CAR-T細胞シグナル伝達に関する初の解明が同免疫治療の改善を示唆

2種類の一般的なCARのデザインが、がんに対するT細胞の有効性にどのように影響を及ぼすかを、シグナル伝達に関する研究論文が報告

CAR-T細胞療法は、免疫細胞をがん細胞と闘うように再プログラムする方法で、他の治療に反応を示さなかった一部の血液がんの治療法として大きく期待されている。しかしいまだに、抗がん応答を可能にする生物学的経路は十分に解明されていない。

こうした経路の解明は、副作用の減少や治療後再発の防止、そして固形がんなどもっと一般的ながんに対する有効性の確立などを含めた、これからの世代のCAR-T細胞療法を考案する上で重要である。

フレッドハッチンソンがん研究センターの研究チームは、実験モデルを用いて、2種類のデザインのCAR(キメラ抗原受容体)におけるT細胞のシグナル伝達パターンを比較した。この研究はScience Signaling誌8月21日号に掲載された。これは、臨床で使用されている一般的な2種類のCARを比較する初めての詳細報告である。

「免疫療法の分野は、がん治療における新たな柱として、ここ数年間で爆発的に関心を集めており、CAR-T細胞療法の臨床での試験が急増しています」と、この論文の著者でフレッドハッチンソンの免疫療法統合研究センター(Immunotherapy Integrated Research Center)の科学ディレクターStanley Riddell医師は述べた。

「2014年にこの研究を始めたとき、私たちはCAR-T細胞療法の生物学を理解しようとしていました。現在、この療法の作用機序がわかってきたので、この新しい医療を向上させる方法について新たな理解が得られています。これは、固形がんなどもっとたくさんのがん種に対するCAR-T細胞療法を開発するために、非常に重要です」と、Riddell医師は語った。

CARは合成受容体で、免疫細胞の一種であるT細胞に組み込まれる。T細胞から突き出たCARの部分が、健康な細胞の中に混在するがん細胞を認識する。T細胞に組み込まれたCARの部分にはさまざまな要素が含まれている。その中に、共刺激領域というT細胞シグナル伝達ユニットがあり、Science Signaling誌に掲載されたこの論文はその部分に着目した。

この研究では、最も一般的に使われる2種類の共刺激領域で作製したCARの違いを調べた。特に、これら2種類のCARデザイン(CD28および4-1BB)が、どのようにT細胞にシグナルを伝達してがんに対してT細胞を起動させるのか、そしてどのようにヒトがん細胞に対するT細胞のふるまいや有効性に影響するのかを、培養皿やマウス体内で研究した。

「がんに対するT細胞の標的化については多くの関心が集まっていますが、CARがT細胞に与える指示についてはほとんど解明されていません」と、この論文の筆頭著者でフレッドハッチンソン大学とワシントン大学の博士課程の学生であるAlex Salter氏は述べた。「CARがどのようにT細胞に指示を伝えるのかについて研究しようと考えました」。

どちらのCARも同じシグナル伝達経路によって起動されているが、シグナルのタイミングや強度が異なり、CD28 CARデザインは迅速で強い活性を示し、4-1BB CARは緩徐で軽度の活性化を示すことを、明らかにした。さらにリンパ腫のマウスモデルで調べたところ、4-1BB CARの方が、がん細胞をより効率的に排除することが明らかになった。

この研究グループはさらに以下についても明らかにした。

・LckとよばれるT細胞のシグナル伝達タンパク質は、CD28 CARデザインではT細胞応答の強度を調節する。そのタンパク質を操作すると、CD28 CARの応答を微調整することができた。

・4-1BB CAR-T細胞は、T細胞の記憶に関連する遺伝子の発現を増加させた。このことから、4-1BB CARシグナル伝達により、寿命が長く抗がん作用が持続するT細胞が生み出されている可能性が示唆される。

「この研究結果は、異なるCARデザインを異なる目的に利用できることを示唆しています」とSalter氏は述べた。「CD28 CARの迅速で強い応答によって利益が得られるがんもあれば、4-1BB CARの緩徐で長い応答によって利益が得られるがんもあります」。

T細胞シグナル伝達に関与するタンパク質の包括的な解析は、質量分析法と呼ばれる方法で行うことができる。この論文の共著者であるフレッドハッチのAmanda Paulovich医師はこの分析法の専門家である。このScience Signaling誌の論文は、質量分析法を初めて使用して、臨床的に意義があるT細胞において、どのように数千種類のタンパク質が活性化されT細胞の機能を実行するのかを調べた。

「T細胞シグナル伝達に関与するリン酸化タンパク質を標的とした一連の分析法を開発できれば、患者さん方のためにより効果的なCAR-T細胞療法を開発して免疫療法の分野を進展させることができると考えています」と、フレッドハッチンソン臨床研究部門のPaulovich医師は述べた。

ただし、この発見は、あるCARが別のCARより治療として優れているということを意味しているわけではなく、患者におけるCARの作用についての臨床所見を裏付け、CAR-Tによる強い副作用が発現する患者や治療後に再発する患者がいる原因の理解を深めるものであると、この研究グループは注意を促す。

このフレッドハッチの研究チームは現在、次世代のCARのデザインについて模索している。この研究のために、Paulovich医師が開発した技術である多重反応モニタリング質量分析法を用いて、次世代CARデザインの研究スピードを上げようとしている。こうした分析法がPaulovich医師の研究室が開発した他の解析法を補って、腫瘍の免疫システムの機能に影響を与えるタンパク質を定量化できるようになるだろう。

米国立公衆衛生研究所は、ベゾス家からの寄付とともにこの研究に資金提供した。フレッドハッチの研究者らはこれらの研究成果の一翼を担っており、フレッドハッチおよびその研究者の一部は今後この研究から財政的な支援を得る可能性がある。

この研究はフレッドハッチにて実施された。フレッドハッチに所属する共著者はほかに、Raphael Gottardo氏、Richard Ivey氏、Jacob Kennedy氏、Valentin Voillet氏、Anusha Rajan氏、Uliana Voytovich氏、Chenwei Lin氏、およびJeffrey Whiteaker氏である。

翻訳担当者 粟木瑞穂

監修 北尾章人(腫瘍・血液内科/神戸大学大学院医学研究科)

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