2012/08/07号◆特集記事「新たなアプローチで得られた癌幹細胞の根拠」
NCI Cancer Bulletin2012年8月7日号(Volume 9 / Number 16)
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◇◆◇ 特集記事 ◇◆◇
新たなアプローチで得られた癌幹細胞の根拠
遺伝学的ツールを利用して、マウスにおいて腫瘍増殖を促進しているとみられる細胞の亜集団が同定された。3つの独立した研究グループから得られた本知見は、あらゆる種類の腫瘍細胞を生じさせる幹となる自己複製細胞によって一部の腫瘍は維持されているという癌幹細胞の仮説を、新たに支持するものである。研究結果のうち2報は8月1日にNature誌に掲載され、3報目は同日Science誌に掲載された。
各研究グループは、異なるマウスモデルを用いて、遺伝学的ツールによって腫瘍細胞を「標識」することで腫瘍細胞の起源を追った。いずれの研究結果においても、少なくともいくつかの腫瘍で、腫瘍の増殖および生存を促進する細胞が、一定集団含まれていることが示唆された。これらは、癌幹細胞とみられ、腫瘍始原細胞(tumor-initiating cells)とも呼ばれるものである。
「3つの研究は、癌幹細胞の仮説をさらに十分に裏づけるものです」と、これら3つの研究には関与していない癌幹細胞の研究者であるDr. Max Wicha氏(ミシガン大学総合がんセンター長)は述べた。「こうした研究は技術的に困難を伴うものですが、非常に素晴らしい成果を挙げたと思います」。
化学療法への抵抗性
Nature誌に掲載された1つ目の研究では、テモゾロミドによる化学療法後に脳腫瘍を再発させたとみられる脳腫瘍細胞の小集団を同定した。本薬剤は、投与の初期に増殖している癌細胞を枯渇させることで、腫瘍の増大を減弱させた。しかし、より活性が低い細胞集団、すなわち癌幹細胞集団には有害作用を及ぼさず、その結果、腫瘍は再発した。
「これは、少なくとも1つの固形腫瘍において、癌幹細胞の仮説が健在であることを裏づける明らかで厳密な証拠であると思います」と、代表研究者であるDr. Luis F. Parada氏(テキサス大学ダラス・サザンウェスタン医療センター)は述べた。「このタイプの腫瘍メカニズムが、どのくらい他の固形腫瘍に対して当てはまるのかは、時がたてば明らかになるでしょう」。
Nature誌の2つ目の研究では、皮膚腫瘍の発生を調べるために用いたマウスモデルにおいて、様子の異なる癌細胞集団を同定した。これは癌幹細胞の仮説と一致しており、比較的小数の長寿命腫瘍細胞の集団が、増殖中に最終的に腫瘍の大部分を形成する子孫細胞を生じさせていた。
「元ある場所(in situ)での腫瘍細胞の運命をたどる新たな手法により、生体内(in vivo)で腫瘍増殖の源となる癌幹細胞の存在が証明されました」と、代表研究者であるDr. Cedric Blanpain氏(ブリュッセル自由大学)は電子メールに記した。
Science誌に掲載された3つ目の研究では、マウスの腸の前癌病変における癌幹細胞を裏付ける証拠を発見した。これら3つの研究はともに癌幹細胞の存在を示しているが、マウスでの発見が人間の癌に結びつくかどうかは、まだわかっていない。
この分野の進展
癌幹細胞は、白血病で初めて発見されて以来、脳腫瘍、乳癌、大腸癌などの固形腫瘍において報告されてきた。その存在の証拠は、主に、ごくわずかなヒト腫瘍細胞集団をマウスに移植した際に広範囲に増殖し、新たな腫瘍を形成することができた実験から得られている。
しかし、癌幹細胞以外の要因によっても、移植された特定の細胞からの新たな腫瘍形成について説明することができると、研究者らは議論を続けてきた。マウスで腫瘍が形成されるかどうかは、移植方法や実験で用いられるマウスモデルの種類に左右される可能性もある。
これらの移植実験から癌幹細胞について確かな結論を出すには、あまりにも多くの変数がありすぎると、Parada氏は述べる。腫瘍細胞を標識するための遺伝学的ツールの出現によって、自然な環境下での潜在的な癌幹細胞について研究する機会が与えられることとなった。
「新たな研究によって、攪乱したヒト腫瘍を動物に移植する場合にのみ癌幹細胞が見られるという考えが否定されるのです」と、Wicha氏は述べる。「(これらの新たな知見が)この分野を進展させるでしょう」。
研究結果からは、腫瘍の発生においても正常組織の発生で使用されるのと同じ経路が活性化されることも示唆される。「腫瘍増殖の初期に認められる細胞階層は、正常細胞でみられる細胞階層が崩壊したものです」と、Blanpain氏は説明する。
臨床的意義
癌幹細胞の概念は、治療に影響を及ぼす可能性がある。癌幹細胞がヒト腫瘍に存在するとすれば、長期生存を得るためには癌幹細胞を根絶する必要がある。「癌を治癒させるには、癌幹細胞を同定し、標的にしなくてはならない」ことを新たな研究が示していると、Parada氏は述べた。
Wicha氏によれば、既に数十件の臨床試験において、患者内の幹細胞様特性をもつ細胞を標的としたアプローチが検討されている。ただ、新たな知見が明らかになったとはいえ、今のところ癌幹細胞についての議論は終わりそうにない。しかし、Wicha氏が言うように、これは必ずしも問題ではない。
「議論がなされるのは健全なことで、癌幹細胞に関する疑問も科学にとって良いことです」と同氏は述べ、こう付け加えた。「この分野には、常に議論が付きまとうでしょう」。
Parada氏が主導した研究は、一部米国国立衛生研究所からの資金提供を受けた(R01 CA131313)。
— Edward R. Winstead
参考文献:「発展途上にある癌幹細胞の科学」、「癌幹細胞モデルの微調整と検証」
【画像キャプション訳】
BRCA1の変異を伴う乳癌組織。幹細胞は赤、エストロゲン受容体は茶色で示されている。左側の拡張した幹細胞集団では、右側の正常小葉に比べて、エストロゲン受容体の発現が減少していることを示している。(写真提供:ミシガン大学総合がんセンター) [画像原文参照]
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濱田 希 訳
高山吉永 (分子生物学/北里大学医学部分子遺伝学・助教) 監修
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