がんサバイバーの声で抗がん剤の投与量を再検討

2019年、転移性乳がんに対する2回目の放射線治療を終えたKimberlyに対して、腫瘍医は分子標的薬パルボシクリブ(販売名:イブランス)を推奨用量である1日125 mgで投与を開始した。

その後8カ月間、Kimberlyは衰弱疲労と、下痢や裂肛などの副作用を経験した。体重は120ポンド(54.4キロ)から95ポンド(43.1キロ)まで落ちた。

「気を失いそうでした。疲れ果て、何もできそうにありませんでした。恐ろしいことでした」とKimberlyは語った。彼女の希望で彼女の名字は伏せる。

彼女は、服用量を減らして副作用が和らぐかどうかみてみたいと腫瘍医に頼んだ。しかし腫瘍医は、がんの再発を防ぐためには全量を服用する必要があると主張した。

それでもKimberlyが服用量減量を訴え続けたため腫瘍医も折れて、100 mgに減量した。Kimberlyはすぐに元気になり、胃腸障害も治まった。彼女はその後、さらに用量を減らすよう担当医に迫った。

Kimberlyは現在、2020年からパルボシクリブ75 mgを服用しており、当面、活動性がんの徴候はない。仕事で発展途上国に出かけ、ヨガをし、がんと共に生きる人々のためにアドボカシー活動を行うなど、充実した生活を取り戻している。そして昨年は、スイス・アルプス登頂という自己目標も達成した。

「もし125 mgのままだったら、私は壊れていたでしょう。別の薬を試さなければならなかったでしょうし、そうすれば違った結果になったかもしれない」と彼女は言う。

Kimberlyのような経験に後押しされ、研究者たちは患者に使用する抗がん剤の最適用量を特定する従来のパラダイムを再考している。

長年、このプロセスはほとんど変わっておらず、その目的は「最大耐用量」を見きわめること、つまり、患者が耐えられないような副作用を起こさず、かつ薬剤が腫瘍に最も害を与える交点を決定することであった。

化学療法薬については、このような「全力」戦略はほとんど避けられなかった。というのも、化学療法薬は、急速に分裂する細胞をできるだけ多く殺すときに最も効果を発揮するからである。たとえ、そのような細胞の多くが罪のない傍観者であってもである。

しかし、免疫療法薬や分子標的治療薬などの新しい治療薬は、一般的にこのような無差別的なアプローチをとらず、その理想的な用量は、患者が耐えられる最大耐用量よりも低いかもしれないと研究者たちは気づいている。

「患者が過剰投与されるという状態に、私たちは本当に混乱している」と、数十年にわたり薬物投与について研究してきたMark J. Ratain医師(シカゴ大学)は言う。

がんサバイバーの多くは、薬物投与量を再考する時期はとうに過ぎていると声をそろえる。

「できるだけ長生きはしたいが、どんな代償を払ってもいいというわけではない」と話すJulia Mauesは、自身も転移乳がん患者であり、転移乳がん患者に対してより個別化された薬物投与アプローチを推進する患者主導アドボカシー団体Patient-Centered Dosing Initiativeの創設メンバーである。「私たちが望むのは、治療とQOLのバランスが保たれることです」。

最大耐用量の再考

転移性乳がんの女性1,221人を対象とした最近の調査によると、86%の人が治療に関連した副作用が1つ以上あったと報告した。また、20%は病院や緊急治療室に行かなければならないほどの重篤な副作用があった。

Patient-Centered Dosing Initiativeが主導したこの調査では、回答者の43%が副作用のために少なくとも1回は治療を受けられなかったと答えている。

「毒性が強すぎて治療を休止しなければならないとしたら、その治療に何の意味があるのでしょうか」と、本研究共著者であるMaues氏は疑問を呈する。

この疑問に対する取り組みは、一般的に使用されている抗がん剤の低用量を評価する研究を含め、近年盛んになってきている。

例えば、複数の研究で、パルボシクリブを低用量で投与した場合、腫瘍に対する有効性は変わらないが、副作用が少なく、特に、感染リスクが高まる白血球数減少(好中球減少)を抑えることが示されている。

ある研究では、副作用のために用量を減らした患者は、高用量を維持した患者よりも実際に長生きすることもわかった。今後予定されている臨床試験では、パルボシクリブ減量開始が転移性乳がんの女性の治療継続に役立つかどうかが比較される。

米国食品医薬品局(FDA)もまた、この動きに加わりつつある。2021年、FDAは、がん臨床試験で新薬をどの用量で検証するかの選定方法を変えるために、Project Optimusと呼ばれる取り組みを開始した。

この取り組みの目的は、新しい抗がん剤の全体的な「投与量の最適化」を改善することである。これには、臨床試験で検証される用量の毒性が必要以上に強くならないようにするとともに、治療関連の長期的副作用の可能性を最小化する戦略の開発を支援することなどが含まれる。

Project Optimusの成果の例として、最近、実験的な分子標的治療薬カモンセルチブの臨床試験について報告があった。119人の患者を対象としたこの研究では、2種類の投与量を異なる治療スケジュール(薬を服用する曜日と頻度)で比較した。

それぞれの投与量と治療スケジュールは、患者の腫瘍を縮小させるという点では同様の効果を示した。しかし、危険なほど低い赤血球レベル(貧血)を引き起こすという点で、一方が明らかに安全性が高かった。この治療法では、試験された2つの用量のうち高い方の用量が使用されたが、5週ごとに1週間の治療中断(休薬)が含まれていた。この結果に基づき、この用量とスケジュールがより大規模な臨床試験で使用されることになる。

研究者らはまた、今回の試験は小規模であったが、副作用を注意深く目録化したことで、将来、臨床医が「個々の患者に合わせて投与量とスケジュールを調整する」のに役立つかもしれないとも述べている。

コンピュータモデリングによる至適用量の特定

関連する取り組みとして、FDAと米国癌学会(AACR)は、抗がん剤の投与量最適化に関する一連のワークショップを開催した。2024年2月に開催された最近のワークショップでは、用量選択をより的確に導くためのコンピューターモデリングとシミュレーションの利用に焦点が当てられた。

従来、最大耐用量パラダイムでは、研究者は治験薬の人体試験を低用量から開始し、少人数の患者に投与する。

その用量が重篤な副作用を引き起こさない限り、患者グループを追加した試験で徐々に用量を増やし、重篤な副作用(用量制限毒性)が一定の割合で発生する用量に到達するまで続ける。そして、その次の投与量レベルが最大耐用量とみなされる。

この方法は正確性に欠けているにもかかわらず、治験薬のがん臨床試験では群を抜いて広く用いられていると、ワークショップ共同議長のPatricia M. LoRusso博士(イェール大学がんセンター)は言う。

そこで登場するのがコンピューターモデルである。これらのモデルには、ある投与量が腫瘍にどのような影響を与えるか、他の試験でどのような副作用を引き起こしたか、試験の最初の数人の患者で何がみられたか、などの要素が組み込まれており、現在、人体試験で使用する最適投与量を特定するために使用されている。

特に、このモデルは、人体で試験すべき最適用量の範囲を狭めたり、異なるがん種で試験すべき用量を導いたり、他の薬剤との併用に最適な用量を特定したりするのに役立つ。

例えば、研究者らは、進行肺がん患者を対象とした標的治療薬プラルセチニブ(Gavreto)の小規模臨床試験のデータをコンピュータモデルで使用し、より大規模な試験で使用すべき推奨用量を特定するのに役立てた。

その用量は、後の臨床試験において、重篤な副作用を引き起こすことなく、複数の患者群で有効であることが判明した。FDAはこれらの試験結果に基づいて、肺がんと甲状腺がんに対してプラルセチニブを承認した。

既存の抗がん剤の用量については?

用量の最適化に関心を持つ研究者の中には、医薬品開発の別の側面からこの問題に取り組んでいる者もいる。

例えば、Ratain博士らは過去10年間、すでに広く使用されているいくつかの抗がん剤の効果が最も高く、かつ安全な用量を決定することに研究の重点を置いてきた。

一例として、前立腺がんの治療に最もよく使われる薬剤のひとつであるアビラテロン(販売名:ザイティガ)について、2つの異なる用量の臨床試験を行った。しかし、投与量だけでなく、薬の服用方法にも違いがあった。

標準用量1,000 mgの4分の1を低脂肪の食事と一緒に服用させた場合、前立腺特異抗原レベル(薬剤が前立腺腫瘍を縮小させているかどうかの一般的な指標)を低下させる効果は、2011年にアビラテロンが承認される基礎となった臨床試験で行われた空腹時の全用量投与と同様であった。

食事と一緒に服用するこの低用量法は、患者の費用負担も75%少なく、現在では広く使われているがん治療ガイドラインに、空腹時のアビラテロン服用の代替法として記載されている。

研究者たちは、多くのがんの標準治療となりつつある免疫チェックポイント阻害薬についても低用量投与の可能性を探っている。他の研究では、特定の状況下において、これらの免疫療法薬を通常用量で回数を減らして投与することが実行可能な治療法であるかどうかを解析した。

Ratain博士は、すでに承認されている薬剤の多くは、臨床試験で他の薬剤(多くの場合、治験薬)と併用されているため、投与量を再評価することは非常に重要であると指摘した。承認された薬剤の投与量が最適でない場合、他の薬剤と併用した場合の有効性と安全性の両方に影響を及ぼす可能性がある。

「今後10年間の薬物療法の大部分は、まだ承認されていない薬物ではなく、すでに承認されている薬物によるものになるでしょう」と Ratain博士は言う。「すでに市販されている薬剤の用法用量を修正しなければ、新薬が(併用で)追加されると患者は引き続き過剰に投与されることになるでしょう」。

Ratain博士らは、FDAが承認したすべての抗がん剤のデータを検討し、市販後最適化研究と呼ばれるもので研究すべき最も重要な抗がん剤を決定している。

同博士らは、経口薬から点滴薬まで、承認された多くの抗がん剤について投与戦略の可能性を共有するためのウェブサイトも開発中である。そうすることで、研究者たちがこれらの薬剤の投与試験を実施し、低用量でも同様の効果があるかどうか、また安全性が高まる可能性があるかどうかを判断するよう促したいと考えている。

「人々が(がん)治療を怖がるのは、苦がなければ得るものもないという認識があるからです」とRatain博士は言う。「私はそれを変えたいのです。効果的な治療を受けるために副作用に甘んじる必要があるとは思いません」。

一方、FDAはProject Renewalと呼ばれる別の取り組みを開始し、これは既存の抗がん剤の用法用量を更新することを目的としたものである。2022年12月、FDAは転移性乳がん患者に対する化学療法薬カペシタビン(販売名:ゼローダ)の開始用量を少なくする選択肢を承認した。

QOL向上のための闘い

自らも低用量で抗がん剤を服用しているMaues氏は、変化が起き始めているとして楽観的であるが、患者は自分たちのために主張し続ける必要があると言う。

「そうです、私たちは根本的なところから変えていきたいのですが、何もかも進捗が遅い。今、副作用で命を落としたり、緊急治療室に行く人がいるのは、本来救ってくれるはずの薬が、実は自分を痛めつけているからです」とMaues氏は言う。「私たちは患者が声を上げられるよう支援します」。

Patient-Centered Dosing Initiativeが最近実施した別の調査によれば、彼らの主張は受け入れられるかもしれない。

その調査で、85%のがん専門医が、抗がん剤の高用量投与は低用量投与よりも常に効果的であるとは考えておらず、97%が柔軟な投与について患者と話し合う意志があると回答している。

Maues氏は、患者が医師と薬の用法用量について話す際の手引きとなるように、チラシやその他の啓発コンテンツを同団体で作成したと述べた。

Kimberlyはというと、治療を続ける上でより大きな力をもらったように感じているという。

「私にとって正しい決断でした」と、用量減量について話す。「私はまだいろいろできるし、自分の人生を生きられる。自分の人生を生きていれば、生きたいと思える。そうでなければ、ただ死を待つだけになってしまう。そんな人生は送りたくない」。

  • 監訳 東海林洋子(薬学博士)
  • 記事担当者 山田登志子
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  • 原文掲載日 2024/06/05

この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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