2007/06/12号◆スポットライト「ゆっくりではあるが確実な科学から医学への転換」
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2007年6月12日号(Volume 4 / Number 19)
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◇◆◇スポットライト◇◆◇
「ゆっくりではあるが確実な科学から医学への転換
本年度の米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会のテーマは、「基礎研究から臨床への転換」であった。この表現については様々な解釈ができるが、多くの人は、この転換は技術であって科学ではなく、また通常長い期間を要するものであると考えるであろう。
例として、1980年代初頭にNCIで発見された遺伝子であるMetを取り上げる。20年後、この遺伝子は種々の癌(肺癌、胃癌、黒色腫など)において、重要な役割を担っていることが明らかとなった。多くの製薬会社が、Metタンパク質(細胞の増殖および転移に関与)からのシグナルを阻害するための薬剤を開発している。
これらの薬剤のいずれもが安全かつ有効であるかどうかは、未だ結論が出ていない。しかし、Metに関する研究により、どのように細胞間でコミュニケーションが図られているか、および癌において何が悪影響を及ぼしているかについて新たな知見が得られている。このことから、Metに関する研究は標的療法を開発するためのモデルとなっている。
本総会では、多くの研究者がMet阻害剤に関する臨床結果を初めて目にした。この報告は肯定的なものであった。ArQule社開発のARQ 197とExelixis社開発のXL 880の2種類の薬剤は、いくらかの患者で効果があったと見られ、忍容性についても良好であった。
本総会で講演を行ったテキサス大学MDアンダーソンがんセンターのDr.Francisco Esteva氏は「これらは興味深い新規薬剤であり、両者とも抗腫瘍活性を高めるものである。」と述べている。
複数の癌に対して各薬剤を試験した。両薬剤は性質の異なるものであり、ARQ 197はMetのみを阻害し、XL 880はMetともう1つのシグナルタンパク質であるVEGFR2を阻害する。
Metは発達の初期段階において重要な役割を担っている。しかし、後期になると活性が低下するために、Metは格好の治療標的となる。
1件のXL 880試験において、数名の乳頭状腎細胞癌患者に反応が認められた。この疾患は治療困難であり、Metの変異あるいは増幅(同遺伝子の余分なコピーが細胞に存在すること)のために発症することが多い。
NCIの研究所でMetを発見し、初期の研究を主導したDr.George Vande Woude氏は、本結果について「胸が高鳴る想いである」と述べ、さらに「本研究の一部は、Metの阻害という方法が臨床で使用できることを初めて示したものである。」と続けている。
現在、同氏はミシガン州グランラピッズにあるヴァンアンデル研究所(Van Andel Research Institute)で所長を務めている。同研究所は、Met(専門的にはc-Met)および癌に関する試験のオンライン・データベースを管理している。それらの試験結果を集合的にみると、Met研究の全容が明らかとなり、研究成果を研究の場から臨床にもたらす上で必要な時間および費用が示される。
同氏は「研究から臨床への変換には時間がかかり、近道などない」とコメントし、好成績を挙げている新規標的薬剤であるトラスツズマブ(ハーセプチン)に関する研究が開始されたのはMetの発見直前であったことを指摘している。
長年に渡って薬剤開発者らは、Metを阻害することで肝臓や他の臓器に影響を与えるであろうと考えてきたが、研究によってこのような懸念は最終的に払拭された。肺癌や胃癌を対象としてMetを研究しているMerk社のDr.Bart Lutterbach氏は「さまざまな研究グループが、Met阻害剤について積極的に取り組み始めた。」と述べている。
Metの変異や増幅は大半の癌において比較的稀であると、同氏は述べている。しかし、Metシグナルに依存する腫瘍を伴う患者にとって、これらのシグナルを阻害することは治療上必要であろう。
細胞表面に存在しているMetタンパク質はチロシンキナーゼ受容体である。同ファミリーの他のメンバーには、ゲフィチニブ(イレッサ)およびイマチニブ(グレベック)の標的がある。
過去20年間に渡って、Metは、キナーゼ受容体が抑制される機序を理解する上でのツールであった。こう述べているのは、McGill大学のDr.Morag Park氏であり、NCIにてDr.Vande Woude氏と共に同遺伝子を発見した人物である。
Dr.Morag Park氏は「Metによって、癌に関与するシグナル伝達経路をより詳細に理解することができた。現時点でのMetに関する重要な問題点は、癌に関与するその他のシグナルとMetが相乗作用を示すかどうかである。」と述べている。
同氏は、数々の試験を実施した場合、シグナル伝達経路間の重要な「クロストーク」が癌細胞内で見出されるであろうと予測している。
このような現象の格好の例は、肺癌において最近発見された。シグナルタンパク質であるEGFRをある薬剤で阻害したところ、肺癌細胞はすぐにEGFRの代わりにMetを増幅させ、同薬剤の効果を無にした。この報告はScience誌の4月26日号に掲載されている。
この協同作用を考慮すると、細胞内でのシグナル伝達機序を包括的に理解することは、ある種の癌を治療する上で必要であると考えられる。さらに、HIV患者と同様に、薬剤耐性を予防するため、癌患者が複数の薬剤を服用するときもいずれ訪れるであろう。
Dr.Vande Woude氏は「標的療法の併用によって、腫瘍が各薬剤のコントロールから逃れる可能性を減少させることができる。」と述べている。
同時に、Met阻害剤はその他の阻害剤と相乗作用を示す可能性がある。シカゴ大学のDr.Ravi Salgia氏らは、ある種の腫瘍を対象にラパマイシンと併用してMet阻害剤を試験した。
同氏は現在、抗Met療法が効果が出る可能性のある肺癌患者の選定方法に焦点を当てている。これらの患者では、変異、増幅、または、もしかすると薬剤耐性によってMet活性が増幅しているのではないかと考えられる。
Dr.Salgia氏は「解明すべき問題点が多くあるが、まだ未解決の状態である。しかし、Metなどの伝達経路を理解しようと努めることで、その他の治療法への道が開かれるであろう。」と述べている。
XL 880に関する第2相試験が進行中であり、良好な結果が報告されている。その他の多くの試験的薬剤も後に控えている。
デトロイトにあるバーバラ・アン・カーマノス癌研究所のDr.Patricia LoRusso氏は、ASCOにてXL 880に関する結果を報告し、「私達はこのような薬剤に取り組んでいく必要がある。なぜならば、これらは癌療法の次世代を担っているからである。」と述べている。
さらに「ついに科学から医学への転換が始まっている。胸が高鳴る想いである。」と付け加えている。
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斉藤 芳子 訳
大藪 友利子(生物工学)監修
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