転移性前立腺がん患者の多くが推奨治療を受けていない

ホルモンの供給を遮断することで制御できる転移性前立腺がん(ホルモン感受性前立腺がんまたは去勢感受性前立腺がんと呼ばれることが多い)について、2017年以来、治療に関する推奨事項は劇的に変化した。

テストステロン産生抑制のための単一薬剤投与は長年、標準治療とされてきたが、もはや十分ではないと考えられている。米国のガイドラインでは、現在、それぞれ異なる方法でホルモンを阻害する2種類の薬剤を組み合わせて投与することを推奨している。がんが悪化するリスクが最も高い人に対しては、ガイドラインは化学療法の追加も推奨している。臨床試験では、どちらのアプローチも患者の延命に役立つことが示されている。

しかし、新たな研究の結果によると、これらのガイドラインはほとんど実践に反映されていない。前立腺がん患者を治療する米国の医師を対象とした調査では、約70%が、ホルモン感受性転移性前立腺がん患者に対して最初からこの併用療法を使用していないと報告した。

12月9日にJAMA Network Open誌で発表された本研究結果は非常に憂慮すべきものだと、主任研究者であるNeeraj Agarwal医師(ユタ大学ハンツマンがん研究所)は述べた。

「米国では、臨床試験で併用療法が全生存率に実に有意な改善をもたらすことが示されているにもかかわらず、大多数の患者は延命効果のある併用療法を受けていません」とAgarwal医師は述べた。

調査への回答では、患者のほとんどに併用療法を処方していない医師の約60%が、一度に複数の薬を投与すると副作用が多すぎるのではないかと懸念を示した。しかし、臨床試験では実際には逆の効果が確認されており、推奨された併用療法を受けた人は、単一の薬だけを投与された人よりも全体的に生活の質が高かったと報告されている。

生活の質が向上した要因として、前立腺がんの骨への転移によって生じる痛みや骨折などの症状を併用療法が軽減する効果を反映している可能性があると、NCIのFatima Karzai医師は説明する。同医師は前立腺がんの新たな治療法を研究しているが、今回の研究には関与していない。

「体内に多くの疾患があり、その疾患の症状がある人が、これらの薬を併用すると、症状が早く改善するので、実際に気分が良くなります」とKarzai医師は言う。

また、多くの医師はガイドライン最新版を把握しておらず、薬剤の単剤使用が依然として標準治療であると思うと報告した。

これらの患者には、「単一の薬だけではもはや十分ではありません」とAgarwal医師は言う。「2種類(以上)の薬の併用により、生活の質を損なうことなく生存が大幅に向上します。しかし、これらのデータの実践の現状をみると、大きな乖離があります」。

本研究には関与していないGurvaneet Randhawa医師(公衆衛生学修士、NCIの医療提供研究プログラム)によれば、問題のガイドラインの一部は、過去2年以内に更新されたばかりだとのことである。新しい知識が医師の間で広く普及するまでの時間としては十分ではないかもしれない。

本研究によって、最新ガイドラインの情報を臨床医に提供する最善の方法の理解に向けた研究が必要であることが浮き彫りになったとRandhawa医師は付け加えた。「異なる専門分野の医療従事者のためにガイドラインをワークフローや意思決定支援に統合する[最善の]方法はさまざまである可能性が高い」とのことである。

3段攻撃

転移性ホルモン感受性前立腺がんの男性の場合、推奨される薬剤併用による強力な治療は、ホルモン感受性がん細胞への第1撃、第2撃となる。

最初の1撃は、ゴセレリン(販売名:ゾラデックス)やリュープロリド(リュープロレリン)などの薬剤による標準的なアンドロゲン除去療法であり、精巣によるテストステロンの生成を抑制する。2番目の攻撃は、アンドロゲン受容体経路阻害剤 (ARPI) と呼ばれる新しい種類の薬剤である。これらの薬剤(アビラテロン(販売名:ザイティガ)、アパルタミド (販売名:アーリーダ)、ダロルタミド (販売名:ニュベクオ)、エンザルタミド (販売名:イクスタンジ)など)は、体内に残っているテストステロンをがん細胞が利用できないようにする。

そして、がんの悪性度が最も高い患者の場合、第3攻撃として化学療法 (具体的にはドセタキセル(販売名:タキソテール)という薬剤) によって前立腺がん細胞を直接殺すことができる。

Agarwal医師のチームと他の研究者による先行研究によれば、臨床試験において併用療法による強力な治療の優位性が実証されているにもかかわらず、これらの知見が実際の治療を大きく変えることはなかった。

「だから私たちはなぜなのかを詳しく調べたいと思ったのです」と彼は言った。「その理由とは何でしょうか」。

研究者らは、2018年7月から2022年1月の間にAdelphi Real World社のレトロスペクティブ調査によって収集されたデータを使用した。この調査では、全国の医師の代表サンプルに対し、患者に処方する治療法やその治療法を選んだ理由について詳細な質問を定期的に行っている。また、調査は医師とそれぞれの患者の医療記録とをリンクさせ、受けた治療を研究者らが確認できるようにしている。

この調査では、107人の医師から回答を集め、3年半の研究期間中に転移性ホルモン感受性前立腺がん患者617 人の治療が対象となった。医師には、地域病院と大学がんセンターの両方の腫瘍内科医と泌尿器科医が含まれていた。

全体として、推奨された強力な治療を受けたのは患者のわずか約30%であった。強力な治療を処方しない理由は大抵、最新のデータを根拠としていなかった。たとえば、強力な治療を受けなかった患者の約19%については、医師は単一の薬剤の方が効果的であると報告していた。他の31%の患者については、臨床試験で治療強化による生存改善が示されなかったと医師らは記述していた。

可能な限り多くの前立腺がんの根絶を期待してPSA レベルを下げるという、より積極的な目標を報告した医師らは、推奨される薬剤併用を処方する確率が高かった。

その他の要因には大きな違いはなかったようであった。たとえば、保険適用に関する懸念が併用療法を処方しない理由として挙げられることはほとんどなかった。

医師:併用療法を後回しにしない

Agarwal医師は、一部の臨床医がなぜ今もホルモン感受性疾患の患者に単剤アンドロゲン除去療法を使用しているのかについて考えられる理由を一つ示唆した。転移性ホルモン感受性前立腺がん患者のほとんどでは、がんはやがて精巣からのテストステロンに依存せずに成長できるように変化する(ホルモン抵抗性または去勢抵抗性という)。

ホルモン抵抗性がんは制御が難しく、このタイプの前立腺がん患者のうち5年以上生存できるのはわずか30%程度である。

しかし、ホルモン感受性がんとホルモン抵抗性がんの治療に対して同じ薬剤が多数使用されている。そのため、医療従事者は、ホルモン感受性がん患者に強力な治療を行うと、「病気が進行したときに、将来使用できる薬として何が残っているだろうか」と考えるのかもしれない。言い換えれば、医療従事者は、これらの治療法の一部を「去勢抵抗性(ホルモン抵抗性)が生じたときのために」取っておきたいと思っているのである。

また、本研究において、最初に単剤アンドロゲン除去療法を受けた男性の約16%が、ホルモン抵抗性となった際に強力な治療を受けたと同医師は指摘する。他の最近の研究でも、このような状況に備えて残しておくことが、ホルモン感受性がん患者に強力な治療を行わない一般的な理由の一つであることがわかっている。

それでも、Agarwal医師は「それは患者を治療する正しい方法ではない」と述べる。複数の臨床試験で、がんがまだホルモン感受性であるときに併用療法を受けた人は、ホルモン抵抗性になってから併用療法を受けた人よりも長生きすることがわかっている。

「つまり、ここでのメッセージは、病気の進行を待たないことだ」と彼は言う。しかし、このメッセージはこれまでよりもさらに広範囲に広めなければならないと付け加えた。

患者:自分の病気を理解する

Karzai医師の説明によると、今のところ、転移性ホルモン感受性前立腺がんと新たに診断された患者は、最高品質の治療を受けるためには自ら主張しなければならないかもしれないという。

「患者に臨床試験データをすべて読んで理解できるようにしなさいと勧めているわけではありません」とKarzai医師は言う。「しかし、自分の病気をきちんと理解してください。ホルモン感受性であれば、それがどういう意味か、体内のがんの量が治療の選択にどう影響するのかを医師に相談してください。副作用について話し合ってください。2つまたは3つの治療の組み合わせについて、それでどんな気分になるのかを尋ねてください。『利点は何ですか?リスクは何ですか?』と尋ねてください」。

メモを取ったり質問したりするのを手伝ってくれる家族や信頼できる人がいてくれると助かるだろうとKarzai医師は続けた。「多くの場合、自分一人で医師と対面した場合、理解すべき情報が多すぎます。また、セカンドオピニオンを求めることも強くお勧めします」と彼女は述べた。

Agarwal医師は、長期的には「併用療法のエビデンスを同僚たちに、医師にとって時間効率の良いシンプルな形式で提供する必要があります」と語った。 

  • 監修 辻村信一(獣医学・農学博士、メディカルライター)
  • 記事担当者 山田登志子
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  • 原文掲載日 2025/02/18

この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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