塩の注入は癌の治療法ではない

英国医療サービス(NHS)      

2014年8月13日水曜日                                                                                                      

 『塩の注入は、細胞に自己破壊を生じさせることで「癌細胞を死滅させる」』とMail Online誌が報じた。

 このような見出しに反して、塩を用いた新たな癌の治療法は現時点では存在しない。Mail Online誌は、研究室での初期段階の実験で、細胞内の塩化ナトリウム(塩)量の増加がどのように細胞を死滅させるかが判明したと報告している。研究者らは癌には塩を注入してはおらず、細胞内に塩が満たされる方法を開発したのである(見出しから想像されるような針や注射器を用いたわけではない)。実際には、塩素イオンに結合し、それを細胞内に取り込ませる2つの新たな分子を作成した。この塩素イオンの増加によって、ナトリウムも細胞内に移動し、塩化ナトリウムが増加する。

 研究者らは、細胞内で塩分濃度を増加させると、細胞が死滅することはすでに知っていたが、その理由を知りたかった。

 研究室の正常細胞および癌細胞で塩分濃度を増加させると、「カスパーゼ依存性経路」といわれる細胞が元来有する機構の1つによって細胞死が生じることがわかった。これは現在抗癌剤によって引き起こされている経路とは異なる細胞死の経路である。研究者らは、この知見を用いて、新たな癌の治療薬が開発できると期待している。

 研究の由来

本研究は、韓国、米国、英国、サウジアラビアの研究者らが行った。本研究はNational Creative Research Initiative programme(韓国)、エネルギー省(米国)、物理科学研究委員会(英国)、European Union Marie Curie Career Integration grantの資金提供を受けた。

 また、論文審査のある専門誌であるNature Chemistry誌に掲載された。

 Mail Online誌での本研究の報道記事のほとんどは正確であったが、その見出しは細胞への塩の注入で癌を死滅させることができることを示唆するものであった。しかし、それは事実ではない。細胞内の塩分濃度が増加すると、どのように細胞(正常細胞および癌細胞)が死滅するのかを研究者は突き止めた。本研究は、ヒトやその他の動物ではなく、研究室内の細胞でのみ実施した点に注意しなくてはならない。

研究の種類

 本研究は研究室での一連の実験で、研究者らが塩素イオントランスポーターとしてデザインした物質を検証するためにデザインされた。また、細胞内で塩化ナトリウムが増加すると、どのように細胞死が生じるかについてさらに理解したいと考えた。機序を理解するということは、将来の研究で、正常細胞を保護しつつ、癌細胞において標的となる方法を検討できることを意味する。

 研究内容

細胞膜を用いた多くの分子での実験を実施し、塩素イオントランスポーターとしてデザインした物質を検証した。その後、癌細胞内の塩分濃度を上昇させ、細胞死の背景にある基礎となる機序を解明した。

また、ナトリウムチャネルから細胞に入ったナトリウム量に対するこの物質の影響およびカリウムやカルシウムなどの他の陽イオンへの影響の有無を検討した。

 実験室の研究において、ヒトの前立腺および肺の正常細胞、ラットの腎細胞、ヒトの肺、膵臓、大腸、子宮頸部の癌細胞を調べた。これらの研究は細胞内での塩化ナトリウム(塩)量の増加が、どのように細胞を死滅させるかを調べることを目的とした。

 追加の試験では、細胞外のナトリウムまたは塩素イオン量を減少させ、それが細胞の塩分濃度上昇能に及ぼす影響を検討した。アミロライド(高血圧や心不全の治療に用いる)を用いて、ナトリウムチャネルを遮断する効果を検証した。

 結果

 研究者らは、塩素イオンに付着し、細胞内に移動する塩素イオン量を増加させる2つの新たな分子を作成した。細胞内の塩素イオン量が増加したことで、より多くのナトリウムが細胞内に移動した。この過剰な塩化ナトリウムは「カスパーゼ依存性経路」(抗癌剤によって通常誘発される経路とは異なる)により細胞死を引き起こした、細胞死は、使用した正常細胞と癌細胞の両方のあらゆるタイプの細胞で生じた。

 開発されたその2つの分子は細胞内のカリウムまたはカルシウム濃度に影響しないことがわかった。

 この経路による細胞死は、細胞外のナトリウムまたは塩素イオン濃度が低いときには生じなかった。また、細胞内へのナトリウムの移動の増加を阻害するアミロライドに細胞が浸漬されていたときにも生じなかった。これらの実験は、カスパーゼ依存性経路による細胞死を引き起こすには、塩素イオンまたはナトリウム(つまり塩)の両方が細胞内に必要であることを示唆した。

結果の解釈

研究者らの主な解釈は、「合成トランスポーターを用いてCl(塩素イオン)およびNa+(ナトリウム)の流入を誘発でき、これによって活性酸素種(ROS)濃度を増加させ、ミトコンドリアのチトクロムc放出、カスパーゼ依存性経路によるアポトーシス細胞死の誘発を引き起こします」というものであった。「したがって、イオントランスポーターは細胞内プロセスを調節する魅力的な手段です。このプロセスは通常、ホメオスタシスによって厳重に制御されています」。

結論

 これは新たな癌治療薬開発の初期段階であり、実験はヒトを対象としておらず、塩を癌に注入していないことに注意すべきである。塩を用いた新たな癌治療法はない。

 しかし、この研究は細胞内の塩分濃度の増加が、細胞死を引き起こす細胞の経路の1つを活性化する仕組みを明らかにした。

 塩素イオンを輸送する2種類の分子が開発された。細胞内の塩素イオン量を増加させると、より多くのナトリウムが細胞内に流入した。これにより、実験室の研究において、さまざまな種類の癌細胞や正常細胞で細胞死が生じた。

 これらの基礎となる機序を理解すれば、新薬開発への道を開くことになる。しかし、本技術を用いて癌細胞のみを標的とし、正常細胞に損傷を与えない方法でなければならないため、この方法に基づいて新薬が開発されるのはまだ先のことである。

翻訳担当者 吉田加奈子

監修 大野智(帝京大学/東京女子医科大学)

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