NIHの研究チームが皮膚癌の全エクソーム配列決定を完了:悪性黒色腫の遺伝子像を最も包括的に捉えた研究
NCIニュース
米国国立衛生研究所(NIH)の研究者を主体としたチームが初めて、悪性黒色腫のゲノム像、すなわち最も死亡率の高いタイプの皮膚癌のDNAコードを系統的に調査した。研究チームは、タンパク質遺伝子を含むゲノムの1~2%を解読する手法である全エクソーム配列決定を用いて驚くべき新発見を行った。この研究はNature Genetics誌2011年4月15日号電子版速報で発表された。
悪性黒色腫は最も重篤なタイプの皮膚癌で、発生率が最も増加している癌である。主因は日光、特に紫外線を過度に浴びることと考えられており、紫外線が皮膚細胞内のDNAを損傷して癌の原因となる遺伝的変化を引き起こす。
「今やゲノム解析が癌の診断や治療に大きな影響を与えることは明らかです」と米国国立ヒトゲノム研究所所長Eric D. Green医学博士は述べている。「この研究は基礎科学、臨床研究、ゲノム配列決定やデータ解析を最良の形で結集したものです」。
研究チームは包括的なゲノム解析を行い、悪性黒色腫のゲノムの機能的要素、特に遺伝子の変化、すなわち変異を調べた。細胞内で遺伝子変異が最も蓄積した段階である疾患の進行期、すなわち転移期が研究された。
「悪性黒色腫は変異率が非常に高いため、研究が最も困難な固形癌の1つです」と、米国国立ヒトゲノム研究所所内研究部門癌遺伝学分野の研究者である筆頭著者Yardena Samuels博士は述べた。「全エクソーム配列決定は最も重要な変異の同定に役立つでしょう」。
米国国立ヒトゲノム研究所の研究者とボルチモアのジョンズホプキンス大学キンメルがんセンターの共同研究者がこの新研究の設計と解析を行い、米国国立癌研究所(NCI)の研究者とヒューストンのテキサス大学MDアンダーソンがんセンターおよびコロラド大学デンバー校医学部の共同研究者が悪性黒色腫の腫瘍検体を採取した。
「この研究は、臨床情報を含む質の高い腫瘍検体を保存することがいかに有益かを表す好例です」と共著者のNCI外科部門チーフSteven Rosenberg医学博士は述べた。「それに加えてこの研究は基礎科学と臨床医学を結びつけることの重要さをまざまざと示しています」。
研究の第一段階として、米国国立ヒトゲノム研究所の研究者は14の転移性悪性黒色腫検体と、NCIで保管されていた検体から適合する血液試料を入手した。NIHの所内配列決定センターで、28の検体の全エクソーム配列解析が実施された。
エクソーム配列データは、多量の解析結果の全体から機能的に重要な突然変異を特定するために、いくつかの解析段階を経なければならない。解析の第一段階で、体細胞変異と呼ばれる腫瘍内で散発的に発生する変異を、遺伝性の変異から区別した。この段階では、血液検体でみとめられた変異と、この検体者から採取した腫瘍細胞における変異との比較が行われる。正常組織でも発生する腫瘍の変異は、次段階の解析対象から除かれた。
多くの体細胞変異には、発生するが腫瘍形成に関係がないと思われる何千もの変異が配列に含まれる。これらはおそらく単に同乗しているだけということで、パッセンジャー(乗客)変異と呼ばれる。研究者らはパッセンジャー変異とドライバー(運転手)変異の発生する割合、すなわちバックグラウンド変異率を導き出した。この統計値は癌の種類ごとに異なる。この研究では、この点に関して悪性黒色腫の変異解析でこれまでで最も包括的なデータが示された。
研究チームは、一塩基多型データベース(dbSNP)や1000ゲノムプロジェクトなどのデータセットですでに調べられている遺伝性の遺伝的変化を、次段階の解析対象から除外した。さらに、異種間で保存された遺伝子に着目した生物情報解析によって、機能的調査をさらに行う価値があるのはどの変異かを考慮した。「変異のほとんどはパッセンジャー変異です。つまり、悪性黒色腫で機能的役割を担っていません」とSamuels博士は述べた。
パッセンジャー変異を除外した後、研究チームは悪性黒色腫を引き起こす可能性が最も高いものに焦点を絞ることができた。研究者らは高頻度で体細胞変異を生じさせると思われる68の遺伝的変化を同定した。次に、バックグラウンド変異率と研究対象腫瘍にみとめられた変異ごとの変異数をもとにして、悪性黒色腫のドライバー変異と思われる16の遺伝子を同定した。その16の遺伝子のうち、これまで悪性黒色腫との関連が示唆されていたのは癌遺伝子のBRAFのみであった。
イオンチャネル型グルタミン酸受容体遺伝子であるGRIN2Aは、新たに悪性黒色腫との関連性が示唆された遺伝子の中で最も変異率が高いものであった。NCI検体では33%、NCIが保管していた検体と他の2つの施設からの検体を合わせたより多数の検体では25%にGRIN2A変異が含まれていた。この遺伝子はシグナル伝達経路にかかわっているため重要なのではないかと研究チームは述べている。「GRIN2Aが腫瘍抑制遺伝子ではないかという指摘もありますが、そうであるにせよ機能的研究によってそれを証明する必要があります」とSamuels博士は述べた。腫瘍抑制遺伝子は一般にブレーキの働きをし、癌の特徴である制御不能な細胞増殖を妨げる。
次に研究チームは、複数の患者の腫瘍に繰り返し生じた変異、つまり多発変異を探した。以前悪性黒色腫と関連があるとされた多発変異を持つBRAF遺伝子は、1つ以上の腫瘍で生じた変異を有する他の9つの遺伝子のなかで際立っていた。9つの遺伝子のうち7つの遺伝子における変異がタンパク質の指定に変化を引き起こしていた。この7つの多発変異がきっかけとなり、研究チームは追加の153の悪性黒色腫腫瘍においてこれらの変異を正確に調べることにした。
TRRAPとして知られるある遺伝子の変異が、別々の悪性黒色腫患者6人でまったく同じ部位で発生することから注目された。症例の約4%で、TRRAPはDNAコード鎖の1カ所に反復変異を持つ。
「これらのデータから、TRRAPはドライバー遺伝子であり、またおそらく癌遺伝子の1つだと考えられます」とSamuels博士は述べた。癌遺伝子とは癌を引き起こす遺伝子で、通常なら死滅してしまうストレス状態でも細胞が生存できるようにする。「われわれは新たな多発変異の同定を全く期待していなかったので、この研究で最も重要な発見の1つでした」と博士は述べた。
TRRAPは多くの生物種でみとめられることから、TRRAPが正常な機能にとって重要であり、この遺伝子の変異はタンパク質の機能に有害な影響を及ぼすと思われる。TRRAPが持つだろうと考えられる細胞生存機能を確認するため、変異細胞株TRRAPを破壊した。これらの細胞では経時的に細胞死が増加した。癌細胞は通常細胞死にいたらないため、不死化し、疾患を引き起こす。この試験では変異細胞がTRRAPに依存していることが明らかであったため、TRRAPが癌を引き起こす癌遺伝子の1つであることが示された。Samuels博士は、これはわくわくする発見ではあるが、まだ基礎科学の知見の1つにとどまっており、必ずしも治療につながるとは限らないと戒めている。
最後に研究チームは、細胞シグナル伝達経路の解析により、グルタミン酸シグナル伝達を悪性黒色腫に関わる経路と特定した。「われわれはどの変異がグルタミン酸経路に影響を及ぼすのかを調べ始めたところです」とSamuels博士は述べ、現在行っている研究は複雑な生化学に関わってくるだろうと述べた。また博士は、NIHの研究者らがグルタミン酸シグナル伝達経路の悪性黒色腫への関わりを示唆する研究をほぼちょうど8年前にNature Genetics誌(2003年4月21日号)で発表したことにも触れた。
「この研究は、われわれの所内研究者がゲノム科学と生命情報科学の最前線におり、健康と疾患に関わるさまざまな重要な問題に対処できるような、高品質のデータと解析を提供していることを実証しています」と米国国立ヒトゲノム研究所科学部長Daniel Kastner医学博士は述べた。
NISCの研究チームは、配列決定解析の過程で、Most Probable Genotypeと名付けた統計ツールを開発した。このツールは配列決定プロセスで生成されたデータの信頼性を計算するものである。「この論文は、生命活動のみに関するものではありません。われわれが提供しているのはエクソーム配列決定を行う他の研究者にとっても有益なツールであり、信頼性をもって検出されたのはどのDNA変異であるかを検証できます」とSamuels博士は述べている。
転移性悪性黒色腫の高分解能顕微鏡写真は、www.genome.gov/pressDisplay.cfm?photoID=20152とwww.genome.gov/pressDisplay.cfm?photoID=20153を参照されたい。
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米国国立ヒトゲノム研究所はNIHの27の研究所・センターの1つであり、保健社会福祉省の1機関である。米国国立ヒトゲノム研究所内研究部門は、ゲノムおよび遺伝性疾患の理解、診断、治療のための技術を開発し、実践している。米国国立ヒトゲノム研究所に関してさらに詳しい情報はウエブサイトwww.genome.govに掲載されている。
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米国の国立医学研究機関である米国国立衛生研究所(NIH)は27の施設・センターで構成され、米国保健社会福祉省の1機関である。NIHは基礎および臨床、また両者の橋渡し的医学研究を実施、支援する主要な連邦機関であり、症例の多い疾患から希少疾患まで、その原因や治療、治癒に関する研究を行っている。NIHとそのプログラムに関してより詳しくはwww.nih.govを参照のこと。
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