高脂肪食や糖尿病薬ががん分子標的薬の奏効率を高める
マウスを用いた最近の試験から、PI3K阻害剤と呼ばれるがん分子標的薬に対する治療抵抗性を克服し、有効性を高める2種類の方法が示された。研究者らが示すところでは、PI3K阻害剤に対する抵抗性が、グルコースを調節するホルモンで糖尿病の発現に大きな役割を演じるインスリンの増加に起因する可能性がある。
試験において、高脂肪食(ケトン食)または通常用いられる糖尿病薬と併用してPI3K阻害剤をマウスに投与したところ、PI3K阻害剤のみの場合よりも腫瘍縮小幅がはるかに大きくなった。
NCI(米国国立がん研究所)の資金提供による本試験の結果はNature誌7月4日号で報告された。
この試験は、「PI3Kを標的にするがん治療の複雑さを示し、臨床試験によってPI3K阻害剤の奏効率が異なる理由を明らかにする点で重要である」とNCIがん生物部門(Division of Cancer Biology)Cancer Cell Biology BranchのRihab Yassin博士は述べている。
「試験結果からは食事指導や薬剤介入によって多くの腫瘍にみられるPI3K抵抗性に対処できる可能性があることも示唆される」とYassin博士はつけ加えた。
がんの増殖と代謝に関わるドライバーが標的
筆頭著者であるウェイルコーネル医科(Weill Cornell Medicine)大学のLewis C. Cantley博士は、約30年前にPI3K酵素を発見、多数のがんのドライバーであることを示した。実際に、がんに最も頻繁にみられる遺伝子変異のひとつがPI3K活性を亢進する遺伝子変異である。
1990年ごろ、Cantley博士はPI3Kがインスリンに応答して細胞を刺激し、グルコースが取り込まれることを発見した。がん細胞ではPI3K活性の亢進がよくみられる。これは、がん細胞の急速な増殖がグルコースの代謝異常に依存しており、タンパク質とDNAの細胞構成要素を手早く作り出すのに通常より多いグルコースが用いられることを意味する。
米国食品医薬品局はこれまでに、白血病とリンパ腫の治療を適応として2種類のPI3K阻害剤を承認している。しかし、固形がん患者を対象とする臨床試験ではPI3K阻害剤による患者の生存期間延長が示されたことがなく、研究者らをその原因究明に向かわせている。
フィードバックループによる薬剤抵抗性
薬剤抵抗性の解明とその克服は、依然としてがん研究者の主要な課題である。抵抗性の発現形式のひとつは、がん治療薬が、がん細胞を殺傷する仕組み、つまり作用機序を打ち消す生物学的作用である。
初期の臨床試験からPI3K阻害剤による血糖値上昇の可能性が示されている。Cantley博士らは、この血糖値の急上昇がPI3K阻害剤の作用を阻害するフィードバックループを生み出し、治療抵抗性をもたらすのか明らかにしたいと考え、まさにその通りの発見をした。がんマウスモデルを用いて、PI3K阻害剤が細胞のグルコースを取り込む能力を阻害し、血糖値上昇を惹き起こすことが確認された。血糖値が上昇するにつれて、身体は膵臓からインスリンを放出し血糖値を抑える。研究者らによると、インスリンが増加するとがん細胞がPI3K阻害剤を無効化し、PI3Kシグナル伝達ループが活性化されてがん細胞が生存、増殖できるようになる。
食事法と糖尿病薬によるPI3K阻害剤の奏効率改善
研究者らはその後、血糖値と血中インスリン値を下げてインスリンフィードバックを遮断することにより、PI3K阻害剤の効果を増大できるか試験することにした。
脂肪を中心に適量のタンパク質と極めて少量の炭水化物を摂取するケトン食と併用した場合のPI3K阻害について検討した。
「この食事法では脂肪を燃焼させて体重、血糖値およびインスリン値を低く抑える」とCantley博士は説明している。
膵がん、膀胱がん、子宮体がん、乳がんなどの様々ながんマウスモデルを用いた実験では、マウスにケトン食を与えるとPI3K阻害剤の奏効率が上昇し、腫瘍の増殖が抑制されることが示された。有効性の改善はインスリンの減少によって腫瘍細胞のPI3K再活性化能が抑えられたことによる可能性が高い、と研究者らは述べている。Cantley博士はこのほか、PI3K阻害剤とケトン食を併用しても他のがん治療の併用療法と違ってマウスに新たな副作用がみられなかった点を強調している。
試験に用いた様々な腫瘍モデルについてケトン食だけでは「効果にばらつきがあった」と研究者らは記載しており、「このことから、食習慣を変えるだけでは観察されたような腫瘍縮小効果を得るのに不十分である」。実際に、白血病のマウスモデルでは、この食事法によりがんの進行が加速したようである。
研究者らはほかにも、PI3K阻害剤治療後にマウスにインスリンを投与するとケトン食の効果が打ち消され、腫瘍が増殖し始めることを示した。
Cantley博士は、がん進行に対する食事法の効果と治療奏効性の理解を深めるにはさらなる研究が必要であるが、ここに挙げた所見からPI3K阻害剤治療を受けるがん患者の一定数にはケトン食が効果を示す可能性が示唆されると考えている。
膵がんマウスモデルで得られた所見は特に興味深いとCantley博士は述べている。
「膵がんマウスモデルではこれまで一度もPI3K阻害剤の奏効が確認できていない。これは、膵がんでは滅多にPI3K変異が起きないためである」。しかし、PI3K阻害剤に併用してマウスにケトン食を与えると、腫瘍は著しく縮小する。
Cantley博士らは、食習慣の変更に加えて糖尿病治療によく用いられる2種類の血糖降下剤、メトホルミンとSGLT2阻害剤がPI3Kが関わるインスリンのフィードバックループを阻害するかについても検討した。
PI3K阻害剤療法の開始前にメトホルミンを投与したマウスでは、血糖値とインスリン値が有意に下がる、あるいはPI3Kシグナル伝達が遮断されることはなかった。一方、SGLT2阻害剤はインスリンフィードバックとPI3Kの再活性化を抑制した。
SLGT2阻害剤の作用機序は他の糖尿病薬と異なり、血糖値とインスリン値を低下させるのに特に効果があるとCantley博士は説明している。これが本試験においてPI3K阻害剤と併用した場合にSLGT2阻害剤の方がメトホルミンよりも腫瘍増殖の阻害に優れた効果を示した理由であると付け加えた。
ただし、試験でマウスのインスリン値が最も低下した方法はケトン食であった。Cantley博士はこのことから、リンパ腫患者または子宮体がん患者を対象として製薬会社と共同でケトン食とPI3K阻害剤の併用を検討する臨床試験の可能性を探っている。
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