前立腺がんの主な活性化因子(ドライバー)として新たな治療標的を特定

米国国立がん研究所(NCI)/ブログ~がん研究の動向~

アンドロゲン非依存性あるいは去勢抵抗性前立腺がんともよばれる進行前立腺がんにおいて、主要な腫瘍活性化(ドライバー)分子の働きを阻害する代替的アプローチが特定された。

前立腺がん細胞株や、いくつかの前立腺がんモデルマウスにおいて、ROR-γと呼ばれるタンパク質を標的とした、’薬らしい (drug-like)’小分子を用いた治療が、アンドロゲン受容体(AR)の活性を抑えていることを研究者らは示した。

アンドロゲン受容体を介したシグナル伝達は前立腺がん細胞の増殖と転移の重要なカギを握っている。

去勢抵抗性前立腺がんのマウスモデルにおいて、ROR-γ阻害剤による治療は、長期間にわたり腫瘍を十分に縮小させ、ARを標的とした治療薬エンザルタミド(イクスタンジ)に抵抗性を示す腫瘍マウスにおいて、薬物感受性を回復させる可能性をみせた。

試験結果は3月28日Nature Medicine誌で発表された。

アンドロゲン受容体調節因子の探索

前立腺外にも広がった前立腺がんの初回治療は、ほとんどの場合、腫瘍におけるアンドロゲンの阻害効果を標的としたものであり、アンドロゲン産生およびアンドロゲンの作用を阻害することが典型的な治療である。しかしながら、ほとんどの進行性前立腺がんは最終的に去勢抵抗性となり、アンドロゲンレベルが低かったり、検出限界以下だったとしても、おそらくアンドロゲン受容体タンパクの変化や、その発現レベルの変化、アンドロゲン受容体遺伝子の突然変異のため、進行し続け、転移する。

ここ数年にわたって、エンザルタミドも含む、いくつかの新薬が、去勢抵抗性疾患男性を対象として承認されたが、腫瘍はすでにほぼ例外なく、これらの治療に対してさえ抵抗性を獲得している。

ホルモン療法抵抗性の獲得にアンドロゲン受容体は極めて重要な役割をしているので、進行性前立腺がんの新しい治療方法に関する研究は、ほぼこのタンパクに焦点を当てられていた、と本試験の筆頭著者で、カリフォルニア大学デービス校のHongwu  Chen博士は述べている。
「いずれにせよ、アンドロゲン受容体と取り組まなければならない」と彼は述べた。

しかしながら、これまでのところ、治療抵抗性を引き起こすアンドロゲン受容体の多型またはアンドロゲン受容体遺伝子の変異を直接の標的とすることに関しては、微々たる進歩しか得られていなかった。そこでChen博士と共同研究者らは、他のアプローチを探し、アンドロゲン受容体遺伝子を制御しアンドロゲン受容体合成に影響をおよぼすタンパクを探索した。

公に入手可能な腫瘍ゲノムデータを分析し、研究チームはアンドロゲン受容体遺伝子の調節因子である可能性が高いROR-γとよばれる核受容体タンパクにたどりついた。AR自身も含めて、核受容体は、活性化された際には、DNAに直接結合し、遺伝子活性を調節するタンパクである。

ROR-γトライアルのその後

いくつかのエビデンスにより、ROR-γの前立腺がんへの関与の可能性が指摘されている。例えば研究者らは、ROR-γをコードする遺伝子が、転移性去勢抵抗性腫瘍において過剰発現していることや、ROR-γタンパクが前立腺腫瘍において豊富に存在していることを発見した。

さらにアンドロゲン受容体を過剰発現している前立腺がん細胞株の研究から、ROR-γとアンドロゲン受容体の直接の関係が示唆されている。例えば、前立腺がん細胞株においてROR-γをコードしている遺伝子の発現を抑制すると、アンドロゲン受容体遺伝子発現が減少した。

研究者らは、自己免疫疾患の治療目的として開発されている2つの’薬らしい’分子を含む、違う種類のROR-γ阻害剤で処理した細胞株においても、同じ結果を得ている。これらの薬物は正常前立腺細胞、あるいはアンドロゲン受容体が過剰発現していない前立腺がん細胞株には作用をおよぼさない。

細胞株用いた追加の試験において、ROR-γを標的とした治療はIGF1やPTENを含めた、アンドロゲン受容体によって制御を受けるがん関連遺伝子発現に影響を及ぼすことが示された。そして研究者らは、CRISPR/Cas9システムを用いることにより、ROR-γタンパクが遺伝子上で結合するであろうDNA配列を同定し、遺伝子のその部位を取り除くことによってアンドロゲン受容体タンパクの発現を減らせることを確認し、どうやってROR-γがAR遺伝子を調節するのかをつきとめた。

最後に、研究チームは、治療抵抗性に関連するアンドロゲン受容体タンパクの多型をもっている前立腺がんモデルを含め、違う種類の前立腺がんマウスモデルにおいて、ROR-γ阻害剤をテストした。これらの薬剤は、アンドロゲン受容体の過剰発現が見られない前立腺がんモデルを除いて、全てのマウスモデル腫瘍の増殖を抑えた。

去勢抵抗性前立腺がんのマウスモデルにおいて、ROR-γ阻害剤SR2211は著明に腫瘍サイズを縮小させたが、エンザルタミドによる治療は縮小させなかった。しかし、2つの薬剤を併用することにより、ROR-γ阻害剤単独に比べて、より十分に、より持続的に腫瘍サイズは縮小した。「これは、ROR-γ阻害剤が、去勢抵抗性前立腺がんのエンザルタミドへの感受性を高めていることを示している」と彼らは記載している。

「これらの進行がんにおいて、ARの高い発現を遺伝子レベルでおさえるという考えは必ずしも新しいものではない」とNCIがん研究センターの前立腺がん遺伝学部門長であるAdam  Sowalsky博士は述べている。

「しかしながら、この試験の喜ばしい点は、アンドロゲン受容体遺伝子発現を制御するという点で介入可能な標的としてのROR-γの機序を調べるために『新しい総合的なデータセットを用いていること』だ」とSowalsky博士は述べた。「この試験は確かに、さらなる実験をサポートする、価値のある実証実験としての働きをするだろう」。

マウスでのROR-γ阻害剤の治療において、毒性作用のエビデンスは示されなかった。「いくつかの実験は非常に長く時間がかかり、治療が終了するのに50日かかるものもある。それでもわれわれは、体重減少や臓器機能不全のような明らかな毒性は観察していない」とChen博士は言及している。

健常組織への影響が明らかに無いことを、「腫瘍細胞はAR発現の上昇に依存しており、ROR-γによる腫瘍細胞に特異的なARのコントロールに依存している」ためであろうと研究者らは記している。

期待できる結果ではあるが、ROR-γを標的とした薬剤を、去勢抵抗性前立腺がんの男性に試験する前に、まだ重要な検討課題があるとSowalsky博士は警告している。

特に、氏は、これらの薬剤をヒト腫瘍由来の「今日の前立腺がん患者において見られるような、複雑な薬物抵抗性表現型をもつ」、より高度なモデルにおいて試験することの必要性を挙げている 。「これらの前臨床モデルは、薬物による、あるいは遺伝子を標的とした治療の、ヒトにおける実際の反応をより再現性よく予測するだろう」と述べている。

翻訳担当者 古屋千恵

監修 榎本裕(泌尿器科/三井記念病院)

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