ステロイドはがん患者の呼吸困難の緩和に最適か?
進行がん患者には、生活の質を損なうさまざまな症状が現れる。呼吸困難といわれる呼吸の障害に対しては、症状を緩和するため副腎皮質ステロイドという薬剤がしばしば処方される。
しかし、進行がんにより引き起こされる呼吸困難を対象としたステロイドの臨床試験として過去最大である最新の研究では、ステロイドはプラセボに比較して呼吸困難を改善することはなかった。そして、ステロイドで治療された患者は、重篤な副作用を発現する可能性がより高かった。
NCIが資金提供した試験の結果は、9月7日付のLancet Oncolog誌に掲載されている。
「本研究は、副腎皮質ステロイドの使用に終止符を打つというものではありません」と、本研究を主導したテキサス大学MDアンダーソンがんセンターのDavid Hui医師は述べている。患者の呼吸困難の原因が何であるかなど、多くの要因を検討することが、個人に対してステロイド治療を試みるかどうかを決定する上で、依然として重要な役割を果たすだろう。
「しかし、われわれはリスクがあることを認識しなければならないし、これらの結果はその意思決定プロセスの一部となり得る」と、Hui医師は述べた。
この臨床試験を主導したチームは、現在、炎症の徴候となる血中タンパク質のレベルを測定することにより、呼吸困難に対するステロイド治療が不利益よりも利益を上回る可能性が高い患者を予測できるかどうかを検討している。
「炎症が呼吸困難の主な原因である場合、ステロイドは実際に患者に非常によく効くかもしれません」と、本研究に参加したヒューストン大学Cizik看護学部の看護学研究者であるSandra K. Hanneman氏は加えた。「しかし、重篤な副作用があるため、すべての人に日常的に使用すべきではありません」
進行がん患者が不安に思う一般的症状
進行がん患者の約4分の3が呼吸困難を経験している。肺に転移した腫瘍が一般的な原因の1つである。しかし、進行がんの他の多くの特徴も呼吸困難を引き起こす可能性がある。例えば、炎症、胸水貯留、上気道の閉塞、化学療法や放射線療法による組織の損傷、胸部の筋肉の減少などがある。
原因にかかわらず、進行がん患者には大変な苦痛が伴う。
「呼吸困難は、患者にとって最も困難な症状の1つです。これは患者にとって想像以上の恐怖です」と、NCIのDivision of Cancer Prevention(がん予防部門)のSymptom ScienceプログラムディレクターであるDiane St Germain氏は説明した。
呼吸困難は不安を誘発し、日常の活動を制限すると彼女は続けた。呼吸困難のある患者は、快適な姿勢を見つけることが難しく、睡眠に悪影響を及ぼすことも多いという。
呼吸困難の原因を特定することは困難な場合が多く、治療も試行錯誤となることがある。呼吸困難の緩和のために酸素療法やオピオイドが処方されることもあるが、部分的な緩和しか得られないことがある。
体位を変えたり、扇風機を使って患者の周りに空気の流れを作るなど、薬物以外の介入で改善する人もいると、Hanneman氏は説明した。しかし、これらの方法はまだ詳しく研究されていない。
小規模の研究では、高用量のステロイドが呼吸困難をかなり緩和すると示唆されている。しかし、高用量のステロイドは、感染症から胃の不調、さらには精神疾患に至るまで、重篤な副作用を引き起こす可能性がある。
ステロイドが進行がん患者に広く使われるようになったので、Hui医師らは呼吸困難のある患者にステロイドがどのような影響を与えるのか、その全体像をよりよく理解したいと考えた。
ステロイドによる緩和もあるが、プラセボでも同様
本試験には、進行がんで中等度から重度の呼吸困難を有する149人が登録された。平均年齢65歳の参加者は、高用量デキサメタゾンか同一のプラセボ錠を投与されるかに無作為に割り付けられ、2週間投与された。参加者は全員、ステロイドを服用しても安全である一定の健康基準を満たさなければならなかった。
最初の1週間は1日2回2錠、2週間目は1日2回1錠を服用してもらった。24時間ごとの平均的な呼吸困難の強さを追跡し、2週間にわたる参加者の全般的な症状、心理状態、QOLの変化を測定した。
最初の128人が2週間の治療を終えた後(ステロイド投与群85人、プラセボ投与群43人)、試験を監督する安全性データモニタリング委員会は、早期に試験を中止するよう勧告した。群間で呼吸困難の緩和に差が認められなかったからだ。
呼吸困難の平均スコアは、両群とも約1.5ポイント低下していた。
「1ポイントでも上回れば、改善とみなされます。しかし、興味深いことに、プラセボ群でも同じように改善がみられました」と、Hui医師は述べた。
ケアチームによる特別な配慮やプラセボ効果など、多くの要因が同等の改善に寄与している可能性があると、彼は説明した。プラセボ効果とは、ある治療が効くという期待感から、症状が良くなることをいう。
ステロイドを投与された参加者は、プラセボ群に比べ、食欲と全身の健康状態が良好であったが、不安と抑うつは悪化したと報告された。
2週間の治療期間とその後の数週間、ステロイドを投与された45人が重篤な副作用を報告し、そのうち24人が入院を余儀なくされた。プラセボ群では重篤な副作用を報告したのは7人のみで、3人が入院した。
治療が原因と思われる副作用のために早期に治療を中止した参加者は、プラセボ群の3人に対して、ステロイド投与群では15人であった。ステロイドを投与された参加者が報告した最も一般的な副作用は、不眠、胃の不調、精神症状などであった。
呼吸障害にステロイドが効くのはどんな人?
Hui医師は、呼吸困難の治療にステロイドを使用することには多くの疑問が残ると述べた。ステロイドの使用が適切な患者を特定する方法を見つけることに加え、より低用量のステロイドや短い治療期間が症状の緩和を維持すると同時に副作用リスクを減らすことができるかどうかも不明であると、彼は付け加えた。
St Germain氏は、呼吸困難の原因を特定することで治療法を決定することができると説明する。しかし、原因が1つではないことが多いのが難点だと、彼女は続けた。
さらに複雑なのは、呼吸困難が起こる時間帯、持続時間、増減が患者によって異なることであると、Hanneman氏は付け加えた。「このように個人差があるのです」と、彼女は言う。
また、臨床医が患者と優先順位について話し合うことも重要だと、Hanneman氏は述べている。
「もし、呼吸困難が最も苦痛な症状で、他に何も効果がなく、ステロイド投与の危険性が少ないと思われるなら、とにかくやってみるのもよいでしょう」と彼女は言う。「なぜなら、あなたの目の前にいるのは、非常に苦しんでいる患者だからです。もし、呼吸困難よりも副作用の方が問題になってきたら、ステロイドを中止する判断はいつでも可能です」
症状とその治療が複雑であることから、進行がん患者が可能な限り緩和ケアチームの診察を受けることの利点が強調されていると、St Germain氏は述べた。
「このような患者のケアは非常に複雑であり、個々の患者に合わせた対応が必要です。1つの方法ですべてに対応できるわけではありません」
監訳:久保田 馨(呼吸器内科/日本医科大学呼吸ケアクリニック)
翻訳担当者 河合加奈
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