がん患者の抑うつ、疼痛、疲労の管理を改善しうる新たなアプローチ

がん治療中の人の多くは、うつ、痛み、疲労の症状を経験する。しかし、研究者たちは依然として、がん患者においてこれらの症状をどのように管理するのが最善であるか研究のさなかにある。

一つの方法は、症状の評価と治療を日常的ながんケアの一部として統合することである。この方法では、サポートが必要な人には、訓練を受けたカウンセラーによる週1回の認知行動療法セッションや、医療チームによる症状に対する薬物療法が提供される。

統合スクリーニングおよび段階的連携ケアと呼ばれるこの戦略は、現在、さまざまな種類や病期のがん患者を対象とした大規模臨床試験で有望性が示されている。

NCIの支援による本研究において、参加者は統合スクリーニングと段階的連携ケアを受ける群と、標準ケア(治療が必要な患者を医療機関に紹介する)を受ける群に無作為に割り付けられた。

Lancet誌3月12日号に発表された結果によると、段階的連携ケア群では、治療開始後6カ月間、感情的、身体的、機能的健全性を含む健康関連QOLがより改善した。

この改善は最長1年間維持された。さらに、段階的連携ケアを受けた参加者は、最も多い3つの症状の軽減も報告した。

本試験の研究代表者であるピッツバーグ大学医療センター(UPMC)臨床健康心理学者Jennifer Steel博士は、「本試験の結果は、スクリーニングと治療を日常的ながんケアに統合し、患者に無料で提供することの重要性を浮き彫りにしています」と述べた。

「私たちは、患者の症状を見つけ、治療のために医療機関に紹介するという現在のやり方を見直す必要があります」と言う。「この研究が、患者のQOLを向上させるケアへの転換となることを期待しています」。

段階的連携ケアとは?

段階的連携ケアとは、がん患者の抑うつ、疼痛、疲労などの症状を管理する方法である。心理療法と、心理療法だけでは症状が軽減しない場合の薬物療法が含まれる。

患者の症状は4週間ごとに評価される。症状が基準範囲から外れた場合、医療提供者は治療の頻度や種類を変更する。

「段階的」ケアアプローチにより、医療提供者は各患者のニーズに基づいて治療を個別化し、必要なケアのレベルが異なる人々への支援を費用対効果の高い方法で提供することができる。

症状に対する治療を始める

本研究はパンデミック中に開始され、段階的連携ケア介入は遠隔医療を通じて行われた。訓練を受けたカウンセラーは、がんケアチームと緊密に連携し、人々の症状を管理した。

標準ケアでは、がんの治療を受けている人々に抑うつ、疼痛、疲労の症状がないか調べる。これらの症状に対して治療が必要な人は、かかっている医療機関内外の専門医に紹介される。患者は自分で紹介先での受診を予約し、診療費の一部または全額を負担することもある。

しかし、このやり方では、患者が必要とする十分なサポートを受け損ねることが多い、と研究者らは指摘している。治療開始に漕ぎつけることがまず大変である。対照的に、症状スクリーニングおよび段階的連携ケアへの自動紹介という統合的アプローチを患者に提供すれば、患者が治療を開始する可能性は高まるとSteel博士は述べた。

この試験では、サポートを受けた患者の約75%が訓練を受けたカウンセラーによる治療を開始したのに対し、標準ケア群では約4%に過ぎなかった。

段階的連携ケア群の参加者の中には、治療を受けてみようと思ったのは、それが無料であり、日常的ながんケアの一部であったからと言う人もいた。

ある参加者は、治療に参加するよう誘われたことは「役に立った」と述べた。カウンセラーは「プロセスに沿ってあなたを導いてくれますし、主治医のことも知っています。それには安心できます。すでに死ぬほど怖い思いをしているのですから」。

別の参加者は、「手を差し伸べてもらえたことは、治療を受ける決断に間違いなく影響した」と語った。

医療資源の利用を減らす

本試験は、がん治療中で、一定レベルの抑うつ、疼痛、疲労(またはこれらすべて)を有する459人を対象とした。彼らはピッツバーグ大学医療センター(UPMC)と提携している29のがん外来クリニックのいずれかで治療を受けた。参加者の大半は白人で60歳以上であった。

研究者らは、参加者を段階的連携ケアを受ける群と標準ケアを受ける群に無作為に割り付けた。標準ケアでは、スクリーニングで抑うつ、疼痛、疲労の所見がみられた患者を医療専門家に紹介した。

段階的連携ケア群では、参加者は週1回1時間の認知行動療法を遠隔医療で開始するよう連絡を受けた。患者はまず8〜12回のセッションを受けたが、必要であれば最長6カ月まで治療を続けることができた。患者が希望する場合、あるいは認知行動療法が奏効しない場合は、抑うつ、疼痛、疲労に対する薬物療法を受けることもできた。

中央値6カ月の追跡調査の結果、段階的連携ケア群で、感情的、機能的、身体的健全性において臨床的に有意な改善がみられた一方、標準ケア群ではみられなかった。この改善は、参加者の追跡期間である1年間にわたり持続した。

さらに、段階的連携ケア群では、標準ケア群に比べ、救急外来受診回数、90日以内の再入院回数が少なく、入院期間も短かった。

Steel博士は、医療資源の利用を減らすことは患者にとって重要かもしれないと指摘した。入院や救急外来受診の回数を減らすことは、「患者のがん医療費を減らすだけでなく、がん医療受診に伴う患者や家族のストレスも減らすことができます」とSteel博士は述べた。

「この試験は、遠隔医療を用いて何が達成できるかを浮き彫りにします」と、健康心理学者・行動医学研究者であるPaige A. Green博士は述べた。NCIがん制御・集団科学部門に所属するGreen博士は本試験には関与していない。

Green博士は今回の結果を「有望」としながらも、対象者の90%以上が白人であることなど、本試験には限界があると指摘した。

「がん研究において、研究対象として十分に取り上げられていないことが多い患者集団が有意に検討されなければ、それらの集団に対する研究結果の妥当性が制限される可能性があります」とGreen博士は述べた。

症状の管理における認知行動療法の利用法とは?

認知行動療法を受けた試験参加者は、リラクゼーション法や、自分自身や環境に関する中核的な信念を変える方法など、症状に対処するための戦略を教えられた。

痛みや疲労がある参加者には、思考にポジティブな影響を与え、睡眠衛生を改善し、身体活動を増やす戦略が教えられた。

段階的ケアでは、医療提供者は症状が十分に改善されるまで、治療に対する患者の反応を継続的に観察する。

「もし患者に奏効がみられなかった場合、医療提供者は治療の頻度や強度を上げたり、別の治療法を試したりして、ケアを『ステップアップ』させることができます」とSteel博士は説明した。

がん治療中のセラピー

がん治療中の試験参加者のひとりであるLynn さんは、毎週火曜日に遠隔医療でセラピストと面会した。セッションは1年近く続いた。Lynnさんが感じていた将来への不安を含め、"あらゆること "について二人で話し合った。

Lynnさんはまた、呼吸法など、心を落ち着かせるエクササイズも学び、がんが寛解してからも実践し続けた。

「セラピストは、私が自分の気持ちを理解するのを助けてくれました」とLynnさんは言い、「とことん話す」ことが、がんであることへの不安を和らげるのに役立ったようだと付け加えた。

段階的連携ケアによるコスト削減

研究者らによると、もし医療システムが患者負担なしで統合的スクリーニング・治療プログラムを提供した場合、患者1人当たり年間約16,000ドルの節約になるという。この試算は、入院期間の短縮、救急外来受診の減少、90日再入院回数の減少による節約に基づいている。

オハイオ州立大学でがんの生物行動学的側面を研究している臨床心理学者のBarbara L. Andersen博士は、「この研究は、がん治療の一環としての段階的連携ケアに関するデータに大きく貢献している」と述べた。

「費用データを含めたことで、困っている患者に心理的ケアを提供するケースが大幅に強化されることを期待しています」とAndersen博士は付け加えた。同博士は、成人がんサバイバーにおける不安と抑うつの管理に関する専門家委員会のメンバーでもある。

本試験の参加者の中には、認知行動療法を受けてみようと決める際に、無料でメンタルヘルス支援を受けたことが大いに役立ったという人もいた。ある参加者は、費用が「一大要因」であったと言った。

「私と同年代の高齢者は予算が限られています」とその人は説明した。セラピストと電話で話す費用は、「特に65歳以上であれば、誰もが一番に悩むところです」。

最大100のがんクリニックで段階的連携ケアを試験

本研究のために、Steel博士らは約1,600人の患者をスクリーニングした。その結果、介入対象とした3つの症状のいずれも報告しなかった患者はわずか481人(30%)であった。

コペンハーゲン大学のSusanne Oksbjerg Dalton博士とChristoffer Johansen医学博士は付随論説で、今回の知見で連携ケアをほぼすべてのがん患者を対象に拡大する必要性が浮き彫りになったと書いている。

「がん治療を受けている患者におけるこのような高い症状有病率は圧倒的な数字に見えますが、これは治療が患者のQOLに及ぼす悪影響を裏付けています」と彼らは書いている。

Steel博士らは、この介入を実施するメンタルヘルス専門家を養成するための研修機関の開発を計画している。また、UPMCヒルマンがんセンターの100カ所近いクリニックで今回の方法を評価する臨床試験を計画している。

  • 監訳 加藤恭郎(緩和医療、消化器外科、栄養管理、医療用手袋アレルギー/天理よろづ相談所病院 緩和ケア科)
  • 翻訳担当者 山田登志子
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  • 原文掲載日 2024/05/14

この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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