心疾患―がん治療の心臓副作用の研究

およそ100人の研究者らが、6月にメリーランド州ベセスダの米国国立衛生研究所(NIH)のキャンパスで行われた研究会に参加した。それは一部のがん治療において、重要であるが正しく評価されていない副作用である心疾患についての研究会であった。

特定のがん治療は、心臓と心血管系に障害をもたらす可能性がある。高血圧、心拍リズムの異常、および心不全などの副作用は、化学療法および放射線療法だけでなく、標的療法や免疫療法など新たな形態のがん治療によっても引き起こされる、または悪化する可能性がある。

「がん治療は、心臓を含む多くの臓器および臓器系に影響を与えます」と、Saro Armenian整骨医学外科学博士/公衆衛生学修士は研究会で語った。治療中、患者に心臓副作用が発生したとき、医師は治療量を修正するか完全に治療を中止してもよいと、シティ・オブ・ホープ総合がんセンターでがんの小児患者の治療にあたるArmenian博士は報告した。

しかし、一部の心臓副作用は、患者の治療終了後、数年間、場合によっては数十年間にわたり発見されないままとなる。「現在、がんと診断された患者は以前よりも長く生存し、その結果、これらのサバイバーの多くで遅発性の心血管作用が生じています」と、米国国立がん研究所(NCI)がん予防部門副部長のLori Minasian医師はインタビューで語った。

近年研究者らは、心毒性としても知られる、がん治療における長期の心血管副作用の系統的に報告し始めたと、Minasian医師は続けた。

治療に関連した心毒性の転帰改善についての研究会において、政府、学界、および民間企業の参加者らは、現在時点での知識の空白部分を特定し、今後の研究の優先事項について議論を行った。米国国立がん研究所と米国国立心肺血液研究所(NHLBI)は、研究会を共同で開催した。

治療に関連した心臓副作用の領域を研究する

研究会では、目まぐるしく変化するがん治療や治療の組合せに関連する心臓副作用を特定し研究する、腫瘍循環器学として知られる分野における課題が浮き彫りとなった。

たとえば、近年ますます多くの免疫療法が診療所で行われるようになり、研究者らは、免疫療法の一部の薬剤によって治療中に発生する可能性のある特定の心臓副作用を発見しはじめた。

免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれる免疫療法薬を投与されたごく一部の患者で、心筋炎として知られる心筋の炎症が発症したことが、近年の研究により示された。この研究では、重度の心筋炎を発症した患者のおよそ半数が、心筋炎により死亡した。

「少数の、しかし有意な数の患者において、心臓に直接関与する免疫チェックポイント阻害剤による致死性転帰がみられました」と、バンダービルト・イングラムがんセンターの腫瘍循環器学プログラムの責任者であり試験の主導者であるJavid Moslehi医師は語った。(チェックポイント阻害剤を投与された患者における心筋炎の発症率は1%前後であると、他の研究により推定された)。

チェックポイント阻害剤による心筋炎の研究は「話題を集めてきた」が、他の多くのがん治療により心血管の有害事象が引き起こされる可能性があると指摘した。

過去数十年にわたり多くの心毒性研究で注目されてきた一般的に使用される化学療法薬に関して、「われわれは、ドキソルビシン以外の抗がん剤による他種の心血管毒性に十分注目せずにいます」と、Moslehi医師は続けた。「われわれはより広い視野をもつ必要があります」。

デューク大学の腫瘍循環器学の共同責任者であるSusan Dent医師は同意を示し、医師と患者が抗がん剤を診療所で用いるときに、これらの薬により生じうる心臓副作用の情報を必要としていると指摘した。

「われわれは、抗がん剤に関連する心毒性試験の設計に十年も待ちたくはありません」という。

早期に死亡した患者のエピソード

心毒性の重篤な性質を説明し問題を身近なものとするため、数人の発言者が、がん治療に関連する心疾患で早期に死亡した個人のエピソードを研究会で共有した。その中には、Ellen Stovall氏のエピソードも含まれていた。

米国国立がん研究所諮問員を務め、がんサバイバーの有名な支持者でもあるStovall氏は、3つの異なるがんに対して何年も治療を受けていた。同氏は一部の治療により慢性的な健康問題が発生し、約2年前69歳で突然死亡した。死因は、がん治療に関連する心血管疾患の合併症であった。

研究会で議論された別の例は、トリプルバイパスの緊急手術を行うこととなった、複数のがんの治療に関連して心疾患を発症した女性であった。彼女は47歳で死亡した。

50歳を前に、「1つのがんを治癒するどころか、2つ目のがんが発生し、結局治療に関連するトリプルバイパス手術を行うことになるような心疾患を発症してしまいました」と、Dent医師はコメントした。

臨床的判断を行うには研究が必要である

がん治療および心臓副作用について臨床的判断を行う一助とするためにも、より多くの研究が必要とされている。「がん専門医および心臓専門医は、患者のケアについて証拠に基づいたガイドラインを実施できることを望んでいますが、より多くの研究が必要です」と、Minasian医師は語った。

スローンケタリング記念がんセンターのがん専門医であるChau Dang医師は、この重要な問題を「誰が、いつ、どのようにすべきか」に要約した。すなわち、誰が心血管疾患を観察すべきか、いつ観察すべきか、どのように観察すべきかということである。

研究会では、心筋が障害を受けたときに放出されるタンパク質複合体であるトロポニンなどの、心臓または心血管の障害のバイオマーカーに関する議論も行われた。これらのバイオマーカーは、がん治療により心臓副作用が誘発されたがん患者のためというより、心疾患の患者のために開発されたものである。

したがって、心血管障害のバイオマーカーが心臓副作用のリスクを評価するのに使用できるか、またはがん治療中の患者や長期サバイバーの心血管の健康状態を観察するのに使用できるかは明らかではない。「抗がん剤による心筋障害パターンが本来の心疾患における障害パターンと同じであるかはわかりません」と、Minasian医師は語った。

それでもなお、患者ががん治療による心血管障害を受けているか、そして、特に画像検査などの他の検査も用いるときにこのようなバイオマーカーをどのように使用すべきかを評価するため、バイオマーカーの有用性を確立する必要性があると数人の発言者は強調した。

「現在、バイオマーカーと画像検査をどのように組み合わせて、どの患者にいつ使用するべきかは明らかになっていません」と、Dent医師は語った。

がん治療がどのように心血管系に害を与えるかを理解する

「現在あるのは、幅広く比較的特異性の低い心臓障害のバイオマーカーです」と、ベスイスラエル・ディーコネス医療センターの腫瘍循環器学プログラムの心臓専門医であるAarti Asnani医師はインタビューで語った。

新たなバイオマーカーを開発するには「心毒性の機序に対するより深い理解と、検証を行うためのより大規模なランダム化臨床試験」が必要であると指摘した。

研究会では、がん治療がどのように心血管系に害を与えうるかをより多く学ぶ重要性も、数人の参加者が強調した。どの患者が心臓副作用を発症するリスクを有するか予測するためのよりよい方法やそのリスクを減少させるための戦略などの切望されている研究ツールを開発するために、この情報を使用できるであろうと、Dent医師は報告し述べた。

「それぞれの抗がん剤は、さまざまな機序でさまざまな心血管の問題を引き起こします」と、Moslehi医師は語った。「前進するためには、心血管毒性の性質を知る必要があります」。

患者を経時的に追跡する大規模臨床試験により、研究者らはいつどのように長期の心臓副作用が発生するかの考察を得ることができると、Armenian医師は指摘した。

一例:心臓副作用と乳がん

過去10年にわたり、乳がんは心臓副作用の研究の焦点であった。これは一つには、乳がんの特定の治療法によりこれらの副作用が引き起こされることが知られていたからである。

この証拠に基づき、アメリカ心臓協会は先日、心血管疾患と乳がんについての貴重な科学的声明を発表した。一部の乳がんサバイバー、特に高齢のサバイバーにとって、心血管疾患で死亡するリスクはがんで死亡するリスクを超える可能性があると、この声明はいう。

コロンビア大学医療センターのハーバート・アービング総合がんセンターで乳がんの試験を行うDawn L. Hershman医師は同調した。「実際、われわれは乳がんの治療について多大な進歩を成し遂げました。今日では、初期ステージの乳がんと診断された女性は、がんよりも心疾患で亡くなる傾向にあります」と、インタビューで語った。

HER2標的療法、ドキソルビシンおよび放射線療法などの一部の乳がん治療は心臓副作用を引き起こすことが知られているが、他の要因が同様に患者の心血管の健康状態に影響を与える可能性もあると、同医師は指摘した。

「問題の重要点は、心臓および血管のリスク因子が、がん患者については常に良好に管理されているわけではないということです」と説明した。「女性が乳がんと診断されるとき、彼女の他の健康状態についての治療、たとえばコレステロールや糖尿病の管理などが順守されにくくなることが多いのです」。

がんサバイバーが有するがんと心疾患の二重のリスクにより、がん専門医と心臓専門医の両者への課題が生まれたと、Minasian医師は報告した。「問題は、われわれが両方の疾患のリスクを管理し、人々が健康に生存し実りある生活をするための手助けをすることができるかということです」と語った。

目標は、がんと診断されたときに患者の心血管疾患のリスクを理解することと、がんの治療中およびその先にわたってそのリスクを管理することであると説明した。患者がすでに心血管疾患を有する場合、その疾患はがんとともに管理されることになるであろうと付け加えた。

心臓副作用への認識を深める

米国人口の高齢化、およびがんケアの継続的な進歩により、心毒性は今後何十年にわたり大きな懸案事項となりそうであると一部の研究者は警告した。

しかし、心臓学と腫瘍学分野の同僚の多くは概してがん治療の心臓副作用に精通していないと、数人の発言者は報告した。

「医師、薬剤師、看護師を含むヘルスケアチームすべてのメンバーが、がんサバイバーにおける心血管の健康の重要性を伝えていく必要があります」と、Dent医師は語った。

患者およびサバイバーにも同様に重要性を伝える必要があるとMinasian医師は付け加え、心毒性に対して進歩を遂げるには研究者らが協力することが重要であるとし、「心臓専門医とがん専門医が協力し、いずれのグループでも単独で答えを出せないような心毒性の根本的な問題について答えを出すことが必要です」と語った。

外科医の存在は患者が必要とする治療を受ける一助となる

一部の病院とがんセンターは、心臓副作用のリスクを軽減しながらがん患者への治療を行いやすくするために、多職種チームを発足させた。

たとえばテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターにおいて、Cezar A. Iliescu医師は、介入腫瘍循環器学として知られる新たな分野の一翼を担っている。これらの医師および研究者らは、がんと心疾患の両方を有する患者が必要ながん治療を受けることを可能にする、複合的な治療を専門とする。

「われわれは、虚弱患者を含むがん患者が必要とするどのような心血管治療でも、彼らの併存症にかかわりなく行うことができます」と、Iliescu医師は語った。「われわれは、患者が心血管疾患により死亡することはないと、強い自信をもって言えます」。

MDアンダーソンの研究者らは、彼らの研究の結果を発表しており、その中にはがん患者における急性冠症候群の臨床管理の報告も含まれている。

「これらの患者のケアをどのように行うかについてのデータは世の中に多く存在しないため、われわれの経験を共有したいのです」と、Iliescu医師は語った。「これは非常に興味深く活発に研究されている分野です」。

翻訳担当者 串間貴絵

監修 東 光久(総合診療、腫瘍内科、緩和ケア/福島県立医科大学白河総合診療アカデミー)

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