2012/11/13号◆癌研究ハイライト「脳転移に対する放射線治療後の認知力低下を改善する薬」「ドキソルビシン誘発性心臓障害の原因を特定」「分子標的薬の新作用機序が研究で明らかに」

同号原文NCIキャンサーブレティン一覧

NCI Cancer Bulletin2012年11月13日号(Volume 9 / Number 22)

日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~
PDFはこちらからpicture_as_pdf
____________________

◇◆◇ 癌研究ハイライト ◇◆◇

・脳転移に対する放射線治療後の認知力低下を改善する薬
・ブラジルの禁煙政策の徹底により死亡が減少(訳略:原文
・ドキソルビシン誘発性心臓障害の原因を特定
・分子標的薬の新作用機序が研究で明らかに
(囲み記事)その他のニュース:ラジウム223による転移性前立腺癌患者の生存率の改善
(囲み記事)その他のジャーナル記事:アジア人非喫煙女性の肺癌に関わる遺伝要因

脳転移に対する放射線治療後の認知力低下を改善する薬

一部の認知症患者の認知力を高めるためにすでに承認されている薬が、脳転移に対する治療である全脳照射(WBRT)を受けている患者の記憶力および認知機能の低下を抑制できる可能性がある。脳転移を有する患者を対象にメマンチン(Namenda)という薬剤を検証した臨床試験の結果が、10月28日に開催された米国放射線腫瘍学会(ASTRO)年次総会にて公表された。

全脳照射を受ける脳腫瘍患者の60%以上は、治療終了後4カ月以内に認知機能に関連する問題を経験すると、本試験を主導する医師のメイヨークリニックがんセンターのDr. Nadia Laack氏は記者会見で述べた。同氏によると、NCI支援による試験の目的は、メマンチンにより無増悪生存率あるいは全生存率が改善されるかどうかではなく、メマンチンにより患者の記憶力の低下が防止できるかどうかを検討することであったという。

腫瘍放射線治療グループにより施行された、RTOG-0614と呼ばれる第3相ランダム化試験では、550人以上の患者が登録され、全脳照射の治療中およびその後6カ月間にメマンチンまたはプラセボの投与を受けた。研究者らは、患者の記憶力および情報処理能力や決断力などといった認知機能について、治療の前後に評価を行った。しかし本試験に参加した患者の多くは死亡または癌が進行したため、24週以降に評価できたのは149人のみであった。

疾患が進行した患者の多くは、「検査を拒否したため、事実上、進行が認められなかった患者を評価した部分が大きかった」と、Laack氏は電子メールにて述べている。

メマンチンによる治療を受けた患者では、記憶力の低下が出現するまでの時間が長く、また比較的軽度であったが、その改善は統計学的に有意ではなかった。しかし、認知力低下リスクは17%減少し、統計学的に有意であった。

「メマンチンの投与は6カ月の時点で中止されたが、その認知機能に対する効果は試験の実施期間中ずっと継続したことから、メマンチンは単に認知機能障害を治療するというよりもむしろ、放射線傷害を防いでいることが示唆された」とLaack氏は語った。

試験の結果に基づき、メマンチンは、脳転移の治療のために全脳照射を受ける患者に対する標準的治療として使用されるだろうとし、同氏は次のように続けた。「このことは明日の診療に影響を与えるものである。今後の試験では、メマンチンは標準薬として他の薬剤が検証される際の比較対照となるだろう」。

ドキソルビシンが誘発する心臓障害の原因を特定

ドキソルビシン投与時にときどき見られる心臓組織障害(心毒性)は、化学療法がトポイソメラーゼ‐IIβ(Top2β)と呼ばれる酵素に対し作用することにより引き起こされるとみられる。テキサス大学MDアンダーソンがんセンターのDr. Sui Zhang氏主導による、マウスを用いた研究から得られた今回の知見は、10月28日付Nature Medicine誌に掲載された。

今回の結果はTop2βが「ドキソルビシン誘発性心毒性の誘因物質であること」を示唆している、と著者らは結論づけた。この知見により、ドキソルビシンよりも心毒性の少ない医薬品開発に加え、ドキソルビシン関連の心臓障害リスクが最も高い患者を特定する試験を実現できる可能性がある、と彼らは述べた。

ドキソルビシンの抗癌効果は、ドキソルビシンがトポイソメラーゼ-IIα(Top2α)という関連酵素と相互作用することにより引き起こされると考えられている。この酵素は、癌細胞など急速に分裂する細胞内で発現するが、成熟して分裂していない細胞内にはみられない。一方、Top2βはすべての細胞中に存在しており、成熟した細胞に最も多く認められる。

ドキソルビシンはTop2βとも相互作用するため、研究者らは、ドキソルビシンがこの酵素へ作用することにより成熟した心筋細胞に障害を与える可能性があると提唱した。そこで、その試験のために、マウスの心筋細胞にTop2βが発現しないよう遺伝子操作した。

正常マウスにドキソルビシンを投与したところ、心筋細胞での遺伝子発現に変化が認められたが、心臓にTop2βが欠損したマウスではそれが見られなかった。変化の多くは、細胞死(アポトーシス)やミトコンドリア(細胞内に存在し細胞が使うエネルギーの大部分を産生する構造体)機能を制御する細胞内シグナル伝達経路内に生じた。

心臓へのドキソルビシン誘発性障害を評価するため、心筋細胞中のアポトーシスレベルを測定したところ、ドキソルビシン投与後にみられる死滅しつつある心筋細胞は、Top2β欠損心臓マウスでは正常心臓マウスに比べ70%少なかった。さらに、Top2β欠損心臓マウスでは、ドキソルビシン投与から5週間経過後も心機能低下はみられなかったが、正常マウスの心機能は10%低下した。

Top2βではなく、Top2αを特異的標的とする薬剤の方が「心毒性が低いため、臨床的により有用だろう」と研究者らは続けた。また、Top2β発現を測定することで、ドキソルビシンによる心臓障害が起こりうる患者の特定が可能となる見込みがある。「これらの予測は、動物およびヒトで検証することができる」と結論づけた。

本研究は、一部米国国立衛生研究所の助成を受けた。(CA102463)

分子標的薬の新作用機序が研究で明らかに

ポリADPリボースポリメラーゼ(PARP)阻害剤が癌細胞の増殖を阻止する新たな経路が発見された。また、類似した活性を示すと推定されていた試験的な3つのPARP阻害剤は、癌細胞殺傷能力が大きく異なることが明らかになった。NCI癌研究センター分子薬理学研究室Dr. Yves Pommier氏主導の本研究は、11月1日付Cancer Research誌に掲載された。

PARP阻害剤は、BRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子に変異がみられる女性での乳癌および卵巣癌に対し有望な抗癌活性が示されている。この薬剤は、損傷したDNAの修復を助けるPARPタンパク質の活性を阻害することにより癌細胞の増殖を阻止すると考えられている。したがって、同程度のPARP阻害作用をもつ薬剤では同等な抗癌活性がみられるはずである。しかし、PARP阻害剤を細胞に投与すると、単にPARP活性を欠失させた場合よりも強い毒性が生じることが示されており、この薬剤は第2の作用機序をもつことが示唆されている。

今回の研究で、PARP阻害剤は、DNAの損傷部位においてPARPタンパク質を捕捉し、細胞に有毒なPARP-DNA複合体を形成することも示された。形成されたPARP-DNA複合体の強度は、薬剤の癌細胞殺傷能力と相関性を示し、試験した3つのPARP阻害剤の間に大きなばらつきがみられた。これらの薬剤は現在、臨床試験で検討中である。

「PARP阻害剤は、薬剤の示すPARP阻害作用の程度に基づき同じくらいの効果を示すと予測されていたが、今回、PARPタンパクの捕捉作用の程度に関して同等ではないことがわかった」とPommier氏はニュースリリースで述べた。

今回の新たな研究により、PARPの阻害とPARPの捕捉は直接的に関連しないことが示された。Olaparib(AZD2281)が最も強力なPARP阻害剤であり、次いでveliparib(ABT-888)、niraparib(MK-4827)であった。

対照的に、niraparibあるいはolaparibを投与した細胞が最も強力なPARP-DNA複合体を形成した。 DNAアルキル化剤と併用した場合も、niraparibとolaparibは、veliparibに比べ癌細胞に対する毒性ははるかに高かった。

「われわれの知見は、臨床試験でPARP阻害剤を使用する医師は慎重にこれらの薬剤を選択すべきだということを示唆している。なぜなら、現段階で、使用したPARP阻害剤により結果が変わることが疑われるからである」と、筆頭著者であるDr. Junko Murai氏はニュースリリースで述べた。

研究者らはさらに、異なるDNA修復遺伝子が不活化された30の細胞株に対するこれらのPARP阻害剤の作用を調べた。その結果、BRCA1あるいはBRCA2機能をもたない細胞の方が、正常細胞に比べ、PARP阻害剤への感受性が高いことが確認された。本研究では、PARP阻害剤に対する細胞の感受性増加に関与しない他の遺伝子も新たに判明した。これらの結果は、どの腫瘍が最もPARP阻害剤に対し感受性が高いかを判定するのに役立つ可能性がある。

本研究は、NCIのIntramural Research Programにより支援を受けた。

その他のニュース:ラジウム223による転移性前立腺癌患者の生存率の改善骨転移のある去勢抵抗性前立腺癌の患者を対象とした試験の最終データによると、ラジウム223(Alpharadin[アルファラディン])により全生存期間が3カ月を超えて改善されたことが示された。ラジウム223は、アルファ粒子放出体と呼ばれる薬剤に分類され、骨転移を標的にする薬剤である。ALSYMPCA試験の最終結果が、米国放射線腫瘍学会の年次総会にて10月28日に発表された。試験の最終分析における全生存期間は、プラセボを投与した患者では11.3カ月であったのに対し、ラジウム223を投与した患者では14.9カ月であり、今年の初めに公表された中間解析の結果と比較し、わずかだがさらに改善が示された。ラジウム223の治療を行った患者は、骨折や脊髄圧迫などの骨関連事象を発症することなく、あるいは症候性骨転移を治療するための放射線療法を必要とすることなく、約40%長く生存した。
その他のジャーナル記事:アジア人非喫煙女性の肺癌に関わる遺伝要因研究者らはアジア人非喫煙女性の肺癌発症に関連するゲノム領域をさらに3カ所同定した。1つは第10染色体上の変異であり、残りの2つは第6染色体上にある。この研究はアジア人非喫煙女性の肺癌発症への第5、3、17染色体領域の関与に関する先行報告についても確認した。さらなる検証が必要だが、本研究では新たに同定された3つの遺伝子変異のうち1つを有する女性は、受動喫煙などの環境曝露により肺癌になりやすいことが示された。先行研究とは異なり、本研究では第15染色体の変異がアジア人の非喫煙女性の肺癌に関わっているという証拠は見つからなかったことから、この変異は喫煙と関連があることが推測される。ゲノムワイド関連研究は14研究のデータを含み、6,600人のアジア人女性肺癌患者と7,500人の非肺癌患者のゲノムを比較した。NCI癌疫学・遺伝学部門のDr. Qing Lang氏らの研究チームは今回の研究結果を11月11日付Nature Genetics誌に掲載した。本研究は国立衛生研究所(NIH)の資金援助を受けている(ZIACP010121)。

******
栃木和美、佐々木亜衣子、遠藤豊子 訳
中村光宏 (医学放射線/京都大学大学院医学研究科)、勝俣範之(腫瘍内科、乳癌・婦人科癌/日本医科大学 武蔵小杉病院)、久保田 馨 (呼吸器内科/日本医科大学付属病院) 監修 
******

【免責事項】
当サイトの記事は情報提供を目的として掲載しています。
翻訳内容や治療を特定の人に推奨または保証するものではありません。
ボランティア翻訳ならびに自動翻訳による誤訳により発生した結果について一切責任はとれません。
ご自身の疾患に適用されるかどうかは必ず主治医にご相談ください。

前立腺がんに関連する記事

前立腺がんにおけるテストステロンの逆説的効果を解明する研究結果の画像

前立腺がんにおけるテストステロンの逆説的効果を解明する研究結果

デューク大学医学部デューク大学医療センター最近、前立腺がんの治療において矛盾した事実が明らかになった: テストステロンの産生を阻害することで、病気の初期段階では腫瘍の成長が止まり、一方...
一部の生化学的再発前立腺がんに、精密医薬品オラパリブがホルモン療法なしで有効な可能性の画像

一部の生化学的再発前立腺がんに、精密医薬品オラパリブがホルモン療法なしで有効な可能性

ジョンズホプキンス大学抗がん剤オラパリブ(販売名:リムパーザ)は、BRCA2などの遺伝子に変異を有する患者に対し、男性ホルモン療法を併用せずに、生化学的再発をきたした前立腺がんの治療に...
転移性前立腺がん試験、アンドロゲン受容体経路阻害薬の変更よりも放射性リガンド療法を支持の画像

転移性前立腺がん試験、アンドロゲン受容体経路阻害薬の変更よりも放射性リガンド療法を支持

第3相PSMAforeの追跡研究研究概要表題タキサン未投与の転移性去勢抵抗性前立腺がん患者における[177Lu]Lu-PSMA-617の有効性とARPI変更との比較:ラ...
転移性前立腺がんに生物学的製剤SV-102とデバイスの併用免疫療法SYNC-Tは有望の画像

転移性前立腺がんに生物学的製剤SV-102とデバイスの併用免疫療法SYNC-Tは有望

低温プローブを用いる治験的治療では、前立腺がん細胞の一部を死滅させ、腫瘍特異的ネオアンチゲン(※がん細胞特有の遺伝子変異などによって新たに生じた抗原)を放出させ免疫反応を促進する。...