がん免疫療法は、酸素により損なわれる可能性がマウス実験で示唆

多くのがんにとって一般的な転移部位である肺の内部において、抗がん免疫反応が阻害されるメカニズムを研究者らがマウス実験で特定した。このメカニズムには、T細胞の抗がん活性による酸素の阻害が関わっている。免疫細胞の酸素を感知する能力を遺伝子的または薬理学的に抑制することで、肺転移が阻止されたのである。この研究は、米国国立がん研究所(NCI)Center for Cancer ResearchのNicholas Restifo医師および同研究所の医師ら、米国国立アレルギー・感染症研究所の研究者らにより実施された。どちらの研究所も米国国立衛生研究所(NIH)の構成機関である。今回の結果は、2016年8月25日にCell誌に掲載された。

転移は、がんによる死亡の主な原因である。長い間、がん転移には、遊離するがん細胞と転移先の細胞環境との間の協力関係が必要であるという仮説が立てられていた。この環境の鍵となる構成要素は局所の免疫システムで、侵入してきたがん細胞と闘う役割を持つ。

研究者らは、免疫細胞の一種であるT細胞には酸素を感知するタンパク質の一群があり、肺内部で炎症を抑えることを発見した。今回の新しい研究では、酸素はT細胞の抗がん活性も抑制するため、肺にまで拡散したがん細胞が免疫による攻撃を逃れ、そのことが転移巣の構築を可能にしていることが示された。

 Restifo医師の実験室でトレーニングを受け、現在はオハイオ州立大学医学部に戻っている博士号候補生のDavid Clever医師は、「肺はがんが最も頻繁に転移する部位の一つであるため、われわれは、肺には独自の免疫プロセスがあり、腫瘍細胞が肺内に定着するのを助ける力があるのではないかと仮定しました。酸素は肺において豊富に存在する局所環境要因であるため、免疫を制御するのに酸素が肺でどのような役割を果たしているのかを調べたかったのです」と述べた。

肺は無害な粒子が頻繁に挿入してくる臓器であり、T細胞内でそれら粒子に対して過度に強力な免疫応答を発現しないようプロリルヒドロキシラーゼドメイン(PHD)タンパク質と呼ばれる酸素感知タンパク質が妨げていることを研究チームは発見した。また、この保護メカニズムは、循環するがん細胞が肺に足場を作ることも可能にしていた。つまり、他の部位での免疫システムの活動を抑制する制御性T細胞の発達がPHDタンパク質によって促進されることがわかったのである。

また、PHDタンパク質は、炎症性T細胞の発達を制限し、がんの死滅に関与する分子を生産する能力を抑制していることも示された。

 PHDタンパク質が肺で腫瘍細胞の成長を促進するのかどうかを調べるため、T細胞中のPHDタンパク質が欠損しているノックアウトマウスを使用して実験した。PHDノックアウトマウスと変異を持たない正常マウスにメラノーマ細胞を注入した。驚くことに、正常マウスには肺に大量のがん性メラノーマ細胞が見つかったが、PHDタンパク質欠損T細胞を持つマウスには、メラノーマの証拠は肺にほとんどみられなかった。

PHDタンパク質が肺の炎症免疫反応を抑制するという結果を踏まえ、研究者らは、PHDタンパク質を阻害することで養子細胞移入の有効性が改善されるのではないかと考えた。養子細胞移入とは、患者自身のT細胞ががんを認識して攻撃する能力を利用する免疫療法の一種である。養子細胞移入では、T細胞が患者の腫瘍組織から抽出され、研究室で数を大幅に増加させ、T細胞成長因子と共に静脈投与される。投与された細胞は、がんの部位に戻り、がんを除去することが期待されている。

 この実験のため、研究チームは、PHDタンパク質の活動を妨げるジメチルオキサリルグリシン(DMOG)と呼ばれる薬剤が存在する中で抗腫瘍T細胞を拡散させた。実験では、この薬剤治療でT細胞のがん殺傷特性が改善し、また、転移がんが定着しているマウスに投与すると、薬剤治療を受けたT細胞のほうが治療を受けていないT細胞よりもがんの除去がはるかに優れていた。また、他の研究においても、DMOG治療はヒトT細胞のがん殺傷特性を改善させることがわかっている。これらの結果をヒト細胞養子免疫療法に適用する臨床試験がRestifo医師のグループによって調査されている。

 「細胞養子免疫療法は、患者自身の体内からのT細胞を操作する唯一の機会を提供するものです。われわれの発見はマウスでのものですが、薬剤、遺伝学的特質、または環境中にある酸素の制御によってT細胞の酸素感知機構を破損することで、ヒトのがん治療におけるT細胞を介した免疫療法の効力が増強されるかどうかをぜひ調べたいと考えています」とRestifo医師は述べた。

YouTube https://www.cancer.gov/news-events/press-releases/2016/oxygen-impair-cancer-immune-response-in-mice 

【キャプション: NCI’s Center for Cancer Researchの上級研究員であるDr. Nick Restifoは、先に発表した「生命に必須の分子である酸素はがんを殺傷する免疫細胞を弱めることにより肺への転移を助長する」について語る。】

NCIはがん罹患率を劇的に減少させ、がん患者とその家族の生活を向上させるためのNational Cancer Program、および米国国立衛生研究所(NIH)の取り組みを主導しており、これらは予防やがん生物学に関する研究、新たな治療法の開発、そして新しい研究者の指導および育成を通じて行われている。がんに関する詳細は、NCIホームページwww.cancer.govもしくはCancer Information Serviceに電話でお問い合わせください。

 米国国立衛生研究所(NIH)は、米国国立の医療研究機関で、27の施設およびセンターがあり、保健社会福祉省の構成機関の一つである。NIHは主要な連邦機関であり、基礎、臨床、探索医療などの医学研究の実施および支援、また、一般的疾患および希少疾患の両方の病因、治療法の研究も行っている。NIHに関する詳細やプログラムに関しては、www.nih.govをご覧ください。

 この研究は、NCIのIntramural Research Programsおよび米国国立アレルギー・感染症研究所の支援を受けている。

翻訳担当者 白石 里香

監修 田中 謙太郎 呼吸器・腫瘍内科、免疫/九州大学大学院医学研究院

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