早期前立腺がんの侵襲的治療は必ずしも必要ない
デイリー・テレグラフ紙の報道によると、「前立腺がんの綿密なモニタリングを行えば、厳しい侵襲的治療と同等の生存確率が得られる」。
研究者らは、早期前立腺がんに対する手術などの侵襲的治療は、監視療法(active surveillance:AS*)と比べて生存期間を延長しなかったことを明らかにした。
監視療法とは、患者が早急に治療を受けない代わりにがん増悪の徴候を調べるための定期的検査を受けることである。一部の前立腺がんは、急速に広がる可能性がある。それ以外の多くは、前立腺外に広がることは決してない。
見出しは2つの研究に基づいたものである。第一の研究では、監視療法、手術、化学療法のいずれかを受けた場合、生存転帰の差があったかどうかを調べたものである。
その結果、3つの群における生存率に差はみられず、10年間の追跡期間での死亡率は1%であった。同紙によると、がんが身体の他の部位へ転移した割合が高かったのは監視療法群で、そのうちの半数が、10年間の追跡期間に手術または放射線療法を受けていたという。
一方、同じ患者を対象とした2つ目の研究では、治療による副作用(特に性的障害や尿失禁)について検討されており、その割合は、手術群または放射線療法群よりも、監視療法群の方がはるかに低かったことが示されている。
これらの結果は、進行した前立腺がんと診断された男性には当てはまらない。
こうした患者は、実施可能なすべての治療法について担当医師らと話し合うことが重要である。同疾患に対して早急に治療を行わないという選択が、最良の選択肢となる場合もある。
研究の出典
この2つの研究は、英国の13の大学および病院に所属する研究者らが実施し、オックスフォード大学およびブリストル大学が主導した。また、英国国立衛生研究所による資金援助を受けている。同研究の結果は、ピアレビューがあるNew England Journal of Medicine誌に掲載されている。
メディアの大半は異なる治療の生存率に焦点を当てて報道しているが、ガーディアン紙やBBCのニュースでは手術や放射線療法に伴う副作用の危険性についての情報なども報道している。
監視療法は、早期前立腺がん患者に対して最初に行われる最良の治療法となる可能性が高いことがすべての報道で述べられているが、この指摘は的確である。
研究の種類
この2つの研究は治療の比較に最もふさわしいランダム化比較試験であった。
しかし、手術、放射線治療もしくは監視療法といったような治療方法であったため、患者を盲検化することは出来なかった。そのため二重盲検ではない。
研究者らは治療の違いが前立腺がんによる死亡率、がんの転移の状況、性機能への影響、尿と腸機能、そして包括的な生活の質に対する影響を知ることを目的としていた。
研究内容
研究者らは、前立腺特異抗原(PSA)検査によるスクリーニングを受けた男性82,429人に参加を呼びかけた。検査では前立腺肥大を確認できるが、前立腺は男性が加齢とともに肥大するため、前立腺がんの診断は通常生検で確定する必要がある。
後に限局性前立腺がんと診断された男性2,664人のうち、1,643人が研究への参加に同意した。同意した男性は、無作為に3群に分けられた。
・がんの監視療法(または積極的モニタリング)
・前立腺を切除する手術(前立腺切除術)
・がん細胞を攻撃し増殖を防ぐことを目的とする放射線療法およびホルモン療法
研究者らは、平均10年間の追跡調査を実施し、その間に症状や生活の質についてのアンケートを送付した。その後、各治療群の男性に起きたことを比較し、死亡率の結果および生活の質の結果をそれぞれ報告した。
監視療法を受けた男性は、1年以内は3カ月ごとにPSA値を確認し、その後は6~12カ月ごとに検査した。PSA値が1.5倍以上上昇した場合には、担当医と相談して監視療法を続けるか、手術または放射線療法を行うべきかを検討した。
2試験は、PSAスクリーニング検査の効果を調査した大規模研究の一部である。その大規模研究では、限局性前立腺がんと診断された男性2,664人全員に対してPSA検査を実施していたが、がんの徴候は示されていなかった。
現在、PSA検査は一般医の下で受けることも可能であるが、PSA検査により前立腺がんの死亡率を減少させるエビデンスはないため、全員には実施されない。
結果
同研究で得られた最も重要な知見は、10年間の追跡調査において前立腺がんで死亡したのは、各群とも100人中約1人であったということであった。他の原因による死亡率は9%で、この割合は、3つの群すべてで同等であった。
しかしながら、監視療法からスタートした患者のうち53%が研究終了時までに手術か放射線治療に切り替え、20.5%にはがん進行の徴候が見られた。手術か放射線治療を受けた患者のうち、がん進行の徴候が見られたのは8%のみであったが、これらの差を治療群で比較することは困難である。
前立腺切除術を受けた患者は性機能(性行為のための勃起不能を含む)や尿失禁の問題を抱える傾向が強かった。
前立腺切除術を受けた男性で、研究開始後6カ月間に挿入を伴う性交が可能であった男性がわずか12%であったのに対し、放射線療法を受けた男性では22%、監視療法を受けた男性では52%であった。6か月後の時点で、手術を受けた男性の約半数(46%)が尿失禁により吸収パッドを使用したのに対し、放射線療法を受けた男性では5%、監視療法を受けた男性では4%であった。
これらは時間とともに改善されたが、手術群では他の群と比べて悪いままであった。腸機能は放射線療法を受けた男性においても多少の悪化が認められたが、後に改善された。
男性の全般的な生活の質は、3群においておおよそ同様であり、不安や抑うつ状態も同程度であった。
結果の解釈
研究者らは、今回の知見が治療選択において有用な情報を提供すると述べた。「新たに限局性前立腺がんと診断された男性は、根治的治療に伴う排尿機能、腸機能、および性機能の短期間および長期間の影響と、積極的モニタリングに伴う増悪のリスク上昇のどちらを重視するかを考える必要があります」。
重要なこととして、監視療法を受けた男性でがん進行の割合が大きかったことが、診断後最初の10年間を過ぎたのちに、死亡率の上昇につながるかどうかを調べるために、「より長期間の生存率のデータが大事である」と研究者らは警告している。
結論
特に初期の前立腺がんの治療法選択は困難を伴う。多くの前立腺がんはとてもゆっくり進行するため、がん治療が不要でがんで苦しむことがない人もいる。
しかしながら、なかには増殖し、体内中に転移して治療しないと致命的になるがんもある。
今まで、患者にとって手術、放射線治療もしくは監視療法を選択できる充分な情報がなかった。
これらの研究は3つの最もよく行われている治療の結果を比較する最良のエビデンスをもたらした。結果はすべての患者に有用な治療がひとつあるということは示さなかったが、患者は自分の優先順位や価値観を治療選択に反映させる決定を行う前に、医師や家族と比較したり相談したりすることができるようになった。
患者の中にはがん進行のリスクを避けるため、手術や放射線治療を行い、副作用の可能性を受け入れる人もいる。また一方で、副作用を避けるため、監視療法を選択するだけの人もいる。
本研究中に前立腺がんで死亡する人がほとんどおらず、治療選択肢が診断後10年間の生存率に影響しなかったことに、男性は安心するかもしれない。
しかしながら、注意すべき点がいくつかある。
・10年間は、治療の生存率への影響を適切に評価するには短すぎるかもしれない。
・最初の監視療法後に治療を受けた男性は、長期的に見れば結果が悪い可能性がある。
・本研究は継続中につき、将来詳細な情報を得ることになる。
・前立腺がんの治療は絶えず変化しているが、これらの研究は10年前に実施された治療によるものである。前立腺内部への放射線シードの挿入など、最新の治療は本研究では行われなかった。
・各群である一定の割合の男性は、割り当てられた治療を受けなかった。
・本研究にはアフリカ系カリブ人がほとんどおらず、本研究の結果は彼らには当てはまらない可能性がある。
しかし、2つの研究は、大規模なランダム化比較試験で、慎重にデザインされて実施されており、また、追跡調査も成功していた。前立腺がんというよくみられるがんに対して一般的に実施される治療法がもたらす影響の違いについて、医師の理解が深まったことを2つの試験は示している。
サイト注:監視療法・・Active surveillance (AS、アクティブ・サーベイランス)、日本ではPSA監視療法と呼ばれる)
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