腫瘍溶解性ウイルスを利用した免疫系による腫瘍の攻撃が可能に

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

過去20年間のがん研究で最も重要な発見の1つは、腫瘍が免疫系に対して力場様の防御環境を作り出せるということである。ある新規研究で、がん細胞に特異的に感染可能なウイルスを利用することで、この力場を突破し、がん治療を改善する方法が発見された。

腫瘍溶解性ウイルスはがん細胞に感染するウイルスとして知られる通り、がん細胞内で増殖する。そこでウイルスは急速に増殖して、がん細胞をこじ開けて破壊し、その内容物を免疫系に曝露させる。こうしたウイルスは自然にがんを破壊するだけでなく、がん細胞に他の遺伝子を直接送達し、腫瘍を破壊する治療能力を高めるよう改変することも可能である。

腫瘍溶解性ウイルスの1つである免疫療法薬タリモジーン ラハーパレプベック(talimogene laherparepvec:T-VEC)は、転移性悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として米国食品医薬品局(FDA)から承認されている。他のがん種に対する腫瘍溶解性ウイルス療法は未承認であるが、いくつかは臨床試験中である。

NCIが一部資金を提供した今回の新規研究で、Greg Delgoffe博士(ピッツバーグ大学医学部)らは、強力ながん治療の遺伝的指令をがん細胞に直接送達できる改良型腫瘍溶解性ウイルスを開発した。

この指令によって、がん細胞はタンパク質を作成し、このたんぱく質は、別のタンパク質である形質転換増殖因子(transforming growth factor:TGF)-β(がん細胞が免疫系に攻撃されるのを防ぐ)の活性を阻害する。

頭頸部がんマウスにおいて、遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルス投与により、非遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルスが無効だった腫瘍が縮小したという研究結果がJournal of Experimental Medicine誌10月2日号に発表された。また、遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルス療法+別の免疫療法の併用療法が遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルス単剤療法と比較して、さらに効果的であることも判明した。

本研究はウイルスを用いて「ペイロード(訳注:弾頭に見立てた低分子の細胞活性阻害薬)」を送達する可能性を示すだけでなく、抗腫瘍免疫応答の抑制における「TGF-βの重要性を示すパズルのもう1つのピース」であるとJames Gulley医学博士(NCI免疫腫瘍学センター共同責任者)は述べた。

多くの治験薬はTGF-βを阻害するが、健常細胞にも影響を及ぼすため、重篤な副作用を引き起こすことが多いとGulley氏は続け、本研究で開発された腫瘍溶解性ウイルスは腫瘍細胞内でのみTGF-βを阻害し、治療による副作用を軽減できる可能性があるため、「興味深い」と述べた。

TGF-β阻害ペイロード

健常組織を損傷させずに、がん細胞に感染して殺傷できるウイルスに関しては、100年以上前から研究者らの間で知られている。こうした腫瘍溶解性ウイルスは安全とされ、その多くは臨床試験でがんに対する有望な活性を示しているが、いくつかの物流上の課題によってがん治療法としての普及が阻まれていた。

1つ目の課題として、腫瘍溶解性ウイルスががん細胞に感染する前に免疫系がウイルスを排除しないように、ウイルスを腫瘍に直接注入する必要がある。さらに、こうしたウイルスを安全に保管し、人々に投与するためには、専門的な要員や訓練が必要となる。

研究者らは、腫瘍溶解性ウイルス療法をより多くのがんに適応拡大することを目指し、こうした問題に対処している。その一方で、遺伝子工学的な手法により、より効果的にがんに対抗するペイロードを送達するために、腫瘍溶解性ウイルスを使用する方法も模索している。 

例えば、一部の腫瘍溶解性ウイルスは、免疫細胞のがん探知能力を高めるよう設計されている。本研究で、Delgoffe氏らは逆の手法を取った。それは、腫瘍細胞が免疫細胞に攻撃されないようにするシグナルを阻害するペイロードを有する腫瘍溶解性ウイルスの設計であった。

「この手法はこの分野では全く新しいものです」とDelgoffe氏は述べた。 

研究者らはまず、腫瘍内で最も強力な免疫抑制シグナルの特定から始めた。そのために、ある種の免疫療法薬に耐性を示す頭頸部がんマウスモデルを使用した。非遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルスを用いた一連の実験から、TGF-βがその耐性の重要な原因であることが判明した。

この研究結果は必ずしも驚くべきものではなかった。他の多くの研究でも、TGF-βががんの増殖に関与していることが示唆されている。そして、研究者らは何十年もの間、腫瘍内のTGF-βの活性を阻害する薬剤を見つけようとしてきたとDelgoffe氏は解説した。このタンパク質は正常細胞の機能維持にも重要な役割も果たしているため、研究者らはがん細胞内でのみTGF-βを標的とする方法を模索してきたとDelgoffe氏は述べた。

この目的のためにDelgoffe氏は、TGF-β活性を阻害するタンパク質を設計したAndrew Hinck博士(ピッツバーグ大学の構造生物学者)と提携した。両氏はTGF-β阻害タンパク質の遺伝的指令を腫瘍細胞への標的送達のために腫瘍溶解性ウイルスに挿入した。

次に、研究者らはこの遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルスを、腫瘍溶解性ウイルス耐性頭頸部がんマウスの腫瘍に直接注入した。約2カ月間で腫瘍は縮小し、約半数のマウスで完全に消失した。その上、この治療法には明らかな副作用はないとされた。

全身の細胞に存在するTGF-βを標的とする実験的治療では、これまでの臨床試験で異常出血などの副作用が懸念されていたため、この最新結果は心強いものであるとGulley氏は解説した。

腫瘍溶解性ウイルス+免疫チェックポイント阻害薬の併用療法

次に、研究者らはこの遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルスを、別のさらに侵襲性の高いがんで検証した。すなわち、免疫療法薬の免疫チェックポイント阻害薬に耐性を示すメラノーマ(悪性黒色腫)のマウスモデルで検証した。

ニボルマブ(オプジーボ)やペムブロリズマブ(キイトルーダ)をはじめとするこうした薬剤は、すでにメラノーマの標準治療となっている。こうした薬剤は一部の患者には極めて有効であるが、耐性が生じることが多い。

遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルス単剤療法を1回投与したところ、20%のマウスで腫瘍が消失した。 しかし、腫瘍溶解性ウイルス療法後に免疫チェックポイント阻害薬を投与すると、3分の2以上のマウスで腫瘍が消失した。

一方、免疫チェックポイント阻害薬単剤投与マウスや非遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルス単剤投与マウスは全て、1カ月以内に死亡した。

免疫チェックポイント阻害薬を使用する場合のように、免疫系を用いてがんを殺傷するには、免疫抑制シグナルを阻害する必要があるとDelgoffe氏は強調し、今回の新たな腫瘍溶解性ウイルス療法は「流れを変え」、かつ、「抵抗性腫瘍を感受性腫瘍に変える」方法であると述べた。

腫瘍溶解性ウイルスの限界を克服する

腫瘍溶解性ウイルスの使用促進を阻む大きな要因は現在もなお、それを腫瘍に直接注入しなければならないことであるとGulley氏は述べ、メラノーマなどの皮膚がんに対して、注入は比較的容易である一方、身体深部にある腫瘍に対しては、はるかに困難であると続けた。

そして、腫瘍溶解性ウイルスの適応を拡大するために、研究者らは「患部まで届きやすい」腫瘍溶解性ウイルスを開発する方法を見つける必要があるとGulley氏は述べた。

Delgoffe氏らは、臨床薬としてさらに開発するために、遺伝子組換え腫瘍溶解性ウイルスのライセンスをバイオテクノロジー企業に供与した。点滴によって血液の流れの中に注入することで送達しにくい腫瘍にも送達できるような治療法の改良を望むとDelgoffe氏は述べた。

  • 監訳 高光恵美(生化学、遺伝子解析)
  • 翻訳担当者 渡邊 岳
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  • 原文掲載日 2023/10/12

【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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