づいて、それぞれの検体のがん細胞のグレードを評価する。
標準的なMRI検査は、行う価値はあるものの、悪性度の高い前立腺がんとそうではないがんとを正確に鑑別するための情報がやや欠けている。この問題については研究者らが解決すべく心を砕いていた。
「前立腺がんの現在の標準的な治療を向上させるためには診断上のいくつかの問題点があり、それにはこの先進的なMRI研究を前立腺に限定しなければならなかったのです」と、論文の共同統括著者であるFerdia Gallagher教授は述べている。
「通常のMRI検査にとって問題となるのは、いわゆるおとなしい(低悪性度)前立腺がんと治療しなければならない前立腺がんを鑑別できるのか、ということです。低悪性度がんは通常、積極的な治療を必要としません。これらの患者は注意深い監視下に置かれ、時間をかけて病状を観察します。このことは、根治治療による副作用の回避につながります。その一方で、治療しなければならない前立腺がんはできるだけ早期発見につとめたいのです」。
現在の標準的な検査法により非進行性がんと診断される人が多いため、前立腺腫瘍のその後の振る舞いを知ることができるのは非常に重要である。
新しいイメージングの仕組みとは
超偏光13Cイメージングと呼ばれる新しいイメージング技術は、天然に存在するピルビン酸と呼ばれる分子を乳酸と呼ばれる別の分子に細胞が変換する速度を測定することで機能する。
この過程でエネルギーを生成し、新たな細胞を作り出すための構成要素を供給する。腫瘍は健常な細胞に比べて代謝が高いため、乳酸の生成がより速くなる。
この特殊なスキャンは、すでに乳がんの代謝の画像を詳細に確認するために使用されている。リアルタイムに腫瘍を撮影することで、がんの「呼吸」を観察することができる。同様の技術は、患者が化学療法を開始してから数日以内にどの程度反応しているかを監視するために用いられている。
これまでにも、研究者はこの技術を前立腺がんの臨床試験に使用しており、医師が前立腺がんの総合的な病理学的悪性度の評価を行う支援となっている。しかし、われわれとProstate Cancer UKが共同出資した最新の試験により、研究者は腫瘍をさらに詳細に特定できるようになり、腫瘍の微妙な違いを明らかにして、その挙動を予測することが可能となった。
試験結果
研究者は10人の前立腺がん患者を対象に、この特殊なスキャンを実施し、その後、腫瘍を切除し検査を行った。この代謝MRIから得られた前立腺腫瘍の悪性度に関するデータは、生検から得られた所見と一致した。
革新的な技術を使用することにより、研究者は通常のMRIで検出されなかった一部の腫瘍を同定することができた。
このスキャンでは、総合的なグレードが同一であっても、腫瘍の進行度に微妙な差があることを識別することが可能であった。この事実はがんが直ちに治療を必要とするかどうか決定する上で重要なことである。
このイメージングにより低悪性度がんと治療を必要とするがんを見分けることに成功しただけでなく、腫瘍の各領域での代謝の違いについての情報を得ることができた。これにより将来的には臨床医が薬物治療に対するがん病変の反応を確かめることができるようになるかもしれない。
最終的には、MRIの診断能の改善および高悪性度がんについての特異度の改善だけではなく、この新しい技術によって侵襲的な生検の必要性を減らせるかもしれない。
「この研究は小規模ではあるが、腫瘍をより詳細に評価するために過分極MRIを用いる可能性を示している。この技術は、前立腺全体ではなく腫瘍のみの治療を狙うまさに「局所」療法を行うか否かを決定する際に重要となりうるかもしれません」とGallagher教授は述べた。
「将来的には、この技術が医師にとって治療法を決定する際の指針となるでしょう。そして、必要のある患者さんが直ちに治療を受けられる、あるいは治療をしない場合にはがん病変を注意深い監視下に置くというという選択を保証するものとなるでしょう」。
患者にとっての意義
必要のない治療やその副作用から人々を守ることは、患者やその身近な人たちの生活の質に大きく影響を与えるであろう。この判断に、侵襲的な生検ではなくMRIを使用することは、患者だけでなく医師にとっても重要な利点となる可能性がある。
次のステップはユニバーシティ・カレッジ・ロンドンと共同で多施設試験を実施することであり、これに対してはわれわれからも資金提供をおこなっている。「これにより大規模試験での結果が得られ、それらを基盤にすることができます。さらにがん治療に対する反応の評価法についていくつかの疑問に答えることができます。また、試験規模が大きいほど前立腺がんの基礎的な生物学の理解にも役立ちます」とGallagher教授は述べた。
このプロジェクトの規模を拡大することで、この革新的な技術がルーチンMRIのひとつとなりうることを研究チームは知ることになるだろう。「5年後、あるいは10年後にこの技術が英国内の主要施設でより広く使用されるように願っています」。
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