腫瘍細胞を殺傷し、免疫細胞を支援するように遺伝子改変された二機能性ウイルス

がん細胞を殺傷するよう遺伝子改変されたウイルスはすでにある種の皮膚がんの治療に使用されており、他のがんに対する治療法としても広範に検討されている。

最新の研究から、こうした腫瘍溶解性ウイルスは人体の抗腫瘍免疫応答を高めるために、さらに改良できることが示唆される。この新型腫瘍溶解性ウイルスは、がん細胞を殺傷すると同時に、腫瘍内に入り込んだ免疫細胞に対して細胞殺傷に必要なホルモンを供給できることが分かった。

悪性黒色腫マウスにおいて、二機能性ウイルスは標準的腫瘍溶解性ウイルスと比較して、はるかに腫瘍縮小能と腫瘍排除能が優れていた。

本研究結果はImmunity誌2019年9月17日で発表された。

「これの新しい点は、このウイルスが腫瘍細胞を徹底的に殺傷するだけでなく、免疫抑制を緩和するよう遺伝子改変されていることです。これは直ちに臨床の場に橋渡しされる発想です」とNCIがん生物学部門プログラム長Phillip Daschner(本研究に不参加)は解説した。

毒性環境により停止する

研究からは、腫瘍溶解性ウイルスは個々のがん細胞を殺傷するだけでなく、免疫系の腫瘍認識・殺傷能を高めることができることも示唆される。

腫瘍溶解性ウイルスは特異的に腫瘍細胞内に侵入して複製し、最終的には腫瘍細胞を溶解する。腫瘍細胞が溶解すると、免疫系が認識できる腫瘍細胞タンパク質である腫瘍抗原は血流に放出される。こうした過程により、T細胞は腫瘍内に入り込んでがん細胞を殺傷し始めることができ、人体の他の部位にある転移がんを認識する可能性すらある。

しかし、T細胞を腫瘍に到達、侵入させることが問題の1つになっていると、本最新研究の筆頭著者である Greg Delgoffe博士(ピッツバーグ大学医療センター)は解説し、「腫瘍微小環境は元々毒性を示します。T細胞はそこに到達すると、過酷で低酸素の砂漠にいるような目に遭います」と述べた。こうした環境下では、免疫細胞が役割を果たすことができなくなる。

Delgoffe氏らは、がんと免疫細胞の相互作用が腫瘍のウイルス感染後に変化する過程をより深く理解するために、ある腫瘍溶解性ウイルス(遺伝子改変ワクシニアウイルス)を検討している。マウスの腫瘍内に注入された腫瘍溶解性ウイルスは、腫瘍に侵入するT細胞を相当数誘導できることが分かった。

新たに到達したT細胞は健全で活発らしいことも分かった。しかしT細胞の殺傷能が低下し、T細胞が屈強な破壊者からがん細胞の殺傷能が低下した衰弱した傍観者に変わる可能性がある。これが疲弊と言う現象である。

Delgoffe氏らが当初腫瘍内で発見したT細胞は疲弊しなかったことから、新たに腫瘍内に到達したことが示唆された。とはいえ、これらの新たに腫瘍内に到達したT細胞はその中に侵入後、すぐに代謝障害を起こすことが追加試験で示された。

「免疫療法は、“アクセル” 即ち免疫系の“ブレーキを外す”薬剤だとよく言われます。しかし、ガソリンタンクにガソリンが入っていないとアクセルもブレーキも働きません」とDelgolffe氏は述べた。

「このウイルスは単独で免疫細胞の活性化という実に素晴らしい仕事をしました」と述べ、「そこで、私たちはこのウイルスを改良して、ある物質を局所的な腫瘍微小環境に分泌して、T細胞にガソリンを供給できるようにしたいと考えました」と続けた。

T細胞を支援する

Delgolffe氏らは直ちに支持分子の可能性があるレプチンというホルモンに焦点を絞った。レプチンは人体による空腹の制御とその結果の体重の制御を促すことで最も広く知られているが、人体の免疫細胞にも必要とされる。

Delgolffe氏らが調べた腫瘍ではレプチン濃度が低かったが、こうした細胞内にいるT細胞ではレプチン受容体の量は多かった。「この件は特に疲弊したT細胞に当てはまりました」と解説した。

細胞培養研究から、高濃度のレプチンによりT細胞の腫瘍殺傷能が高まることが示された。そこで、Delgolffe氏らは悪性黒色腫マウスの血流へ、高濃度のレプチンの直接注入を試みた。しかし、この方法で注入されたレプチンは腫瘍内のT細胞に対して作用を示さなかった。

レプチンを腫瘍微小環境内の深部に到達させるため、手持ちの腫瘍溶解性ウイルスがレプチン産生遺伝子を運ぶよう遺伝子改変を再度行った。このウイルスは一旦がん細胞内に入ると、増殖時にレプチンも産生する可能性がある。

この二機能性ウイルスをマウスの悪性黒色腫内に直接注入すると、これらの腫瘍は著しく縮小し、かつ、こうしたマウスの約25%は完全奏効(腫瘍の完全消失)を示した。また、(レプチン産生遺伝子が無い)対照ウイルス投与マウスと比較して、こうしたマウスの生存期間は著しく延長した。

レプチン発現ウイルスは侵襲性膵がんマウスモデルの生存期間も延長した。

一方、レプチン発現ウイルスは、腫瘍微小環境がT細胞を支援することが既に知られていた担がんマウスでは、レプチン産生遺伝子が無い腫瘍溶解性ウイルス投与で認められたマウスと比較して、生存期間を延長しなかった。

がん再発を抑制する可能性

レプチン発現ウイルスの投与は、一部の悪性黒色腫マウスで、がんワクチンとしても有用になるように思われた。Delgolffe氏らが悪性黒色腫細胞をレプチン発現ウイルスにより完全奏効を示したマウスに注入すると、マウスの大多数で、その免疫系により腫瘍の再増殖が抑制された。

腫瘍が再増殖したマウスの一部では、その腫瘍の増殖速度は遅くなった。「このことから、この遺伝子改変ウイルスは免疫系に腫瘍細胞を記憶・認識する(免疫記憶)よう準備させていることが示唆されます」とDelgoffe氏は述べた。

「腫瘍に対する免疫記憶に関する科学的根拠がいくつか存在することは非常に心躍ります。ワクチンの作用と同様に免疫記憶が作用すると、上手く行けば患者は腫瘍再発の抑制が可能な免疫を獲得するでしょう」。

現在、レプチン発現ウイルスのレプチン領域の改変が良好な奏効をもたらす可能性を調べている。こうした微調整には、レプチンを遺伝子改変して、T細胞を発見・結合しやすくし、かつ、腫瘍微小環境内でより長期に生存しやすくすることが含まれる。さらにレプチン以外の支持分子の手持ちのウイルスへの付加の検討も計画している。

「二機能性ウイルスをヒトで検討する準備が整う前に、さらに研究が必要です。具体的には、このウイルスが血管内注入時に腫瘍内注入時と同様に作用するかどうかを明らかにすることなどです」と説明し、「腫瘍内への直接注入は必ずしもヒトでできるとは限らないでしょう」と述べた。

ウイルスのみが、がん治療薬候補として研究されている微生物ではない。実例として、NCIのBugs as Drugs(微生物利用)計画は、細菌やバクテリオファージ(細菌に感染する小型ウイルス)に基づく治療薬の研究を支援している。「とても心躍る新規治療薬候補です」とDaschner氏は述べた。

翻訳担当者 渡邊 岳

監修 東海林洋子(薬学博士)

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