ストレス誘発性の免疫変化はがん転移を助長する可能性
過去数十年における研究から、お金の心配、仕事の問題、家族の緊張などの慢性的なストレスは、体内に化学変化を引き起こすことが証明されている。こうした変化は、血圧の上昇、炎症、特定のホルモンの放出など、複数の問題を引き起こす可能性がある。
いくつかの研究では、こうしたストレスによって生じる変化が、心臓病や糖尿病などの疾患、さらにはがんやがん転移のリスクを高める可能性があることが示唆されている。
新たな研究で、ストレスによって引き起こされる生物学的変化が特定されたが、ストレスが原因となって腫瘍が体の他の場所に転移することになる仕組みを説明するのに役立つ可能性がある。
この研究で、グルココルチコイドというストレス誘発ホルモンが好中球という免疫細胞に変化を引き起こす可能性があることが示された。マウスを使った実験では、グルココルチコイドへの慢性曝露により、好中球が好中球細胞外トラップ(NET)と呼ばれる構造を過剰に生成した。そして、これらの粘着性トラップによって、離れた臓器で転移がん細胞が増殖するのを助ける環境となった。
ストレスを受けた乳腺腫瘍マウスのNETを破壊する化合物を使用したところ、腫瘍が肺に転移する可能性がはるかに低かったとの研究結果が2月22日付けCancer Cell誌で報告された。
「腫瘍というと、人々はがん細胞そのもののことを思い浮かべます。しかし腫瘍には、それ以外にがんの増殖を促進することがある多種類の細胞が含まれています」と、Xue-Yan He博士(セントルイス、ワシントン大学医学部)は述べた。同博士はMikala Egeblad博士(現在ジョンズ・ホプキンス大学在籍)とともに本研究を主導した。
「転移を助ける環境から転移を抑制する環境に切り替えるには、遠隔組織の環境がどのように変化するのかを理解する必要があります」とHe博士は付け加えた。
「これは非常に興味深い研究ですが、このアイデアを臨床試験での検証に向けて進めるには、さらなる研究が必要です」と、NCIがん生物学部門のJoanna Watson博士は述べた。 同博士は本研究には関与していない。
「まずは、ストレスががん患者にどのような影響を与えるかを生物学的に特定できれば、がん患者のストレス管理や、より包括的なメンタルヘルスケアの提供の重要性が注目されます」と同じくがん生物学部門のBrunilde Gril博士は付け加えた。
転移への下準備
現代生活においてストレスは避けられない。ストレスに反応して体内で生成されるホルモンの一種であるグルココルチコイドは、人体のほぼ全種類の細胞に影響を与える可能性がある。グルココルチコイドの影響が広範囲に及んでいるため、グルココルチコイドへの過剰曝露は幅広い健康上の問題と関連付けられている。
先行研究では、グルココルチコイドとがん転移のリスクとの関連性が発見されている。数年前、He博士は、ニューヨークのコールドスプリングハーバー研究所でEgeblad博士が率いるチームの一員として、ストレスの多い環境への曝露から最終的に転移性腫瘍が形成されるまでの過程がどのように生じるのかをより広い視野で検討し始めた。
本研究の実施にあたり、研究者らはマウスのストレスをモデル化するために確立された 2 つの方法を使用した。ひとつは、継続的で低レベルの予測可能なストレスへの曝露を再現するように設計されている。もう ひとつは、断続的で予測不可能な軽度のストレスを模倣している。
これらの方法を使用して、2 つの異なる乳がんマウスモデルで慢性ストレスを誘発した。どちらの乳がんマウスモデルでも、いずれかの方法でストレスを与えた場合、ストレスにさらさなかったマウスに比べて乳腺腫瘍が大きくなり、肺転移も多くなった。
しかし、一連の追跡実験により、この腫瘍の増殖と転移の増大は、がん細胞自体に対するストレスの影響によって引き起こされたものではないことが強く示唆された。
そこで研究者らは、次の論理的な原因として、肺内に形成された転移性腫瘍の周囲の他の細胞や構造(微小環境)に注目した。
転移細胞の住み家はべとべとして厄介
ストレスを受けたマウスの肺組織の遺伝子分析から、ストレスによって肺組織に変化(免疫細胞が異常細胞を殺すのを妨げるような変化を含む)が生じた結果、その組織が転移性腫瘍にとって特に居心地のよい場所となるというはっきりとした徴候が明らかになった。
研究チームは次に、同じ方法でストレスを誘発した場合、肺組織に存在する免疫細胞にどのような影響を及ぼすかを調べた。ストレスを受けたマウスの肺ではがんと闘うT 細胞が減少していたが、この減少はT細胞に対するグルココルチコイドの直接的な影響によるものではないことが、彼らの実験によって示された。
しかし、グルココルチコイドは、免疫細胞の一種である好中球の活性を変化させるようであった。マウスにストレスを与えたり、グルココルチコイドを直接注射したりすると、好中球が肺組織に移動した。すると好中球は、別の種類の細胞を誘導してフィブロネクチンと呼ばれるタンパク質を生成させた。このタンパク質は、転移細胞にとって好ましい環境を促進することが知られている。
研究者らがマウスからグルココルチコイド誘発性好中球を除去したところ、ストレスにさらされても肺での転移性腫瘍の形成は増加しなくなった。
ストレス誘発性好中球を詳しく調べると、NET(通常、侵入した細菌を捕らえて殺すDNAと有毒酵素の網状構造物)の過剰生成の傾向など、正常な好中球の行動からの懸念すべき変化が数多く見つかった。しかし、NETが転移性がんの増殖を促す環境を提供する可能性があることも知られている。
ストレスを受けたマウスから採取された好中球は、ストレスを受けていないマウスから採取された好中球よりも多くのNETを形成することを研究者らは発見した。そして、ストレスを受けたマウス、またはグルココルチコイドを直接投与されたマウスは、ストレスを受けていないマウスよりも血中および肺中により多くのNETを有していた、とHe博士は述べた。
NETを無力化する
彼らの次のステップは、研究室で増殖させた好中球のNET産生をブロックできるかどうかを確認することであった。これらの実験により、複数の異なる種類の薬剤が、グルココルチコイドに曝露された好中球におけるNET産生を妨害する可能性があることが確認された。
最後に、He 博士らは、マウスでNETを除去した場合に肺転移に何が起こるかを調べた。
彼らは、ストレスを受けた乳腺腫瘍マウスに、NET 形成をブロックできる DNase I と呼ばれる化合物を投与した。この治療により、ストレスを受けた未治療のマウスと比較して肺転移が減少した。また、膵臓腫瘍マウスの脾臓への転移も減少させた。
現在までのところ、ストレス、グルココルチコイドレベル、NET形成とがん患者の生存とを関連付けた研究はない。そこで、He博士のチームは、乳がん患者から採取した腫瘍サンプルを使用して予備研究を実施した。
彼らはまず、慢性的ストレスにさらされると活性または発現が変化するマウスの遺伝子セットを特定した。次に、乳がん患者から採取した腫瘍サンプルで 同様の遺伝子発現の変化を探した。
腫瘍サンプルの一部で同様の遺伝子発現パターンが見つかったのみならず、ホルモン受容体陽性乳がんを患い、腫瘍にこれらの遺伝子発現パターンがみられる人々は、同遺伝子発現パターンがみられない人々ほど生存期間が長くないことも判明した。しかし、ホルモン受容体陰性腫瘍またはHER2陽性腫瘍を有する人々では同じ関連性は認められなかった。
マウス実験でNET産生を停止するために研究チームが使用したCDK4/6阻害薬などの薬剤の一部は、ホルモン受容体陽性転移性乳がんの治療薬としてFDAに承認されている。しかし、転移を防ぐためにこの戦略の利用を考える前に、人におけるNET形成を評価する研究がさらに必要であると Gril博士は説明した。
「この研究はマウスを用いて非常に厳密に行われました。しかし、薬剤でNETを標的にする前に、ストレスのせいで患者にこのNET形成が実際に起こるかどうかを確かめなければなりません」と博士は説明する。
もう一つの重要な注意点は、本研究で検証されたシナリオは、現在多くのがん患者が受けている合成グルココルチコイドへの短期曝露とは大きく異なるということだと、He博士は付け加えた。デキサメタゾンなどの合成グルココルチコイドは、化学療法の副作用に対処するために、がん治療中に一時的に使用されることが多い。
「『診療所でグルココルチコイドを使用するな』と言っているわけではありません。というのも、グルココルチコイドは治療に伴う副作用の軽減に非常に効果的ですから」とHe博士は述べた。
これらの場合、曝露期間が重要となる可能性が高い、とGril博士も同意した。「慢性的なストレスは数カ月または数年続くこともあります。それはデキサメタゾンの注射とは異なります」。
ストレスについて尋ね、対処する
本研究で明らかになった免疫系の変化は、ストレスが転移を引き起こすひとつの方法である可能性があるが、それが唯一の方法である可能性は低いとHe博士は述べた。博士のチームは現在、過剰なグルココルチコイドによって引き起こされる神経系の機能不全もがん細胞の拡散を促す可能性があるかどうかを調べている。
他の免疫細胞も、さまざまな種類のがんの原因となる可能性がある。 「好中球はがんの肺への転移を促すうえで非常に重要であることがわかりました。しかし、臓器ごとに環境が異なり、免疫細胞ごとに異なる役割を果たします」とHe博士は言う。 「グルココルチコイドが他の種類の免疫細胞に影響を与えるかどうかは、まだわかっていません」。
ストレスが転移を助長する道筋が数多く考えられることから、患者のストレスを認識し治療することの重要性が示される、とGril博士は説明した。
既存の患者報告アウトカム調査は、「ストレスのレベルを評価するのに効果的です」と彼女は述べた。
「そして現在、患者がストレスに対処し、生活の質を改善できるように、認知行動療法などの心理的介入がますます増えています。ですから、患者のストレスについて、ケアの一環として常に尋ねるようにしなければなりません」。
- 監訳 東 光久(総合診療、腫瘍内科、緩和ケア/奈良県総合医療センター)
- 翻訳担当者 山田登志子
- 原文を見る
- 原文掲載日 2024/04/02
【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】
【免責事項】
当サイトの記事は情報提供を目的として掲載しています。
翻訳内容や治療を特定の人に推奨または保証するものではありません。
ボランティア翻訳ならびに自動翻訳による誤訳により発生した結果について一切責任はとれません。
ご自身の疾患に適用されるかどうかは必ず主治医にご相談ください。
がんに関連する記事
若年AYA世代を質の高いがんケアにつなぐプログラム
2024年10月30日
毎年、約9万人の青年・若...
パンデミック後の新規がん診断件数、予想されたリバウンドはみられず
2024年10月22日
健康成人のマルチビタミン毎日摂取は、死亡リスク低下と関係がない
2024年7月11日
進行がん患者の終末期全身療法は予後を改善しない
2024年5月26日
進行が著しい固形がんを有する患者は全身療法を受けても全生存期間に有意な改善...