低温電子顕微鏡法を用いて、薬剤ががんを抑制するしくみが明らかに
米国国立がん研究所(NCI)プレスリリース
原文掲載日 :2016年1月28日
低温電子顕微鏡法(cryo-EM)という技術により、がん治療に有望視されている小分子薬ががん細胞の鍵となるタンパク質に結合する様子を原子レベルで確認できることが示された。また、低温電子顕微鏡法の原子レベルの分解能により、p97タンパク質に通常発生する一連の構造変化の解明に役立った。このp97は抗がん剤の新しい標的になると考えらえているタンパク質制御に関わる酵素である。
この研究はScience誌電子版に2016年1月28日掲載された。米国国立がん研究所(NCI)がん研究センター(CCR)のSriram Subramaniam博士らが本研究を主導した。NCIは米国国立衛生研究所(NIH)の一部門である。
「低温電子顕微鏡法は構造生物学およびがん治療薬の開発において非常に有用な技術として位置づけられるようになりました」。NCI所長代行のDouglas Lowy医師はこう話している。「最新の知見には、効果的な新薬の開発をさらに進めるための可能性が秘められています」。
低温電子顕微鏡法でタンパク質の構造を決定するため、タンパク質の懸濁液を超低温で急速凍結するが、このときタンパク質分子周囲の水は液体状のままとなる。この懸濁液に電子線を当てて画像撮影する。低温電子顕微鏡法により立体のタンパク質構造画像を得るには、当該分子の異なる角度から何千枚もの平面画像を撮影し、その後全体の平均像を作成する。この画像撮影法は染色や固定をしていない試料を観察することができ、試料を天然に近い自然な状態で可視化できることから、構造生物学研究分野でよく採られる手法となってきている。
従来、p97の全長構造解析ではX線結晶解析という定着した手法が用いられていたが、この手法では中程度の原子分解能(3.5~4.7Å)までしか得られないという限界があった。一方、低温電子顕微鏡法ではp97の全長を2.3Åというはるかに良好な分解能でとらえることができ、タンパク質の鍵となる部分を原子レベルで可視化できる。
もっとも特筆すべきは、p97タンパク質の活性を阻害する小分子の結合様式および結合部位を直接的に観察できるかもしれないということだ。新薬開発では、小分子と特定のタンパク質の結合部位との接触部分の構造解析を行うことが多い。今回の最新の知見では、タンパク質鎖の形状やタンパク質と小分子の阻害剤との間の水素結合などをはっきりととらえるだけの分解能が達成された。
「われわれの最新の研究により、タンパク質の構造やがん細胞の活性に欠かせない相互作用の解明に一歩近づきました。この知見がやがて臨床上有用な薬剤の開発につながればと思っています」。Subramaniam氏はこう話している。
Subramaniam氏らは最近、低温電子顕微鏡法を用いて、脳細胞にみられるタンパク質や受容体などの種々の分子の機能の解明に取り組んでいた。今回の研究で達成したp97の分解能は結合阻害剤を含む場合で2.3Å、含まない場合で2.4Åであったが、これはNCIの同じ研究者グループが昨年Science誌で報告したある酵素の構造の分解能2.2Åに次ぐものであった。
[右上図説明]
新しい阻害剤(赤)によりタンパク質p97が活性化できない状態でとらえられ、通常の反応サイクルに進むことができない
画像提供:NCI
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