条件付きリプログラミング:がん細胞の増殖技術について Richard Schlegel氏に聞く

本年1月、患者から採取した正常細胞や腫瘍細胞を研究室で増殖させる新規技法の完全なプロトコールが発表された。本技術は条件付きリプログラミングとして知られ、培養細胞を樹立し無期限で生存させる方法として2012年に初めて開発された。

本技法の開発者の一人である、ジョージタウン大学医療センター、細胞リプログラミングセンター長のRichard Schlegel医学博士に、本技法の内容およびがん研究における活用方法について聞いた。

条件付きリプログラミングとは何ですか

条件付きリプログラミング (CR) は細胞培養技術であり、この技術を用いて、正常細胞と腫瘍などの病変細胞のいずれからも、迅速かつ効率的に患者由来の細胞株を樹立することができます。この技術を用いて、1週間に新規細胞を100万個にまで増殖させ、必要な期間にわたり生存させ続けることができます。本技法は、マウス、ラット、フェレット、イヌ、ウマや、魚さえも含めたモデル動物にも適用することができます。

患者由来の細胞培養ができることが何故重要なのですか

現在入手できるほとんどのがん細胞株は、特定の患者由来の腫瘍細胞でみられる遺伝子、分子および表現型の変化を正確には再現していません。本技法は個別化医療(precision medicine)の定義と完全に合致します。本技法により患者由来の腫瘍を増殖させることができ、そのため細胞に起きている変異を特定し、感受性を示す薬剤を選択することが可能となります。

実際の現場で本技法はどのように活用できますか

CR法は比較的単純です。本技法では患者から採取した細胞と放射線照射したマウス細胞を、Rhoキナーゼ(ROCK)阻害剤として知られる化学物質を添加して共培養します。比較的簡単な方法ですが、この方法を使用する研究室は放射線照射したマウス細胞を患者がん細胞と共培養する方法を熟知していなければなりません。我々はこれまでに50近い研究室でCR技術の使用方法のトレーニングを行ってきました。

本技法はなぜ条件付きリプログラミングと呼ばれるのですか

条件付きリプログラミングと呼ばれるのは、以下の2つの理由によります。まず、われわれが2012年に報告したとおり、正常上皮細胞を標準的な細胞培養用の培地条件からCR 培養用の条件に移すと、細胞は急速にリプログラミングされ、そのため成体幹細胞の特徴を呈します。この過程で細胞は低分化となり、すぐに分裂するようになります。

次に、CR培地条件の幹細胞様の低分化細胞をin vivo環境を模した条件で継代培養すると、正常な分化状態に戻り、まとまって、その細胞の由来であるもとの組織に似た構造を形成します。つまり、リプログラミングは可逆的、すなわち条件次第なのです。

新しい発表はどのような内容ですか

Nature Protocols誌に発表したばかりの要旨は、本技法を実施するための詳細で具体的な説明書です。この最新の技法では、よい結果を得るために重要なステップ、そして上皮細胞以外の神経細胞、神経内分泌細胞、内分泌細胞、間葉細胞由来の細胞を増殖させられる軽微な改変をいくつか説明しています。

がん研究で条件付きリプログラミングを使用する利点は何ですか

CR法の最大の利点は、患者組織試料から培養細胞を迅速かつ効率的に増殖できることです。本技術で、抗がん剤や免疫療法に感受性を有する腫瘍を選択する研究が、臨床で使用できるほど迅速に実施できます。例えば、われわれは肺腫瘍患者の生検試料からリプログラミング細胞を増殖させ、その培養細胞を用いて患者に有効な治療法を1週間以内に特定しています。

本技術により、異種移植モデルやオルガノイド培養などの他の患者由来がんモデルに使用できる大量の細胞を作製することもできます。最後に、CR法は患者由来の良性細胞や前がん状態に進行する可能性がある病変細胞の増殖にも使用することができます。これは患者由来の異種移植モデルではできません。そのため、がんで起こる最初期の変化を研究することもできます。

条件付リプログラミングはこれまでにどのような研究に使用されてきましたか

がん研究では、本技法は主に以下の2つの観点で注目されてきました。1つ目は効果が得られる抗がん剤のスクリーニングに使用できる腫瘍細胞の増殖であり、2つ目はがん患者やモデル動物由来の腫瘍細胞における遺伝的、後成的、生化学的、代謝的な変化を定義する基礎研究です。

最先端の個別化医療分野で、このアプローチの用途はありますか

個別化医療において、CR法には確かな可能性があります。本技法は、がんの個別化医療イニシアチブにおいて、研究用の新しい実験モデルを開発する方法として言及されています。加えて、CR 法は肺がんに効果が期待される薬の新規併用法や、治療に対する抵抗性を獲得する分子経路の特定に使用されてきました。現在、膵臓がん患者の個別化医療を研究する臨床試験でCR法が使用されています。

特定のがん細胞種や正常細胞で、増殖させやすいものはありますか

実際には、ほとんどの種類の腫瘍細胞がCR法で増殖させることができます。そして、新規論文に示した変更により、今や上皮以外に由来する、神経細胞、神経内分泌細胞、間質細胞の腫瘍も増殖させることができます。ただし、血液悪性腫瘍はまだ増殖に成功していません。

この技術は今すぐに広く採用することができますか

できます。この目標を念頭に、われわれは最近、学生に本技法の講義と実技訓練の双方を提供するクラスをコールド・スプリング・ハーバー研究所のコースに加えました。さらに、最近CR法を用いて新たな腫瘍細胞培養を行う施設がブロード研究所やデューク大学など多数開設されてきました。

最後に、NCIは最近、患者由来がんモデルの生物学的比較を助成するような財政支援の機会提供を発表しました。この助成では、CR培養による細胞を含む次世代がんモデルの包括的な比較を支援します。

条件付きリプログラミングは、腫瘍の遺伝的多様性、つまり異種性を捉えているのですか

CR技術では、例えば肺などの正常組織由来の細胞種の多様性は保たれていますが、腫瘍でも同様であるかはまだわかっていません。しかし、われわれは培養した腫瘍細胞が採取時点の特定の遺伝子変異を保持していることを確認しています。今後の研究で、CR法を用いて分離した腫瘍細胞に存在する遺伝子変異の範囲を特定できると期待しています。

改良型の腫瘍モデル開発について

ヒト腫瘍から作製する新規のがんモデル開発に特化した共同体であるヒトがんモデルイニシアチブ(HCMI)には、 NCIおよび他のいくつかの国際的がん研究組織が参加しています。この取組みの一環として、NCIは2カ所のがんモデル研究センター(CMDC)の助成を行い支援しています。この2カ所のCMDCで開発されたがんモデルには、希少がんや小児がん、あるいはやや多くみられるものの患者数が過少に見積もられているがんを研究するモデル、並びに治療の進歩が限られているがんを研究するモデルがあります。

(図の説明)ヒト腫瘍から採取し、条件付きリプログラミング法を用いて増殖させた膠芽腫細胞から得られた染色体

翻訳担当者 石岡優子

監修 花岡秀樹 (遺伝子解析/サーモフィッシャーサイエンティフィック)

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