腎臓がん罹患率の世界的な差は腫瘍シグネチャーから説明できる可能性

腎臓がんのゲノム研究により、世界各地における腎臓がんの原因について新たな手がかりが得られた。

腎臓がんは、一部の国々では他国よりも多い。しかし、この地理的な違いは、タバコ喫煙、高血圧、肥満などの既知のリスク因子では完全に説明できない。

腎臓がんの罹患率における世界全体での差異をよりよく理解するために、研究者らは、腎臓がんにおけるDNA変異に関する過去最大規模の調査を行った。この研究は、腎臓腫瘍サンプルからがん細胞における変異シグネチャー(DNA変異の特徴的パターン)を同定するよう設計された。

近年、変異シグネチャーはがんの原因解明の手だてとして利用されている。例えば、がん細胞における特定のシグネチャーを、タバコの煙に含まれる化学物質や紫外線など、環境中の有害物質への曝露と関連付けている。

今回の最新研究では、11カ国の腎臓がん患者約1,000人から採取した腫瘍DNAと正常DNAの塩基配列を決定した。計算ツールを用いて、腎臓腫瘍の変異シグネチャーを見つけ、参加者の居住地別にそのパターンを分析した。

発見されたシグネチャーのいくつかは、以前の研究で同定されていたものであった。しかし、これまで報告されていなかったものもあり、腎臓がんの未知のリスク因子特定に役立つ可能性があることが5月1日付Natureで公表された。

また、今回の調査では、ヨーロッパをはじめとする世界各地に生息するアリストロキア属の植物に関連する変異シグネチャーも発見された。この調査結果から、がんの原因となりうる、これらの植物が発する化学物質への曝露が、これまで考えられていたよりもはるかに広範囲に及んでいる可能性が示唆される、と研究者らは記している。

「今回の研究は、がんの原因について新たな知見を得るために変異シグネチャーを利用する新たな機会の可能性を浮き彫りにしています」と、本研究共著者である国際がん研究機関のSergey Senkin博士は言う。

遺伝子変異のパターンを引き起こしている原因を研究者らが特定できれば、その情報は腎臓がんの予防戦略に利用できるかもしれない、とSenkin博士は付け加えた。 

変異シグネチャーを利用して謎を解明

DNA変異のような遺伝的変化は、親から受け継ぐこともあれば、生涯で特定の環境にさらされることによって生じることもある。遺伝的変化はまた、細胞がDNAをコピーして分裂する際に起こるミスから生じることもある。

しかし、すべての遺伝的変化ががんにつながるわけではない。研究者たちは、がんを進行させるDNA変化とがんを進行させないDNA変化を区別する必要がある。

「この仕事は干し草の山から針を見つけるようなものです」と、研究共著者のStephen Chanock医師(NCIがん疫学・遺伝学部門長)は説明する。

変異シグネチャーの同定もまた困難である。研究者らは、大勢のがん患者を募り、ゲノム解析を行い、各患者のがん組織と健康な組織とを比較する。

「研究者は、刑事が犯行現場で採取された指紋を使うのとほぼ同じように、変異シグネチャーを使うことができます」とChanock医師は言う。

「これらのシグネチャーを使えば、過去に起こった出来事を遡って理解することができます。シャーロック・ホームズが事件を解決するようなものです。ただし、遺伝学に関するケースですが」。

新たに判明した変異シグネチャーと新たな疑問

この新しい研究のために、研究チームは腎臓がんの中で最も一般的なタイプである淡明細胞腎細胞がん患者962人の腫瘍と健康な組織からDNAを採取した。
 
研究チームが腎臓がんに着目した理由の一つは、腎臓が体内で天然のフィルターとして機能していることである。「腎臓は血液から濾過されるDNA損傷化合物を検出するのに適した組織だと考えました」とSenkin博士は言う。

組織サンプルは、リトアニアやチェコ共和国など腎臓がんの罹患率が比較的高い国の人々と、ブラジルやタイなど罹患率が比較的低い国の人々から採取された。これらの組織のDNAは、広範に及ぶゲノム解析にかけられた。

 その結果、新たに同定された変異シグネチャーのひとつが、11カ国それぞれの腫瘍サンプルに認められた。このシグネチャーは、腎機能低下(または障害)の生物学的マーカーと強い相関があった。

この発見から、腎臓を損傷する物質が広範囲に及び、このシグネチャーの原因となっている可能性が示唆されるとSenkin博士は言う。

原因不明の別の変異シグネチャーは、日本人参加者の腫瘍サンプルの70%以上に認められたが、日本以外の国々の参加者では2%未満であった。この所見は、日本では未知の物質への曝露が蔓延している可能性を示唆している、と研究者らは結論づけた。

アリストロキア酸への曝露は、これまでの想定よりも多い?

また、アリストロキア属植物への曝露に関連する変異シグネチャーについては、ルーマニア、セルビア、タイの腫瘍サンプルのほとんどにこれらのシグネチャーがみられたが、他の地域ではまれであった。

付随論説の共著者であるFran Supek博士(コペンハーゲン大学)は、「アリストロキア属植物は何年も前から公衆衛生上の危険物質として知られており、その毒性作用の地理的分布の研究はかなり進んでいると考えられています。今回の研究は、その影響が予想以上に広範囲に及んでいることを示しています」と話す。

この植物にはアリストロキア酸と呼ばれる化学物質が含まれており、摂取するとがんを引き起こす可能性がある。世界の一部の地域では、この植物は様々な健康問題に対する薬草療法の一部として使用されてきた。

今回の研究からは、これらの化学物質への曝露の推定値が低すぎた可能性が示唆される。

例えば、東ヨーロッパの一部では、アリストロキア酸に関連するシグネチャーの範囲から考えると、数千万人もの人々がこの化学物質にさらされている可能性があると研究報告に記されている。研究者らは、曝露の源も公衆衛生上の影響も「不確かである」と指摘している。

研究から沸きあがった疑問

本研究で同定された変異シグネチャーを構成する遺伝子変化が、腎臓がんにおいて役割を果たすのか、またどのような役割なのかを知るためには、さらなる研究が必要であると研究者らは指摘している。

次の段階として、研究者らは特定の曝露を調査するためにさらなる疫学研究を行う予定である。この研究では、患者の生活習慣に関する情報を分析し、既知の発がん物質に対する特定の環境曝露が共通しているかどうかを調べる予定である。

 研究者らによれば、基礎となる変異の発生源を特定するだけでなく、将来的には、どのような集団が影響を受け、特定の曝露がどのように変異につながるかが研究で解明される可能性もあるという。
 
最終的には、このような知識は、各国における腎臓がん予防の取り組みに役立つであろう。

「本研究は、大規模で系統的なゲノム研究によって、腫瘍生物学の理解に関連し、公衆衛生に影響を及ぼす貴重な知見が得られる可能性を示しています」とSupek博士は述べた。

  • 監訳 高光恵美(生化学、遺伝子解析)
  • 記事担当者 山田登志子
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  • 原文掲載日 2024/07/01

この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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