機能評価ツールで高齢者のがん治療に伴う副作用を軽減

健康状態を測定する高齢者機能評価と呼ばれるツールが、進行がん治療を受ける高齢者の治療計画に重要な役割を果たすことが臨床試験の結果により明らかになった。この試験のなかで、高齢者機能評価に基づき治療を受けた高齢患者は重篤な副作用の発現が極めて少なかったとみられる。

この試験では、地域の病院および診療施設のスタッフが高齢者機能評価から得られた情報やケアの推奨事項を一部の患者の治療選択に用いることができた。また高齢患者に対し、治療の強度を下げるまたは支持療法を多く取り入れる、あるいはそのいずれも実施することが可能であった。

本試験では、高齢者機能評価に基づく治療を行った患者(介入群)は、同評価に基づく治療を行わなかった患者(一般的な治療群)よりも副作用の発症頻度が低下しただけでなく、治療期間中に自宅で転倒しにくくなったことが示された。

ただし、生存期間に群間差はみられなかった。この試験の結果は11月3日付のThe Lancet誌に発表された。

疾患や身体障害など、がん以外の健康上の問題を抱える高齢者が、がんの臨床試験に参加することはまれである。NCIから一部資金提供を受け実施された本試験の主導医で、老年腫瘍科のSupriya Mohile医師(ロチェスター大学、Wilmot がん研究所)はそう説明する。

つまり高齢患者にはしばしば他にも健康上の問題がある現実では、効果的な治療と治療に伴う副作用の軽減を両立するような一般的な治療薬であっても、その最適用量がわからないことがある。

同氏は「従来から、高齢患者さんへの治療が十分でないことが懸念されていますが、加齢に伴う問題と進行がんの両方を抱える高齢患者さんにとって、現在施行されている治療はおそらく過剰だと思います」と話す。この試験では「高齢者機能評価を用いることで医師が治療方針を変え、それにより毒性の発現頻度が低下しました」。

「重要なのは、低用量の化学療法でも患者さんの生存期間に差がみられなかったということです」看護師および理学修士であるDiane St. Germain氏(NCI、がん予防部門[DCP])はこう補足する。同氏は本試験には携わっていない。

実年齢と生理的年齢

年齢は多くの点で単に数値でしかない。「高齢者だからといって全員が同じ(非高齢者とは異なる)治療を受けるべきだというのは老人差別です」とMohile医師は言う。

とはいえ、高齢のがん患者は往々にして、他に健康上の問題を抱えている。これには認知機能の問題、心疾患や糖尿病などの疾患、生理的予備能として知られる機能全般の衰えがある。生理的予備能とは「がんやそれに伴う症状、がん治療など、なにかしらダメージを受けた際にそこから回復する力のことです」とMohile医師は説明する。

高齢者機能評価では、通常の治療でほとんど測定することがない健康上の問題、併存疾患、機能障害についての情報をがん治療の一環として収集する(評価の項目例は下の表を参照)。このような評価により、がん治療に重篤な副作用を生じるリスクの高い高齢者を特定することができる。

高齢者機能評価では例えば、ある70歳患者の生理的状態は45~50歳の平均並みに健康なのか、あるいは90歳の平均に近いのかを測定するのに役立つと本試験に参加した腫瘍医であるJudith Hopkins医師(Novant Health、ノースカロライナ州)は話す。「この評価は治療による毒性の予測にも有効です」。

副作用への懸念はとりわけ治療による治癒が期待できない進行がん患者には重要である。こうした患者には、がんの症状を軽減し生活の質を向上させる緩和治療が適応となる。

「がんに大幅な改善がみられたとしても、現在自立した生活を送る高齢患者さんから、今の生活や最も大切にしている生活の楽しみを奪いたくありません」そうHopkins医師は話す。

多くの学会が、がん治療を開始する65歳以上のすべての患者に高齢者機能評価を実施するよう推奨している。しかし、この試験が行われる前は、治療による副作用の軽減につながるこうした評価が、地域の病院や診療施設で用いられているかはわかっていなかった。

NCI Community Oncology Research Program(NCORP)の拠点であるロチェスター大学と提携する米国40の地域診療施設(クラスター)にて、臨床試験は行われた。NCORPはがん臨床試験を地域の診療施設で行う支援を提供する米国内のネットワークである。クラスターとは地域のがん診療施設の集団を指し、地域ごとに同じ医師、看護師、またはその他の医療チームメンバーの少なくとも1人が所属する。

すべてのクラスターで高齢者機能評価の使い方のトレーニングを行い、評価を補助するスタッフが一時的に配置された。試験期間に70歳以上の700人を超える患者の評価が実施されたが、評価の成果は、評価結果が医師に伝えられたか否かによって異なるものであった。

一般的な治療群では、評価結果の概要を医師が入手できず、介入群では、評価結果の概要が患者管理の推奨事項と併せて担当の腫瘍医に伝えられた。

介入群では「評価結果をどうするかはその腫瘍医の自主性に任せました」とMohile医師は説明する。「ゴミ箱に捨てることもできたのです。ですが、そうはしませんでした。医師は、評価結果がまさしく重要であるとみているからです。医師は評価結果を検討し、整理して、それを治療調整の判断に用います」。

介入群では、得られた結果に基づく管理の推奨事項を1件以上実施した腫瘍医は90%を超えた。

 がん治療の忍容性を高める

腫瘍医により行われた治療調整の実例はさまざまである。

例えば、一般的な治療群の18%に対し、介入群では23%に、副作用の発現頻度が高いとされる2剤以上の併用投与に替えて、単剤による化学療法が行われた。また、一般的な治療群の35%に対し、介入群ではほぼ50%で、治療中に必要に応じた減量を実施するのではなく、通常量を下回る開始用量が用いられた。

このように治療を調整したことで、重篤な副作用の発現頻度を抑えることができた。治療期間中、疲労、悪心や嘔吐、感染症など1件以上の重篤な副作用を認めた患者は、一般的な治療群が約70%だったのに対し、高齢者機能評価の情報を用いた医師の患者では50%にとどまった。副作用軽減のため、薬剤の減量を余儀なくされた患者は、一般的な治療群はほぼ60%だったのに対し、介入群では40%強にすぎなかった。

Mohile医師は、介入群ではソーシャルワーカーや栄養士への紹介、なかでもがん以外の健康状態に応じた投薬の調整といった支持療法を受けた患者も、一般的な治療群より多かったと話す。

また、同時に複数の薬剤を併用する(多剤併用)状態は、がん治療の副作用を増強させることがあると続ける。一例として、高血圧、糖尿病、うつ病や不安症などの治療によく用いられる薬剤は、脱水症状やめまいなどがん治療において転倒の危険因子である副作用を助長させるおそれがある。

できれば「予防措置として、こうした薬剤は中止するか量を調整すべきです」。

全体的にみて、3カ月間の試験期間中に転倒を経験した患者は一般的な治療群の21%に対し、介入群では12%であった。

高齢者機能評価を実施しやすく

「これは、高齢のがん患者さんを対象に、高齢者機能評価に基づき、実施する治療法に一定の変更を加えることで、患者さんに良い影響が及ぶ、つまり、治療による重篤な副作用が減少することを示した全米規模の初の試験です」とLori Minasian医師は話す。同氏もまたNCIのDCPに所属の医師で、本試験には参加していない。

同氏は続けてこう尋ねる。「この評価の成果が実証された今、これを多様なシナリオに合わせ、さらに使いやすく簡素化を図るための改良方法はありますか」。

Hopkins医師は、多くの地域診療施設にとって、現在行われているやり方でこうした評価を実施するのは難しいだろうと言う。「ほとんどの医療機関には、この評価を日常的に行う専任スタッフがいないのが現状です」。

NCORPの診療施設のなかには、この試験の参加に登録したにもかかわらず、こうした人材確保の問題により、試験の期間中一時的に支援を受けながらも患者の登録に至らなかった施設もあると説明する。「初診にかかる時間は30~45分あるいは1時間というところですが、高齢者機能評価を実施すると平均で20分ぐらい長くなります。そこが大きな課題です」。

米国臨床腫瘍学会(ASCO)のワーキンググループの一員であるHopkin医師とそのメンバーは現在、項目の大部分を自宅や待合室で患者や家族が記入できる簡易版の高齢者機能評価を作成中である。

「残りの箇所は、医師が患者さんの病歴聴取や診察をしながら記入することができます」。

「来年には医師に配付できるひな型が完成するでしょう。そうすれば、診療に支障を来すことなく患者さんのケアを充実させることができます」。チームでは、地域の腫瘍医にこの評価の使い方と読み方、および患者ケアへの活かし方を指導するトレーニングビデオを制作することも考えている。

同氏はまた、さしずめ、治療開始前に高齢者機能評価を希望する高齢者は、居住地域に老年医学の専門家がいれば、その医師に評価してもらうことができるとも話す。「腫瘍科への来院とは別にスケジュールを組むことができます」。

さらに、自身の病院や診療所で高齢者機能評価をすぐに実施したいと考えている医師にはそうした資料も用意されていると言う。例えば、老年腫瘍学研究者の団体であるがんと加齢研究グループは、高齢者機能評価に関心のある腫瘍医とすでに診療にこの評価を取り入れている全国の腫瘍医を結びつけ、助言や指導を行う計画をしている。

高齢者機能評価の恩恵を最も得られるのはどのような高齢者かを把握するには、引き続き研究が必要であるとSt. Germain氏は説明する。高齢がん患者全員に高齢者機能評価の全項目をもれなく実施することは難しく、また必ずしも必要ではないと考えられるため、がんの種類によってどの項目が最も有用なのかも明らかにする必要があると言う。その項目は、例えば早期の乳がんと急性白血病の患者とでは異なるかもしれない。

「とはいえ、高齢者機能評価の成果はすでにはっきりと現われています。次のステップは、評価を簡素化し、患者さん側と診療者側の双方にメリットがあるよう、特定の集団に合わせて改良することです」。Minasian医師はそう話す。

翻訳担当者 伊藤美奈子

監修 東 光久(総合診療、腫瘍内科、緩和ケア/福島県立医科大学白河総合診療アカデミー)

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