がんを感染症に見せかけることで、免疫系の腫瘍排除を促進
免疫系はがんに対して強力な打撃を浴びせることができるとはいえ、多くの腫瘍は免疫細胞の働きを失わせたり、妨害したりする手段を見出している。しかし、NCIの研究者らは、がんをウイルス感染症に見せかけることで、免疫細胞を優位に立たせることを可能にする巧妙な方法を報告した。
マウスを用いた研究によると、ウイルスの小片を腫瘍に直接注入することで免疫細胞が活性化し、腫瘍が縮小し、かつ、再増殖しなくなった。
本研究の主任研究者であるJohn Schiller博士(NCIがん研究センター)は次のように説明する。「注入されたウイルスタンパク質の小片(ペプチド)が、がん細胞の表面を覆います。つまり、免疫系を騙して、『この巨大ウイルスに感染しているから、攻撃したほうがいいぞ』と思い込ませているわけです」。
「ウイルス ペプチドは免疫細胞の注意を引き、免疫系が攻撃をするようしかけます。しかし、実際には感染を引き起こしません」と本研究の筆頭研究者であるNicolas Çuburu博士(NCIがん研究センター)は述べる。
本研究では、免疫細胞が確実に強固で執拗な攻撃を行うようにするため、サイトメガロウイルス(CMV、ほとんどのヒトが一度は感染し免疫反応が認められるウイルス) ペプチドが使用された。米国では10人中5人、世界では10人中8人がCMVに感染しているが、通常何の症状も引き起こさない。
CMV感染歴があるマウスの腫瘍にCMVペプチドを注射したところ、腫瘍が縮小(時には消失)し、プラセボ投与マウスと比較して、生存率が著しく上昇した。本研究結果は、Proceedings of the National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)6月24日号に発表された。
「これは非常に革新的な手法です」とKlaus Früh博士(オレゴン健康科学大学)は述べた。Früh氏は本研究には不参加だが、がんなどの疾患に対しCMVベースの予防ワクチンを開発している。
「本研究は非常に賢い(CMVの)利用法だと考えますので、臨床試験でどうなるのか興味があります」とFrüh氏は述べた。
CMVに対する免疫応答を活用する
CMVは一旦感染すると、慢性感染、つまり潜伏感染として生涯持続感染する。免疫系が正常である限り、おそらく何の症状も出ないだろう。
しかし、CMVに感染したことに気づかない場合でも、免疫反応は引き起こされ、CMV特異的T細胞という免疫細胞が大量に生成される。Çuburu氏の指摘通り、それだけでなく、複数の種類のCMV特異的T細胞が生成される。
「また、これは加齢と共に向上する数少ない免疫応答の1つです。免疫能は通常、加齢と共に低下します」とSchiller氏は言い添えた。
また、一部のがんやがん治療は免疫系を弱める可能性があるとはいえ、研究から、CMV特異的T細胞はがん患者でも活性があることが示される。また、がん患者の腫瘍の内部にCMV特異的T細胞が発見された研究結果も存在する。
「そこで、『それを利用できないか』と考えたのです」とSchiller氏は述べた。
CMVペプチド療法が肺がんマウスを治癒させる
Schiller氏らは2016年、ヒトパピローマウイルス(HPV)の外殻はがん細胞の表面に結合するが、正常細胞には結合しないことを発見した。また、その後の実験で、低分子CMVペプチドは、これらのペプチドに対応するCMV遺伝子をHPVベースの遺伝子送達担体を用いて送達した場合と比較して、より効果的にがん細胞を殺傷することも発見した。
本研究で、Schiller氏らはマウスCMVのさまざまな部位からペプチド混合物を作製した。このペプチド混合物を検証するために、まずマウスにマウスCMVを感染させ、マウスにCMV特異的T細胞を生成させた。6カ月後、潜伏感染の時点で、マウスに肺がん細胞を移植したところ、すぐに腫瘍が形成された。
その後、Schiller氏らは、生理食塩水、またはCMVペプチドと免疫応答を強める化学物質からなる混合物のいずれかを腫瘍に数回注入した。
CMVペプチドは生理食塩水と比較して、腫瘍の増殖を大幅に遅らせることがわかった。結果として、CMVペプチド投与マウスの多くで、腫瘍が完全に消失した。また、CMVペプチド投与マウスは平均数カ月間生存したが、生理食塩水投与マウスは平均数週間しか生存しなかった。
残存腫瘍がなく、長期生存したマウスは、がんが治癒したとみなされた。
CMVペプチド投与により、腫瘍内の免疫細胞の種類と数も変化した。CMV投与腫瘍では、CMV特異的T細胞が活性化され、抗腫瘍T細胞が出現した。他の種類の抗腫瘍免疫細胞も腫瘍内に溢れ、免疫細胞に攻撃を指示するシグナルタンパク質(サイトカイン)の量も増加した。
がんの増殖を長期的に抑制する
免疫療法の大きな魅力は、がんに対する長期防御をもたらす可能性である。そして、NCIの研究者らがCMVペプチド療法で調べてみたものは、まさにこれである。
初回投与から4カ月後、治癒済マウスに肺がん細胞をさらに移植したところ、腫瘍が新たに形成されることはなかった。他の種類のがんでも同様の結果が認められた。CMVペプチドをマウスの皮膚や結腸由来の腫瘍に注入すると、腫瘍の増殖が抑制され、腫瘍にT細胞が殺到し、かつ、マウスの生存率が上昇した。
「CMVペプチド療法は、複数の利益をもたらすようです」とSchiller氏とÇuburu氏は解説した。
まず、CMV特異的T細胞はCMVペプチドで覆われたがん細胞を感染した細胞とみなし殺傷する。次に、サメが水中で血の臭いを感知するように、CMV特異的T細胞は流出したがん細胞の中身を感知し、がん細胞を攻撃する。そして最後に、他の抗腫瘍免疫細胞が腫瘍に入り込み、さらなる攻撃を促すシグナル分子を放出する。その全てが合わさって、がんに対する長期防御がもたらされる。
「このようにCMV特異的T細胞は一度にさまざまな(免疫療法という)仕事を完遂できるため、これを利用することは非常に効果的です」とÇuburu氏は強調した。
CMV免疫療法の潜在的利益
この治療法は現行のがん免疫療法と比較して、いくつかの利益があると研究者らは解説した。1つ目として、合成ウイルス ペプチドは容易に大量製造可能であると研究者らは指摘した。
2つ目として、この治療法は個々の患者や特定の種類のがんに合わせて調整する必要がない。一方、CAR-T細胞療法やワクチン療法などの一部の免疫療法は通常、患者ごとに受注製造されるため、その製造には時間と費用がかかる。
「このCMVペプチド療法は複雑な腫瘍分子プロファイリングを必要としないため、医療資源が少ない現場でも使用できる、簡素な既製品として提供できます」とSchiller氏は述べた。
しかし、注意事項として、「この治療法はCMV陽性者にしか効きません。それゆえ、CMV感染歴の有無を最初に確認する必要があります」とFrüh氏は指摘した。
Früh氏が挙げた2つ目の注意点は、高用量のCMVペプチドを注入されたマウスが健康を大いに害したことである。Früh氏によると、その理由は不明だが、CMV特異的T細胞が偶然に高用量のウイルス ペプチドで覆われた正常組織を攻撃した可能性がある。
「マウスでは、ペプチドの投与量を減らすことで、治療効果を変えずに、毒性を抑えることができました」とÇuburu氏は指摘した。
これらすべてを念頭に置いて、NCIの研究者らはCMVペプチド療法の臨床試験を目指している。
「私たちはこれを推し進め、臨床評価につながる可能性があるヒト(腫瘍検体)での概念実証をさらに進めようとしています」とÇuburu氏は述べた。
********
日本語記事監修 :前田 梓(医学生物物理学/トロント大学)
翻訳担当者 渡邊 岳
原文掲載日
【免責事項】
当サイトの記事は情報提供を目的として掲載しています。
翻訳内容や治療を特定の人に推奨または保証するものではありません。
ボランティア翻訳ならびに自動翻訳による誤訳により発生した結果について一切責任はとれません。
ご自身の疾患に適用されるかどうかは必ず主治医にご相談ください。
がん研究に関連する記事
前がん状態と腫瘍の生物学の手がかりを探すNIH研究
2024年11月3日
プロトコル例外適用で標的治療試験に参加した患者の転帰は適格参加者と同様
2024年9月19日
臨床試験における全生存期間(OS)解析の考察:米国AACR、ASA、FDAによる概説
2024年8月22日
遺伝的要因から高齢女性のX染色体喪失パターンを予測できる可能性
2024年6月16日