2018年ノーベル医学生理学賞、CTLA-4およびPD-1の発見に

免疫チェックポイント療法によりがん治療に大変革がもたらされた

2018年10月1日、カロリンスカ研究所、ノーベル生理学・医学賞選考委員会は2018年ノーベル生理学・医学賞を“負の免疫制御を阻害するというがんの治療法の発見の功績に関し”、James P. Allisonと本庶佑の2氏に授与することを決定した。

2018年度ノーベル生理学・医学賞受賞者は、免疫系が腫瘍細胞を攻撃するという本来の機能を刺激することで、がん治療に全く新しい原理を確立したのだ。100年以上にわたり、科学者はがんとの戦いにおいて免疫系を利用しようと試みてきた。James P. Allisonと本庶佑の2氏が成し遂げた発見がなされるまで免疫チェックポイント療法の臨床開発は穏やかなペースで進んでいた。いまや免疫チェックポイント療法はがん治療法に大変革をもたらし、がん治療法の考え方が根本的に変わった。

がん治療に関し多くの治療法が利用できる。例えば、外科手術、放射線治療などだ。なかにはノーベル賞を受賞した治療法もある。ノーベル賞を受賞したがん治療法は、例えば、前立腺がんに対するホルモン療法(Huggins、1966年)化学療法(ElionおよびHitchins、1988年)、および白血病に対する骨髄移植(Thomas,1990年)などがある。しかし、進行がんは依然として治療が非常に難しく、新しい治療法が切望されている。

19世紀末および20世紀初頭、免疫系を活性化させることで腫瘍細胞を攻撃できるかもしれないという説が生まれた。患者を細菌感染させ防御機能を活性化さえようという試みが何度もなされた。これらの試みの効果は穏やかなものでしかなかった。しかし、この種の治療戦略は、今日、膀胱がん治療に用いられている。多くの科学者が基礎研究に熱心に取り組み、免疫を制御する基礎メカニズムを明らかにした。また、免疫系ががん細胞を認識する機序についても明らかにした。科学的な進歩は目覚ましいものであったが、一般化できるがん治療法を新たに開発しようとする試みは非常に困難であった。

ヒトの免疫系は「自身」と「自身でないもの」を見分ける能力を基本的な特徴としている。このために、体内に侵入してくる細菌、ウィルス、およびその他の危険性を攻撃し、排除することができるのだ。この防御作用においてT細胞が主な役割を果たす。「自身でないもの」と認識した構造に結合する受容体がT細胞には存在する。このような受容体の異物認識により免疫系が惹起され防御機能を発揮する。しかし、T細胞のアクセルとして作用する受容体以外のタンパク質も免疫応答を本格的に誘発するのに必要となる。多くの研究者はこのT細胞に関連する重要な基礎研究を続け、T細胞のブレーキとして作用し、免疫系の活性化を阻害する受容体以外のタンパク質を発見した。こういったT細胞のアクセルとブレーキとの間の複雑なバランスの操作がT細胞の作用を厳格に管理するのに重要である。こういったバランスを厳格に管理することで、異物である微生物に対し、免疫系がきちんと十分な攻撃活動を行える。一方で、免疫が過剰に活性化して健常細胞・組織の自己免疫性破壊をもたらす事態が回避できる。

1990年代に、James P. Allisonはカリフォルニア大学バークレー校の自身が所属する研究室でT細胞のタンパクであるCTLA-4について研究していた。観察結果から「CTLA-4がT細胞のブレーキとして機能している」という結論を導き出した科学者は数名いたが、Allisonはそのうちの1人である。Allisonの研究チーム以外の研究チームは自己免疫疾患の治療法を開発する目的としてCTLA-4の仕組みを研究していた。しかし、Allisonはそれとはまったく異なる考えを持っていた。既にCTLA-4に結合しその機能を阻害できる抗体を作製していた。最近では、CTLA-4の阻害によりT細胞のブレーキを解除し、免疫系を開放してがん細胞を攻撃させることができるかどうかについての研究を開始している。Allisonらの研究チームは1994年末に初回実験を実施し、興奮冷めやらぬ中、クリスマス休暇中もその実験を繰り返し行った。実験の結果は素晴らしいものであった。がんに罹患したマウスを、T細胞の抗腫瘍活性に対するブレーキを阻害し解放する活性をもつ抗体で処理することにより、マウスのがんが治癒したのだ。製薬業界からの関心はほとんどなかったものの、Allisonはこの治療法をヒトへの治療に応用する開発研究に熱心に取り組み続けた。すぐに有望な結果を出した研究グループが複数現れた。そして2010年にある重要な臨床試験で進行性メラノーマ患者において特筆すべき効果が認められた。患者数名でがん残存の徴候が消滅したのだ。これまでにこの患者群でこういった特筆すべき結果は認められなかった。

1992年、これはAllisonの発見の数年前であるが、本庶佑がT 細胞表面に今回の受賞にかかわるもう1つのタンパク質であるPD-1が発現しているのを発見した。本庶はPD-1の役割の解明を決心し、京都大学の自身の研究室で数年にわたる一連の簡潔な実験により細心の注意を払ってその機能探索を行った。その結果、PD-1はCTLA-4と同様に、T細胞のブレーキとして機能するが、その作動機序はCTLA-4とは異なることが判明した。動物実験では、PD-1 阻害もまた、本庶のグループやそれ以外の研究グループが示す通り、有望ながん治療法であることが示された。このことにより、患者の治療においてPD-1が標的として利用できるようになったのだ。臨床開発は継続され、2012年に主な研究でさまざまながん種の患者の治療においてPD-1の有効性が明らかに示された。結果は、PD-1による治療は長期寛解をもたらし、転移がん患者数名において治癒した可能性が認められる、という劇的なものであった。

初期の研究でCTLA-4阻害とPD-1 阻害の効果が示されたが、その後実施された臨床開発は飛躍的なものであった。いまや、免疫チェックポイント療法により特定の進行がん患者群の転帰が根本的に変わったことは周知の事実である。

免疫チェックポイント療法には他のがん治療法と同様に、有害作用が伴う。その有害作用は重篤で致死的ですらある。免疫応答の過剰活性により自己免疫反応がもたらされるが、そういった有害作用は通常コントロールできる。研究は熱心に続けられており、その焦点は作用機序の解明に当てられ、治療法の改良と副作用の低減を目的としている。

CTLA-4およびPD-1を利用した2種類の治療戦略のうち、PD-1 経路阻害薬がより有効であることが複数のがんで判明している。例えば、肺がん、腎がん、悪性リンパ腫、メラノーマなどである。新規の臨床試験では、CTLA-4およびPD-1の両方を標的とする併用療法の方が個々を標的とした場合よりも有効であることがメラノーマ患者において示されている。したがって、Allisonと本庶によって「腫瘍細胞の除去をさらに効率的にしよう」、という目的の下、免疫系のブレーキを解除しようとするさまざまな治療法を組み合わせる取り組みがなされるようになったのだ。

チェックポイント療法に関する試験が多数行われており、ほとんどのがん種に関する試験が現在実施されている。また、新たな免疫チェックポイントタンパクが標的として利用できるかどうかの検証が行われている。

カロリンスカ研究所のノーベル生理学・医学賞選考委員会は教授50名から成り、ノーベル生理学・医学賞を授与している。ノーベル賞委員会がノーベル賞の推薦を検討する。1901年より、人類の利益となる最も重要な発見を成し遂げた科学者らにノーベル賞が授与されている。

翻訳担当者 三浦恵子

監修 石井一夫(計算機統計学/久留米大学バイオ統計センター)

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