癌ゲノムアトラス(TCGA)の膀胱がん研究により、可能性のある薬剤治療標的が明らかに―他のがんとの共通点も

米国国立がん研究所(NCI)プレスリリース

原文掲載日 :2014年1月29日

癌ゲノムアトラス(TCGA:The Cancer Genome Atlas)研究ネットワークの研究者らは、主要タイプの膀胱癌について、癌で破壊される重要な遺伝子や経路などの可能性のある治療標的を新たに特定した。研究者らはまた、尿路上皮癌として知られる膀胱癌のうち、いくつかのタイプが、分子レベルでは乳癌や頭頚部癌、肺癌の一部のタイプと類似しており、同じような増殖経路を示唆していることを発見した。

この発見は、膀胱癌の根本的な機序に関する重要な知見をもたらすものである。2014年には、1万5000人以上が膀胱癌で死亡すると推計される。TCGAは、米国国立衛生研究所に属する米国国立癌研究所(NCI)と米国国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)が共同で支援、運営している。

「TCGA研究ネットワーク研究者は、多くの一般的な癌、またしばしば難治性癌の複雑なゲノム解明を続けています。こうした発見が新たな研究の方向性を定め、新たな癌治療の開発が加速します」とNIH所長のFrancis Collins医学博士は述べた。

2014年1月29日のNature誌電子版に発表された本研究では、膀胱の筋肉に浸潤し、最も致死率が高い膀胱癌が調査対象となった。筋肉浸潤性の膀胱癌に対する現在の標準治療は、手術、放射線と化学療法を組み合わせたもの。初期治療が奏効しなかった場合の第2選択肢となるセカンドライン治療は確立されていない。またこのタイプの膀胱癌への標的薬で承認された薬剤もない。2014年には、米国で新たに約7万2000人が膀胱癌の診断を受けると推計される。

「本プロジェクトにより、膀胱癌の分子的機序、そして他の癌タイプとの関係についての理解を飛躍的に深めることができました」と、本研究の主著者で、ヒューストンにあるテキサス大学MDアンダーソンがんセンターの生命情報学(バイオ・インフォマティックス)と計算生物学部長で教授のJohn Weinstein医学博士は述べた。「最終的には、特定された分子標的により、各患者の癌の特徴に基づいて個別化した治療の実施が支援されることになるだろう」。

「最も興奮すべき事柄は、これで治療メニューと進むべき研究の方向性が定められた点です」と、本研究の上席著者の一人で、ヒューストンのベイラー医科大学の泌尿器腫瘍学部長で教授のSeth Lerner医師は言う。「現場はこの情報を活用し、非常に治療が困難な膀胱癌治療の新たな前進に向けて取り組む態勢にあります」。

研究チームは、化学療法や放射線およびそれ以外のいかなる治療も受けていない患者から採取した131の筋肉浸潤性膀胱癌の研究から生成したタンパク質データと、DNA、RNAを分析した。この結果、これまで著しい変異として知られていなかった9つの変異を含め、32の遺伝子で反復変異が発見された。研究者は腫瘍サンプルの半数近くから、TP53遺伝子の変異を発見し、また44%の腫瘍で(一般的に癌に影響を与える)RTK/RAS経路における変異やその他の異常が認められた。TP53は、細胞分裂の制御を助けるp53腫瘍抑制タンパク質を生成する。RTK/RASは細胞の成長と発達制御に関わっている。

研究者はさらに、今までに研究された他の一般的な癌と比べ、膀胱癌ではクロマチンを制御する遺伝子変異の頻度が高いことを示した。クロマチンは細胞核内のDNAとタンパク質の複合体で、遺伝子発現の仕方を決めている。これらの知見は、クロマチン再構築における変化を標的とする治療法開発の可能性を示唆している。

全体としては、評価した腫瘍の69%で薬剤の可能性のある標的が特定された。ERBB2、すなわちHER2遺伝子にも、頻繁な変異を認めた。研究者はまた反復変異とともに、FGFR3といった他の遺伝子やPI3-Kinase/AKT/mTOR経路における融合なども特定した。PI3-Kinase/AKT/mTOR経路は細胞の分裂と成長の管理を助けるもので、すでにこれを標的とする薬剤が存在する。

HER2遺伝子と同遺伝子によりコードされ、細胞の成長と発達に影響するHER2タンパク質は、乳癌のかなりの部分に関係しているため、研究者らは乳癌向けに開発中の新たな薬剤が一部の膀胱癌患者の治療として有効であるかどうかを知りたいと考えていた。

「われわれは罹患臓器に基づいて医療ケアを組み立ててきました」と、Lerner医師は言う。「それぞれの癌は、罹患臓器ごとに特有の特徴を持っていると考えてきたのです。分子レベルでは、異なる臓器を侵している個々の癌が非常に類似しているなど、こうした癌の分類を超える知見が増えてきています。標的薬が前臨床及び臨床開発に進むにつれ、乳癌患者の10%とか、膀胱癌患者の5%とかではなく、最終的には標的が発現している複数の腫瘍タイプを治療するという論理になると思います」。こうしたテーマは、TCGAの全癌プロジェクトにも共通している。全癌プロジェクトは、癌の性質と増殖についてより国際的な理解を深める目的で、癌タイプにかかわらず横断的に遺伝子の類似性を特定することを狙っている。

「癌の間で、われわれが将来利用できるような遺伝子的共通点があることが明白になりつつあります」と、NHGRI所長のEric D. Green医学博士は述べた。「TCGAは、新たな癌治療開発について可能性のレパートリーを与えてくれます」。

研究者らはまた、ウイルスと膀胱癌との関連の可能性も明らかにした。動物パピローマウイルスが膀胱癌を起こすことは知られている。ごく少数の事例で、ウイルスのDNA、とりわけ子宮頸癌の原因となるウイルスでもあるHPV16のDNAが、膀胱腫瘍から発見された。これはウイルス感染が膀胱癌の増殖に寄与したことを示唆している。

膀胱癌では、タバコも顕著なリスク要因である。本研究で分析した事例の70%以上は、喫煙者か元喫煙者で発生していた。しかし分析では、喫煙歴のある患者とない患者に発生した腫瘍の間に、大きな分子レベルの相違は見つからなかった。

「TCGAネットワークによる膀胱癌の明確な分子描写により、多数の有望な潜在的治療標的を見出すことができた。こうした治療標的は、膀胱癌の既存および新たな治療薬剤の活性を研究する上での青写真を与えてくれます」と、NCI癌ゲノムセンター所長の Louis Staudt医学博士は話した。

TCGAデータは、TCGAデータポータルhttp://tcga-data.nci.nih.gov/tcgaと癌ゲノム・ハブ(CGHub)https://cghub.ucsc.eduで自由に利用できる。

TCGA研究ネットワークは現在までのところ、以下の癌に関する分析結果を発表している。
多形性膠芽腫瘍(http://cancergenome.nih.gov/newsevents/newsannouncements/news_9_4_2008)
卵巣漿液性腺癌(http://cancergenome.nih.gov/newsevents/newsannouncements/ovarianpaper)
大腸腺癌(http://www.cancer.gov/newscenter/pressreleases/2012/TCGAcolorectal)
肺扁平上皮癌(http://www.cancer.gov/newscenter/newsfromnci/2012/LungSquamousTCGA)
浸潤性乳癌(http://cancergenome.nih.gov/newsevents/newsannouncements/breastserovca)
子宮内膜癌(http://www.cancer.gov/newscenter/newsfromnci/2013/TCGAendometrial)
急性骨髄性白血病(http://www.cancer.gov/newscenter/newsfromnci/2013/TCGA_AML)
腎臓癌(腎明細胞癌)(http://www.cancer.gov/newscenter/newsfromnci/2013/TCGArenalClearCell)
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この研究はNIHより以下の助成金を受けている。U54HG003273, U54HG003067, U54HG003079, U24CA143799, U24CA143835, U24CA143840, U24CA143843, U24CA143845, U24CA143848, U24CA143858, U24CA143866, U24CA143867, U24CA143882, U24CA143883, U24CA144025

参考文献:The Cancer Genome Atlas Research Network. Comprehensive molecular characterization of urothelial bladder carcinoma. Nature誌2014年1月 29日電子版掲載。 DOI: 10.1038/nature12965.

研究ネットワークは、全米数十の医療機関から150人以上の研究者が参加している。参加研究者一覧は、http://cancergenome.nih.gov/abouttcga/overview でご覧いただけます。Quick Facts, Q&A, graphics, glossary, a brief guide to genomics や報道用画像等を含む癌ゲノムアトラスに関する詳細は、http://cancergenome.nih.govをご覧下さい。

原文

翻訳担当者 片瀬ケイ

監修 石井一夫(ゲノム科学/東京農工大学)

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