染色体不安定性スコアががん治療の効果を予測

ローレンス・バークレー国立研究所所属研究者主導の研究チームは、いくつかの種類のがんに関して生命予後ならびに化学療法と放射線治療の効果予測を促す可能性がある新規バイオマーカーを特定した。

このバイオマーカーは、細胞分裂の際の染色体分離に関与するある一連の遺伝子の発現量に基づくスコアである。発見されたこのスコアは、一部の治療法に反応しない様な腫瘍や感受性のある腫瘍を特定できるであろう。また、このスコアにより治療の有無にかかわらず患者の予後予測もできるだろう。

本研究は8月31日にNature Communications誌に発表された。

細胞機構に異常が発生

セントロメアと動原体は、細胞分裂時に複製された染色体を2つの新規娘細胞に分配する細胞機構の一部である。この過程がうまくいかないと、最終的に細胞に染色体の過剰や不足、または再構成が生じる。染色体不安定性と総称されるこうした結果は、いずれにおいても、がんを引き起こす可能性がある。

Gary Karpen博士研究室の研究者らは、正常なセントロメアと動原体機能に関連する遺伝子発現の変化が染色体不安定性に関与しているかどうか、ならびにそうした変化が腫瘍の挙動について重要な情報をもたらすかどうかが知りたかった。

そこで、Weiguo Zhang博士およびJian-Hua Mao博士の主宰する研究チームは、これまでの研究から、セントロメアと動原体の集合に関与することが示された31種類の遺伝子を選別した。はじめに、大規模腫瘍遺伝子発現データベースを使用して、さまざまながん種でのこれらの遺伝子の発現量を分析した。こうした遺伝子の多くは対応する正常組織と比較すると、多くの腫瘍で発現量が過剰かまたは低かった。また、これらの遺伝子発現の変化は、各がん種にわたっても見られ、かつ同じがん種の人々の間でも大きく異なっていた。

次に研究者らは、乳がん、肺がん、卵巣がん、および胃がんの検体を数千含んでいる別セットのデータベースを使用して、最初の31種類の遺伝子から過剰発現のレベルにある14種類の遺伝子が病状悪化リスクと生存とに有意に関連していたことを見いだした。

この14種類の遺伝子サブセットをセントロメア・動原体遺伝子発現スコア(CES)と称して、研究者らはがんゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas)および他の腫瘍検体データベースによってCESを評価した。研究者らによると、高CES値は多くのがん種の腫瘍で染色体不安定性が上昇し、HER2タンパク質を過剰発現する乳がんの様に、いくつかの予後不良がん種に関連する腫瘍特性と有意に相関した。

不安定性が上昇すると、感受性が高くなる

CESが予後と生存の予測に役立つかを確定するために、研究者らは治療成果が既知の乳がん患者または肺がん患者の大規模遺伝子発現データセット数件においてCESスコアを評価した。

研究者らは患者を高CES値群、中間CES値群、および低CES値群に分類し、高CES値群の患者では予後が最も悪いことを見出した。同様に、早期非小細胞肺がん患者または早期卵巣がん患者の別のデータセットを評価したところ、CESが最高値を示す患者の予後が最も悪かった。CESと予後の関連性は、腫瘍病期グレード、乳がんのホルモン受容体の状態、および肺がんの亜型など他の予後因子とは無関係であった。

高CES値のがん細胞ではすでに遺伝的要素の多くが壊れてしまっている。そこで研究者らは、高CES値であればDNA損傷を引き起こす様な2つの治療、化学療法と放射線治療での感受性の増加が予測できるかどうか検証した。実際、がん細胞株の初期研究において、高CES値の細胞株は低CES値の細胞株に比べ、化学療法薬(例.イリノテカン)曝露に対してより死滅しやすくなった。

患者検体においても同様の結果をもたらした。早期肺がんの術後補助化学療法の無作為化比較臨床試験に参加した肺がん患者検体では、高CES値の患者で化学療法歴のある患者はない患者よりも生存期間が有意に延長した。一方、低CES値の患者では術後補助化学療法により生存期間は有意に延長しなかった。

またエストロゲン受容体陽性乳がん患者では、化学療法歴のある高CES値患者のがん再発リスクの減少は、低CES値患者の再発率と同程度であり、化学療法歴の無い高CES値患者よりも低リスクだった。同様の結果は乳がん患者や肺がん患者の術後放射線治療例に関しても得られた。

より精密な決定を下す

低CES値の患者には潜在的に「不適切で効果がない薬剤の使用を避け、さまざまな治療法をとるために用いられるでしょう」とJulia Cooper博士(NCIがん研究センター テロメア生物学課長)は論評した。なお、Cooper氏は本研究に携わっていなかった。

セントロメア因子に誤調節のある細胞ではDNAを損傷させる治療法に対する感受性がより高くなると思われる。よって、CESは潜在的により低用量の化学療法薬で治療可能な患者を特定するためにも使用され、その副作用リスクを減少させることができると、Cooper氏は続けた。

CESはDNAを損傷させる治療法の効果を強めるような薬剤の追加が有効な患者を特定することもできるだろうと、Karpen氏は言い添えた。

こうした臨床用途の探索には、新鮮なまたは保管された腫瘍検体を用いた簡便で再現性のある検査による確認が要求されるだろうと、Karpen氏は説明した。Karpen氏らはこうした検査法の開発に取り組んでおり、また、米国と中国の臨床医と提携して、適切に管理された臨床試験腫瘍検体での検査法の予測力を検証している。

Karpen氏らは低悪性度非浸潤性乳管がん(ductal carcinoma in situ:DCIS、一次治療が有効でない可能性がある)などが非侵襲性または非転移性となる早期ステージの増殖をCESが識別できるかどうかのさらなる検証も望んでいる。

「私たちはどの治療法がどのがんに対して最も有効かを必ずしも知っているわけではありません」とKarpen氏は述べた。「ある治療法が有効でないと、患者に重篤副作用リスクが生じ、どのような効果も得られません」。

Karpen氏によると、その目標は「患者と医師の両者がより精密な決定を下せる」検査法を開発する事である。

【図の解説】

染色体(紫色)は細胞分裂中に分離する。この過程に異常が生じると、細胞は染色体数異常や染色体損傷を被る可能性があり、がん発生を促進する可能性がある。

解説:Nasser Rusan、米国国立心肺血液研究所

翻訳担当者 渡邊 岳

監修 高山 吉永(分子生物学/北里大学医学部分子遺伝学)

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